日々宮さんと庄妙さんの戦い!

 やってきた水曜日の昼休み。今日もみんなの注目を集める中、日々宮さんと庄妙さんの対戦が始まった。

 この日が来るまで一週間以上あったというのに、庄妙さんの連勝記録はまだ続いていた。

 対する日々宮さんはルールを覚えたばかり。僕との戦いでは僕の全勝だったけど、初心者同士の戦いでは勝率は半分は確実に超えていた。ビギナーズラックで大金星を収めることができるかっ!?


 序盤は慎重なにらみあいが続いていた。日々宮さんは二個以上重なってるポイントはヒットされないし相手の進攻を妨害できるっていうルールをちゃんと守るべく、セオリーどおりとも言えるブロットひとりぼっちの駒を作ってしまうことを避けながら試合を進めた。

 しかしただそんな進め方をしているだけでは庄妙さんがしっかりとした陣形を整えていて、バックマン最も後方にある二駒は取り残され気味になっている。ここの戦場でも何回か見た光景だ。

 気づけば前線に陣を敷いている庄妙さん。日々宮さんはなんとか弾かれないように慎重に動かしていたけど……

「あっ!」

 悪いダイスの目がでてひとりぼっちの駒が。それを見逃すはずもない庄妙さんは攻撃。すでに庄妙さんのインナーボード最前線6マスには陣が敷かれており、日々宮さんは弾かれた駒の復活を阻まれてしまった。

 その後はもう庄妙さんのペース。フルプライム完全に進攻不可の陣形で日々宮さんの駒を抑えながら庄妙さんの駒はゴールへ一直線。壁が崩れたころにはもう庄妙さんはベアリングオフ。仮に途中でブロットができて反撃できたとしても、日々宮さんは後ろの駒が取り残されている間に陣形は崩れていて大したダメージにならない。結果、あのヒットの時点で庄妙さんの勝ちが決まったようなものだった。

 早い話が圧勝。全部ベアリングオフする前に庄妙さんがぺこりとおじぎをした。すべての駒がすれ違っていて、かつ庄妙さんが全部1・2と日々宮さんが全部6のゾロ目を出したって勝ち目がないからだ。

「負けたああーーー!!」

「意外と慎重な攻め方をする日々宮には結構期待してたんだけどな」「ビギナーズラックすらも与えないとは……」「夏紗ちゃん頑張ったよー!」「真正面から勝負しても勝ち目はないっていうことだよね……」「ひとつのすきでもう勝ち目がなくなるなんて……」

 今日も庄妙さんの強さに教室中はわいわいがやがやしていた。

「実琴三ぃ……あたしの分、明日……頼んだよ!」

「まったく勝ち筋が浮かばないんだけど……」

 結構考えたし毎日観戦した。でもどうやったら勝てるかまったくわからない。

「明日は実琴三か。楽しみな一戦だ」「実琴三くんってどんな戦い方するんだろう?」「字梨ちゃんと戦うのは初めてだよね?」「オレ実琴三と戦ったけど負けたなぁ」「あいつ得意技持ってんのか?」「明日の対戦相手が目の前にいるんだ。戦術はひけらかさないよ」

(うう。みんな僕にそんな期待かけなくても……)

 庄妙さんは僕を見ていた。明日はよろしくと言っているようだった。僕は一応お手柔らかにっていう視線を送っておいた。


 あまりに明日の対戦のことばかりを意識していたけど、本来ここは学校なんだ。だから授業があって部活があって……でも僕はやっぱり下校するときまで明日のことを考えていた。


 僕がぼけーっと考えながらげた箱にやってきたら

「あっ」

 そこには明日の対戦相手である庄妙さんがいたっ。ちょうど靴を履き替えている中腰のポーズのまま僕を見ている。もちろん学校指定の紺色セカバンがぶらぶら。

 セカバンってセカンドバッグの略らしいけど、ファーストバッグは使ってる人見ないなぁ。昔は使ってた時代があったらしいけど。

 靴をとんとんした庄妙さん。僕も自分の上靴をげた箱に入れて運動靴を出す。なんか庄妙さんから見られてる?

(げた箱で会うっていうの、そういえばありそうでなかったかなぁ……)

 登下校中に会うとかもないし、休みの日に会うとかなんていうのもない。だから教室以外で会うのはなんだか新鮮……?

(と、とりあえずなにかしゃべろうかな……)

 僕は靴を履き替え終えて、改めて庄妙さんを見た。身長は女子の平均くらいかなぁ。僕は男子の平均くらいの身長だから、ちょっと庄妙さんの方が低い。

「庄妙さん、明日はよろしく」

 すごーく当り障りのないセリフで。庄妙さんはちょこっとうなずいてくれた。

(ああかわいいなぁ)

 いいやいやいや、本人が目の前にいるんだから、顔緩んじゃったらすぐばれてしまうっ。気を引き締めないと。

(えーっと……庄妙さん、動かないんだけど……)

 僕を見たまま動かない庄妙さん。そんなかわいい顔でずっと見られるのも困るというかでも僕も見たいというか……。

(あ、もしかしてだれか待ってるってこと?)

