第67話 窓際クランの新人戦6

 あと十分になった頃、アルティナたちは一つの問題に直面していた。


「その角を曲がった行き止まりが大型個体の部屋です」

「わかった」


 アルティナはアンジェの指示に従って部屋に入ったが、その部屋にはモンスターはいなかった。


「あれ?何もいないよ?」

「おかしいですね」


 必死で地図を確認するアンジェを抱えながらアルティナは辺りを見回した。すると、部屋の隅に瓶のようなものが落ちつていた。

 アルティナはアンジェを下ろして、その便に近づいた。どうやら、市販のポーションの空き瓶のようだ。


「三番の転移門に近づきすぎたみたいだね。誰かが先にきて倒したみたいだ」

「あ!」


 三番の転移門からはミミたちが突入して行った。おそらく、そのパーティが先にきて倒してしまったのだろう。

 実際、かなり三番の転移門よりの位置にきていた。


「まあ、こういうこともあるさ。次に行こう!」

「はい!」


 しかし、アルティナたちが向かった先の大型個体部屋は全て、すでにモンスターが倒されたあとだった。

 三つ目の大型個体部屋にモンスターがいなかったあたりで、アルティナは人為的なものを感じていた。


 そして、四つ目の大型個体部屋でそれを確信する出来事が起きた。


「アルティナ様。三つ先の角を左です」

「わかった!」


 アンジェに指示に従い、角を曲がり、大型個体の部屋にたどり着いた。するとそこではミミたちが勝利を喜んでいた。


「やったね。ミミ!この調子でいけば三位には入れるんじゃない?」

「みんなのおかげだよ」


 四人の女の子たちが抱き合いながら、勝利を喜んでいる。その後ろには倒したばかりであろうジャイアントシーホースが横たわっていた。

 アルティナは苦笑いを浮かべたが、アンジェは驚きで目を見張っていた。


「これは」

「あ!アルティナ様!」


 ミミたちはアンジェを抱えたアルティナを見て姿勢をただした。ミミたちにとって、アルティナは雲の上の人だった。アルティナはそんな対応にも慣れたもので、優しく微笑みを浮かべながら話しかけた。


「かしこまらなくていいよ。君たちは確か、『漆黒の猫』の・・・」

「はい。ミミといいます。すみません。先回りしたみたいで」


 ビクビクした様子のミミたちにアルティナは疑惑が確信に変わった。これまで回ってきた場所に大型個体がいなかったのは彼女たちが原因であると。そして、おそらくその後ろにユーリがいる。

 アルティナはミミたちの警戒を解くため、できるだけ優しく微笑みながらミミたちに話しかけた。


「構わないよ。よくあることさ。申し訳ないんだけど、君たちの討伐した大型個体の場所を教えてくれないかい?こちらも教えるからさ」

「もちろんです!」


 アンジェは地図を持ってミミたちのところへ行った。そして、倒した大型個体を地図に書き込んでもらった。

 その結果を見て、アンジェは絶句した。


「こ、これは」

「どうかしたのかい?」


 アルティナはある程度理由はわかっていた。ユーリが手引きしているならこの後は・・・。


「この辺りの大型個体は軒並み倒されてて、それに」

「それに?」


 バツが悪そうに、悔しそうに地面を睨みつけながらアンジェは言った。


「私の調べてきた大型個体の部屋がこの辺りに残っていません」


 アルティナはそんなアンジェの頭を撫でながら優しく言った。


「アンジェのせいじゃないよ。向こうの方がこっちより一枚上手だったってだけだからね」

「向こう?」


 アルティナは顔を上げてミミたちの方を見た。


「どの大型個体を倒すかはユーリから指示を受けてたんだろ?」

「な!?」


 アンジェは驚いたようにミミたちを見ると、ミミたちはバツの悪そうに顔を下げて「はい」と答えた。


「僕たちがどっちに行くかも予想するなんてさすがユーリだよ」

「ア、アルティナ様!じゃあ、このままじゃ『紅の獅子』に追い抜かれるんじゃ!?」


 アルティナはアンジェの頭に手を置いたまま優しく言った。

 アンジェは耳まで真っ赤にしていた。


「かもしれないね。でも、ここで終わりにしてもなんとかなるさ」

「ど、どうすれば」


 アンジェは辺りを見回して、バツが悪そうに立っているミミたちに目があった。そして、いいことを思いついたという様子でパッと顔を明るくした。


「貴方達!大型個体の情報を譲りなさい!」


 アンジェはミミたちの方に近づいて交渉をしようとしたが、アルティナがその手を掴んで止めた。


「ダメだよ。迷惑をかけちゃ」

「でも・・・」


 アンジェはアルティナの方を見た。しかし、アルティナの意思は硬そうで、もし、今ミミたちから情報を買い取れてもアルティナはアンジェと一緒に大型個体を狩りに入ってくれない気がした。

 アンジェはアルティナのそういう高潔なところが大好きだった。

 アンジェは何も言えなくなって諦めたように顔を下げた。アルティナは彼女を慰めるように再び頭を優しく撫でた。

 その様子を見ながら、ミミはおずおずとアルティナに話しかけてきた。


「あの、私たちは教えても大丈夫です」


 アルティナは顔を上げて驚いたようにミミたちの方を見た。


「いいのかい?君たちはユーリ達と仲がいいんだろ?」

「そうですけど、この地図の端っこ、みてください」


 ミミはアルティナにユーリからもらった地図を手渡した。

 その地図の端には『もしアルに捕まったら、情報は全部教えてしまっていい。どうせアルからもらったお金で買った情報だ。』そう書かれていた。わざわざユーリとレイラとフィーのサインまで書かれている。


「私たちがアルティナ様と出会うことも考えていたんだと思います。それで、もめないように書いたのかなって。私たちは多分次の大型個体で最後だし、帰りは地図がなくても問題ないので、この地図はこのまま持って行ってください」


 アルティナは目を覆い、声を上げて笑った。


「はは。ユーリ。全く君ってやつは」


 アルティナはしばらくの間笑っていた。そして、ユーリの書いたであろう文字を愛おしそうにひと撫でした後地図をミミに返した。


「アルティナ様?」

「これは受け取れない。これを受け取ってしまったら、彼の隣に立てなくなっちゃうからね」


 アルティナはアンジェを抱きかかえてアンジェに向かって言った。


「ごめんね。まだ頑張らないといけないみたいだ。これからは遭遇したモンスターを狩ることになるからちょっと扱いが手荒になるかもしれないけど、大丈夫かい?」

「は、はい!大丈夫です」


 アルティナが大型個体部屋から出ようとすると、その背中にミミが声をかけた。


「アルティナ様」


 アルティナが振り返るとミミたちはアルティナたちの方を微笑んでみていた。

 彼女たちにさっきまでのような緊張は感じられなかった。


「健闘を祈ります」


 ミミたちの言葉にアンジェは満面の笑みで答えた。


「君たちもね」


 アルティナはそう言い残して弾んだ足取りで走り去った。

 新人戦は残り時間五分を切っていた。

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