第68話 窓際クランの新人戦7
ラスト五分。
ユーリたちも激動の時間を迎えていた。
ユーリは迫りくるマッドフィッシュを苦い顔で見つめていた。
さっきからマッドフィッシュの数がさらに増えたからだ。
まだ少しだけ余裕はあるが、振り向かぬままフィーとレイラに向かっていった。
「すまん。増えてきた。ペース上げてくれ!あ!」
どんどんくるマッドフィッシュに捌き方を間違え、ユーリは一匹のマッドフィッシュを意図せず後ろに流してしまった。
それに気づいたフィーはすかさずフォローに入った。
「任せて!」
手早く数回攻撃してたあと、フィーは蹴りで壁側へと一度叩きつけた。
「・・・『フレア』」
その間にレイラは魔法で他のマッドフィッシュを倒しきり、フィーが壁に叩きつけたマッドフィッシュに向かって攻撃を当てた。
ユーリは胸を撫で下ろして次のマッドフィッシュを誘導した。
「すごい」
ギルド職員は思わず感嘆の声を漏らした。
ユーリがモンスターを足止めし。フィーがモンスターを弱らせ。レイラがとどめを刺す。文字にすると簡単だが、やっていることはとても高度なことだ。
マッドフィッシュは数も強さもその動き方も決して一定ではない。それらを少ない時間で判断して、数を調整し、強さを調整し、確実に自分たちのやり方で相手を屠っている。
そこからこれまでに重ねてきた研鑽が感じられた。
ユーリは次のマッドフィッシュをフィーたちの方に誘導しながら礼を言った。
「サンキュ!」
「気にする必要ないわ!」
しかし、案定した狩りをしていた彼らだが、ここに来てミスが目立ってきた。
今はユーリがミスをしたが、さっきはフィーが誤ってマッドフィッシュを倒し切ってしまったし、その前はレイラが攻撃を外してマッドフィッシュの攻撃を受けた。
「あ!」
マッドフィッシュへの攻撃が強すぎたのか、マッドフィッシュにフィーの短剣が深々と突き刺さり、ナイフが刺さったままマッドフィッシュは壁際へと飛んでいき、動かなくなった。
「ごめん。また」
「・・・フィー!」
フィーの意識が一瞬それた隙にマッドフィッシュが体当たりをかけてきた。レイラが声を上げたがフィーの防御は間に合わない。
「きゃ!」
フィーは目を閉じて衝撃に備えたが、衝撃はいつまでたってもやってこなかった。
恐る恐る目を開けるとマッドフィッシュはユーリの槍と一緒に壁際に転がっていた。そのマッドフィッシュはレイラが二発の魔法を使って仕留めた。
「ユーリ。ありがと」
「おう」
ユーリが槍を投げてフィーからマッドフィッシュを引き離したようだ。フィーはお礼を言いながら壁際で息絶えているマッドフィッシュから短剣を引き抜き、槍を拾うと、ユーリの槍を投げ返した。
三人とも限界が近づいてきていた。いや、限界なんてもうとっくの昔に通り越している。今は気合でなんとか戦い続けているだけだ。
それでも、三人とも「大丈夫か?」とは聞かない。大丈夫ではないことはわかっているし、そう聞いても三人とも「大丈夫!」と答えるとわかり切っていたからだ。
三人は必死に敵を倒し続ける。誰のためでもなく自分たちのために。
試合終了の時間は刻一刻と近づいてきていた。
***
大広間で、街頭で、多くの観客がユーリたちの戦いを固唾を飲んで見守っていた。
大広間の大水晶板にはさっきからずっとユーリたちが写っていた。
アルティナたちを除いた他のチームは五分を切った頃にはもう狩り終わらせている。アルティナたちでさえ、二分を切ったあたりからモンスターを探していない。
しかし、ユーリたちは少しでも多くのポイントを稼ぐために今もモンスターを狩り続けている。
アルフレッドとルナも例外ではない。
「まさかマッドフィッシュにちょっかい出すとは、意外でしたね」
「そうだな。アルティナの勝ちは決まったかと思ったが、これでわからなくなったな」
先程から、もうレイラのポイントの集計はされていない。
あとで魔石の数とフィーのポイントなどから計算することになっている。だから、レイラが一位になれるかは終わってみないとわからない。
ルナとアルフレッドはこの戦法について考察していた。
「この戦法が優れているということですか?」
「まあ、そうだな。新人戦では優れた戦法だろう」
何かを含んだようなアルフレッドの発言にルナは疑問の言葉を投げかけた。
「というと?」
「マッドフィッシュは魔石しか取れるものがない。その魔石もビッククラブより小さい。普通に稼ぐなら、ジャイアントシーホースを狩ったほうがずっと効率がいい。ビッククラブでも同様だ」
マッドフィッシュは体のほとんどが泥でできていて、倒せば魔石を残して溶けてしまう。一方のジャイアントシーホースやビッククラブは本体が残り、食用や錬金術の素材として使える部分が多い。マッドフィッシュは一体あたりのお金が圧倒的に少ないのだ。だからあまり狙って狩られることはない。
「なるほど。たしかに」
「彼らはこのためだけにこの作戦を考えたんだろう」
画面の中で戦うユーリたちに注目した。彼らは今この瞬間も決死の覚悟でマッドフィッシュを借り続けている。
「必至ですね」
「必死にもなるさ。後がないからな」
彼らのクランはこの大会で結果が残せなければ解体候補クランとして、新たにクランメンバーを獲得できなくなるなど、多くの制限がかかる。そうなってしまえばもう潰れるのも時間の問題だ。
だから、彼らは何としても勝つ必要がある。
「なんとか勝って欲しいですね」
「まあ、勝って欲しいと思わないこともないな」
実況席の二人はもう秒読みに入った試合時間の間、ユーリたちの戦いを見守った。
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