「庄妙さん、だれか待ってるの?」

 あれ、首を横に振った。

(庄妙さんのこと、実はよく知らないからなぁ……もしかしたら、すごく律儀で相手が立ち去るまで見届けます! なスタイルだっていうことでもあんまり驚かないと思うし……)

 うーん、なんだろう。やっぱりよくわからないなぁ。

「おや。明日の対戦相手同士がこんなところで場外乱闘かな?」

 と、ここで現れたのはブームの火付け役である好人くんだ。手には折り畳まれた黒いギャモンボードを持っている。つやつやしてる。

 好人くんは僕より身長が高くてすらっとしてる感じというか。ギャモンボードを手に提げている姿も様になっている感じ。きりっとした表情なので、かっこいい系に入ると思う。

「たまたま僕が来たら庄妙さんがいて」

「そういうことか。正直オレは実琴三の実力をよく知らない。庄妙に勝てる見込みはありそうか?」

「全然。まったく勝ち方が浮かばないよ」

「ふむ、『勝ち方が浮かばない』、か……ということはその分……」

 そこまで好人くんが言いかけて、庄妙さんを見て言うのをやめたみたいだ。

「いや、どれだけの情報が庄妙にあるかわからないから、余計なことは言わないでおこう」

 今日もきりっとしてるなぁ。

「とにかく明日の戦いは楽しみにしているよ。ルールを知っているのなら、オレとも今度戦ってくれ」

「あ、ああ」

 好人くんは靴を履き替えて、庄妙さんを見た。

「こんなに強いギャモラーバックギャモン愛好家が同級生にいるとはね。いつか倒してみせる。連勝記録を止めるのは……オレだっ」

 にらむっていうわけじゃないけど、これまたきりっとした目で庄妙さんを見ていた。庄妙さんはまったく普通~の表情で見上げているだけだった。

「また明日会おう」

「じゃ、じゃあ」

 好人くんはギャモンボードを持っている腕を少し動かして、そのまま歩いていった。その背中を僕と庄妙さんは見届けていた。

 しばらく眺めていたけど、庄妙さんはまたこっちを向いた。

「か、帰らないの?」

 庄妙さんはまばたきをしているだけだった。

(ど、どういうことなのかなぁ)

 僕も日々宮さんくらい庄妙さんと仲がよかったらわかるんだろうけど……。そんなまばたきしてるだけじゃわからないって。

(かわいいからずっと見てられるけどっ)

 というか……よくよく考えたら、こんなに庄妙さんと近くでほとんど二人っきりみたいな感じでいることなんてなかなかないことだよなぁ……たしかに他にも部活が終わって帰っていく学生たちはいるけど、庄妙さんはなぜか僕を見たまま止まってるし……かといってだれか待ってるわけでもないらしいし……。

「は、ははっ、ごめん庄妙さん、日々宮さんみたいにわかってあげられなくって。僕は庄妙さんのことを遠くから眺めてばっかりだったから……」

 って僕はなに言ってるんだろうってちょっと思ったけど、でも僕から思っていることを伝えないと。

「それじゃあ庄妙さん、また明日」

 僕はちょっと手を上げて、庄妙さんの横を通りすぎた。庄妙さんは僕をじっと見ていた。

(なんだったんだろう……)

 まさかっ。ああやって人の表情を見ることで戦術を読み取れるとか!? もしそうだとしたら明日本当になすすべもなく倒されるだけじゃん!

(まさかぁ~……?)

 そんなすごい特殊能力があるなんてあんまり信じられないけど……僕は歩き出してからもう一度後ろを振り返

「うぇー!?」

 なんと庄妙さんがついてきてるーーー?!

「あ、もしかして僕に用事でもあるの? それかなんかごみついてるとか?」

 セカバンとか制服とかチェックしたけど、特には……?

(って、今度はそんな表情?)

 庄妙さんはなんかちょっと視線を落とし気味というか、でもすぐ視線戻ってくるというか?

「うーん……?」

 試しに庄妙さんの方を向きながら後ろに歩き出した。庄妙さんも同じ歩幅の分寄ってくる。もっかい後ろに。もっかい寄ってくる。玄関ポーチから出た。

(まさか……まさかまさか! 僕と一緒に帰ろうとしているの!?)

「えっ、庄妙さん、その、僕と一緒に帰ってくれる……とか……?」

 勘違いだったらはずかしいけど、でも庄妙さんの表情の意味がよくわからない僕にとっては、聞いてみるしかなかった。

 すると。

(ほ、ほんとにー!?)

 ほんのちょっぴりとうなずいた庄妙さん。

「い、いいの?」

 うなずく庄妙さん。

「ぼ、僕はその、うれしいというか……ああいやそのっ、庄妙さんが積極的になってくれて、こう、なんというか、信頼してくれてるっていうか、そ、そういう意味で! うれしいっていうかっ」

 驚きとうれしさでなんかあたふたしてしまった。

(あぁ~その表情~)

 ちょっとにこっとしてる庄妙さん。その表情をしている庄妙さんがほんとたまらないっ。

(はっ!!)

「まさかそれ、明日の戦術を本人から盗み聞きとか!?」

 庄妙さんは首を振ってないけど、ちょっとおどおど?

「あ、あいやその、勝負の前に同級生だし。うん、一緒に帰ろ帰ろ」

 危ない危ない。僕はたしかに勝ちたいけど、勝つのは仲良くなりたいからなんだっ。

 庄妙さんは僕の言葉を聞いてから、

(ち、近いっ)

 僕の左隣にやってきた。

「か、帰ろう」

 そして僕たちは歩き出した。

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