第70話 窓際クランの決戦後

 ユーリたちは大会控え室へと戻ってきていた。

 正直、ここまでどうやって戻ってきたかは覚えていない。

 ドアも窓も閉めた部屋で外の喧騒がかすかに聞こえていた。


「届かなかったわね」


 フィーがポツリといった。

 そのセリフにユーリもレイラもびくりと体を震わせた。


「・・・仕方ない。私たちが弱かった」


 落ち込んだ様子の二人に、ユーリは出来るだけ明るい声で言った。


「それにしてもレイラはすごいな。結局800体くらい倒したんだろ?」


 レイラはふるふると首を振りながら気丈に答えた。


「・・・魔力がもっとあって、遠くのモンスターまで倒せてれば。それにフィーがたくさん連れてきてくれたから」


 フィーも空元気で続けた。


「そんなことないわ。間違って何体か倒しちゃったし。すごかったのはユーリよ。あれだけのマッドフィッシュがいたのに本当に守り切っちゃうんだから」


 フィーがそう言った後、誰も言葉を発しなかった。どれだけ虚勢を張ってもショックは隠しきれなかった。

 ユーリは椅子の背もたれに体を預けながら天井を見つめ、目元を右手で覆った。


「はは。ギリギリ、だったんだけどな」


 本当にギリギリだった。ユーリが後一歩前でマッドフィッシュを堰き止めていれば、フィーが後少しミスを少なくすれば、レイラが後少し魔力が多ければ。結果は変わっていたかもしれない。

 だからこそ、悔しさはとても大きかった。


「終わっちゃったわね」


 フィーがポツリとそうこぼした。


「・・・やれるだけのことはやった」

「そうだな」


 落ち込んだ雰囲気を変えようとしてフィーは椅子から勢いよく立ち上がった。


「そうね。また、次があるわ。次が・・・あれ?」


 フィーの頬からひとすじの涙が流れた。

 フィーは涙を拭ったが、後から後から溢れてきて頬を伝って流れていく。


「あれ?止まんない」


 レイラはフィーの側まで行ってフィーをぎゅっと抱きしめた。

 レイラ自身も涙を流していた。


「・・・フィー。ごめん」

「謝んないでよ。レイラ〜」


 抱き合いながら涙を流すフィーとレイラを目の端に入れながらユーリは涙をぐっとこらえて天井を睨みつけていた。

 その時、コンコンとノックの音が響いた。返事も待たずに部屋に入ってきたのはアルティナだった。


「おや?表彰式を始めたいのに、こないから呼びにきたんだけど」


 アルティナは部屋の中の様子を見て困ったような顔になった。


「・・・ごめんなさい。いま、出られるような状況じゃない」

「そうみたいだね」


 そう言ったアルティナはそのまま出ていくのかと思ったら扉の反対側にある窓の方へとよっていき、窓に手をかけた。


「ならせめて顔見せくらいはしないとね」

「あ、ちょ。アル!」


 ユーリはアルティナを止めようと駆け寄ったが、一足遅かった。

 開け放たれた窓から外の新鮮な空気と明るい日差し、そして、喧騒が入ってきた。


「きゃー!!ユーリ君よ!」

「私も守ってー!」

「お前なかなかやるじゃねえか!」

「女を守る漢って感じでかっこよかったぞ!」


 窓辺に寄ったユーリを見て、外からはユーリに向けて声がかけられた。

 外から聞こえてくる声はどれも好意的なものだった。


「え?」

「・・・なに?」


 フィーとレイラも気になって窓の外を覗き込むと、探索者ギルドの外は人でいっぱいになっており、その人たちが口々に顔を見せたユーリたちを称賛する声をかけてくれている。


「おーーー。3890ポイントおめでとーー」

「すげぇ短剣さばきだったぞ!」

「感動したーー」


 人々に賞賛の声をかけられる。

 三ヶ月前ではあり得なかった光景だ。

 あっけにとられて外を眺めているユーリたちに一歩引いて立っていたアルティナが声をかけた。


「君たちはすごいよ。本当に」


 ユーリたちが振り向くとアルティナはユーリたちを称賛するような優しい笑みを浮かべていた。


「大衆の意見を百八十度変えてしまった。そんなこと、他の誰にもできなかった」


 もう一度外を見ると、大勢の人がユーリたちに手を降ってくれていた。

 そこには三ヶ月間積み上げてきたものの成果があった。そして、気づかせてくれた。優勝という結果は残せなかったけど、意味なくなんてなかったんだと。

 ユーリは硬く拳を握った。


「まだ終わってない」


 ユーリがそう呟くと、フィーとレイラはユーリの方を見た。


「・・・ユーリ?」

「諦めたらそこで試合終了だ。まだ終わりじゃない。まだ半年ある。俺たちならなんとかできるはずだ。だから、まだ俺は『紅の獅子』を諦めない!」


 強い意志のこもった瞳で外を眺めるユーリを見てフィーとレイラは一度視線を合わせて笑った。


「そうね。三ヶ月でここまでこられたんだもの」

「・・・半年あれば、なんとかできる」


 フィーとレイラもユーリと同じように外を眺めた。

 ユーリはがっしりと窓を掴むと大きく息を吸い込んだ。


「やってやるぞー」


 窓の外の人たちに向かってユーリは大声で叫んだ。

 群衆は喝采で返答をしてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る