第69話 窓際クランの新人戦8

 終了時間が刻一刻と近づく中、ユーリたちは迫り来るマッドフィッシュをどんどん倒していた。


「あと三十秒です」


 さっきユーリが「あと何分だ?」と呟いた時からギルド職員さんはカウントダウンをしてくれている。彼女ができる最大限の援護をしてくれているようだ。これは彼女なりの応援なのだろう。

 ユーリはギルド職員の声を聞いて、今までと大きく違う動きをとった。


「よし!フィー!レイラ!あれをやるぞ!」


 そういうと、ユーリは槍を捨てて通路の一番狭くなっている位置に移動した。そこは人が一人通れるくらいしか幅がなく、ユーリが盾を構えるとマッドフィッシュは通り抜けられない。通路に栓をしたような状態になっている。

 その分、盾にかかる圧力は相当なものになり、ジリジリと、だが確実にユーリは後ろへと下がっていた。


「ほんと無茶するんだから」


 そこにフィーがやってきて、ユーリの背中を押した。フィーはユーリほどの力はないが、それでも、少しの間ユーリが押し込まれないようにする事は出来る。一分にも満たない短い間だが、今のユーリたちにとって、それだけ持てば十分だった。


「あと十秒です!」


 なぜなら、数十秒稼ぐことができれば、レイラの魔法が完成するからだ。


「・・・『インフェルノ』」


 ユーリたちの視界が真っ赤に染まった。レイラの魔法はユーリたちを取り込み、ユーリたちの向こうにいるマッドフィッシュたちを焼いていった。


「・・・1、ゼロー終了です!」


 ユーリは真っ赤に染まった世界の中で新人戦終了の合図を聞いた。


 ***


 観客たちはユーリたちの戦いを固唾を飲んで見守っていた。

 ユーリとフィーがレイラの炎に飲まれた時は大広間からいくつもの悲鳴が聞こえ、彼らが無傷で出てきた時は安堵の声がそこかしこから聞こえてきた。

 そして今は、魔力を使い果たしたレイラが倒れそうになったのをユーリが抱きとめ、黄色い歓声が上がっている。


「おーっと!レイラ選手倒れた!大丈夫か!?」

「おそらく、最後の魔法で全ての魔力を使い切ったのだろう。魔力切れなら意識を失うだけだから大丈夫だ」


 画面の中ではフィーが残っている数少ないマッドフィッシュを掃除しようとして、それを追い越すようにギルド職員の女性が全て倒してしまっていた。かなり黒寄りのグレーな行為だが、アルフレッドやルナも含め彼女の気持ちは十分わかるので、咎めるものはいなかった。頑張る若者を応援したいという気持ちはみんな一緒なのだ。

 助けられたユーリたちは自分たちが必死になって倒したマッドフィッシュを一人でたやすく屠ってしまったギルド職員に対して苦笑いをしていたが。


 一方、実況席ではまだ興奮冷めやらぬ様子のルナがテンション高めにアルフレッドに話しかけていた。


「いやー。すごい戦いでしたね!」

「そうだな。なかなかすごい新人が出てきたものだ」


 アルフレッドも腕を組んでウンウンとうなづいていた。一流クランのクランマスターも、今年の新人たちは高評価のようだ。


「アルティナ様もすごかったですけど、何より驚いたのは『紅の獅子』の三人と三位になった『漆黒の猫』のミミさんですよね」

「役割を分けることで、パーティの一人にポイントを集める。そういう戦い方は初めて見たな」


 今回の新人戦で今までの新人戦と大きく違った部分はそこだ。今まではみんなで一斉に攻撃して敵を倒すのが当たり前だったが、ユーリたちとミミたちは攻撃役、防御役、サポート役を分けて戦っていた。


「そうですね。他のパーティメンバーは下から数えた方が早いですからね。なかなかできることじゃないですよね」


 役割を分けた結果、防御役やサポート役のメンバーはほとんどとどめを刺しておらず、ポイントが入っていない。ユーリに関してはゼロポイントだ。


「そうだな。ここで成果なしっていうのは後々まで残るからな。ちなみに俺は一位だった」

「おぉ!すごいですね」


 自慢げにニヤリと笑いながらアルフレッドがそういうと、ルナはアルフレッドを持ち上げるように歓声をあげた。


「すごいだろ?ポイントはミミより少ないけどな」

「なんかすごさが半減しました」


 がっかりしたようにルナはそういったが、アルフレッドは手元にある去年までの新人戦の資料をパラパラとめくりながら今回のポイントとこれまでのポイントを比べてみていた。


「実際、歴代記録から見ても、あの三人はずば抜けているんじゃないか?」

「そうですね。ミミさんで、歴代一位の倍くらいですね。アルフレッドさんが負けても当然ですね」


 ルナが手早く資料を確認し、そう告げると、アルフレッドは少し不機嫌そうな顔で資料を机の上に投げ捨てた。


「次回からは全てのパーティがこのような戦いになると思いますか?」


 ルナがアルフレッドの機嫌が悪くなったのを気にして、気をそらすためにも早口にそういうと、アルフレッドは難しい顔で考え込んだ。


「うーん。この大会を機にパーティを組み直すことが多いからな。パーティの一人にポイントを集めるということは他のメンバーがパーティを変更しないという前提のもと成り立つ。上位陣以外は今後もそれぞれが稼ぐ感じになるだろうな」

「上位陣は違うと?」


 ルナの質問にアルフレッドはさらに難しそうな顔で答えた。


「トップを目指せるところはトップを目指すだろう。今回みたいに他のメンバーも注目されるからな」

「たしかにすごかったですよね。『紅の獅子』の三人」


 たしかに、今日の大広間の水晶板はほとんどの時間『紅の獅子』のパーティを映していた。今日あの三人は王都で一番有名な新人探索者になったといって過言ではないだろう。ミミたちもかなり長い時間水晶板に写っていたように思う。それは新人戦ゼロポイントというデメリットを補って余りある成果と言える。

 アルフレッドも目を閉じれば彼らの戦闘をすぐに思い出せる。


「そうだな。どんな攻撃を受けても揺るがないユーリの盾。モンスターの群れに臆さず攻撃を加え、要所要所で的確な攻撃を加えるフィー嬢の短剣。高火力と的確な狙いで確実に敵を仕留めるレイラ嬢の魔法。どれが欠けてもこの結末はなかったな」

「最後の魔法はすごかったですもんね」


 ルナは普段、魔法使いとして探索者をやっている。だからこそ、レイラの最後の魔法のすごさがわかる。仲間を傷つけず、かつ相手だけを倒すには相当な魔力のコントロールがいる。その上、大丈夫だとわかっていても、仲間の放つ魔法の中にいるのは相当な信頼関係がないと無理だ。


「あぁ。あの魔法だけなら中層、いや、下層でも通じるかもしれない」

「でも、アルティナ様もすごかったですよね。一振りで敵がバッタバッタ」


 ルナがそうアルティナを褒めると、今まで威厳ある顔つきをしていたアルフレッドの頬が一瞬で崩壊した。


「そうだろうそうだろう。もしアルティナに有力なパーティメンバーがいれば、もっとダントツで勝っていただろう!」

「おーっと!どうやら集計結果が出たようです」


 アルフレッドが放送事故状態になってルナが困っていると、ちょうどいいタイミングでレイラのポイントの集計が終わったという知らせが届いた。

 その結果にルナは一瞬息を呑み、大きな声で読み上げた。


「アルティナ様、3900ポイント。『紅の獅子』3890ポイント!僅差!僅差ですが、優勝はアルティナ様です!」


 こうして、新人戦はアルティナの優勝を持って幕を閉じた。

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