第43話 窓際クランの爆炎のレイラ

 どれだけ時間が立ったのかユーリにはわからなかった。

 数十分か、数分か、まさか数秒というのはないと信じたい。

 状況は最悪といってよかった。


「うわ!」


 ユーリはビッククラブに弾かれて転がった。

 体制が崩れたタイミングで振り下ろされたハサミを間一髪避けた。


「クソ!」

「・・・!ユーリ!」


 駆け寄って来ようとしたレイラをユーリは手をかざして止めた。


「大丈夫だ」


 ユーリは何とか立ち上がったが、すでに膝は笑っている。

 いつもは右手一本で持っている盾は今は両手で持っている。

 いつも持っている槍はどこかへ行ってしまった。


(きっつ。でもまだ倒れるわけにはいかない)


 ユーリは後ろをちらりとみた。

 ユーリの後ろではレイラが焦点の定まらない目で詠唱をしていた。

 彼女もまた、魔力切れが近いらしい。


 ユーリが我慢している最大の原因はレイラだった。


「レイラ!俺を置いて行ってくれ!」

「・・・(フルフル)『アイススピアー』」


 レイラの魔法がジャイアントビッククラブにあたり、相手をよろめかせた。

 さっきから何度言ってもレイラが逃げてくれないのだ。


 彼女も今の状況が打つ手なしなのはわかっているはずだ。


(可愛い女の子が一緒に死んでくれるとか、物語上なら爆発しろっていうところだけど、現実だときついな)


 ユーリは必死で打開策を探した。

 ユーリはジャイアントビッククラブの情報を思い出した。

 弱点。行動パターン。そして、その本に挟まっていた新聞記事を思い出した。


 ちらりと後ろを見てレイラの赤い透き通るように綺麗な瞳を見つめた。


「レイラ」

「・・・仲間を置いて、逃げるつもりはない!」

「それはもういい。だから」


 ユーリは息を大きく吸い込んだ。

 そして、ふっと優しく笑った。


「全力でこいつを焼いてくれ」


 ユーリのセリフを聞いて、レイラは大きく目を見開いた。

 杖を握った手は少しだけ震えたいた。

 そして、自信なさげに顔を下げた。


「・・・わ、私、火の魔法は」

「魔力を抑えようとして失敗してるんだろ?」


 レイラはバット顔を上げた。


「・・・どうして」

「わかるさ。あの記事を読んだんだし。優しいレイラなら、傷つけないように威力を抑えようとするって」


 レイラは震えながら首を横に振った。

 ユーリはジャイアントビッククラブの攻撃を受けながら続けた。


「今のレイラなら、俺を避けてこいつに当てられるよ」

「・・・また暴走して、ユーリを傷つけるかも」


 レイラは膝が笑い、声が震えていた。

 ユーリはレイラに諭すように言葉をかけ続けた。


「大丈夫だよ。短い間だけど、ずっとレイラを見てきた。日に日に魔力の扱いは上手くなってる。三ヶ月前のレイラとは全然違う」

「・・・それでも、自信がない」


 ユーリは顔からレイラの方に振り向いた。

 攻撃を受け流すことができなくなって、手の痺れはどんどん強くなる。

 盾をそれた攻撃が数度ユーリの手や足を傷つけたが、今はそんなことは気にならない。


「じゃあ、自信を持てとも、自分を信じろとも言わない」

「・・・?」


 顔を上げたレイラを一瞬だけ振り向いたユーリの目があった。

 ユーリの目には強い、揺るぎない意志が感じられた。


「俺を信じてくれ。レイラならできる。だから俺の言葉を信じてやってくれ」


 レイラはギョッとしたような顔をした。

 ユーリはいつものようにいたずらっぽくにっと笑った。


「俺のこと、信じてくれるんだろ?」


 レイラは一度もを閉じてギュッと杖を強く握った。

 もう一度目を開けた時、その赤い瞳には強い決意の光が宿っていた。

 不思議と震えは消えていた。


「・・・わかった」

「よし!」


 ユーリはジャイアントビッククラブの方を向き直った。

 腕や足は傷だらけで、盾を握る感覚はもうなく、立っているのがやっとだったが、辛さは全く感じなかった。


 ユーリの耳にレイラの詠唱の言葉が聞こえてきた。

 意味は全くわからなかったが、なぜか優しい気持ちになった。


「・・・『インフェルノ』」


 ユーリは詠唱の最後の言葉が聞こえた。

 そして、後ろから熱いものが近づいてくるのを感じた。

 しかし、ユーリに恐怖は全くなかった。


 大きな炎の渦はユーリだけを綺麗に避け、ジャイアントビッククラブを焼いた。


 数十秒後、炎がおさまると、息絶えたビッククラブの姿があった。

 ユーリは振り返ってニッコリと笑った。


「な?俺の言った通りだっただろ?」

「・・・うん。ユーリのこと、信じてた」


 そう言って、レイラは崩れ落ちた。


「うわ!レイラ!!」


 ユーリは必死で抱きとめた。

 しかし、満身創痍のユーリでは支えるまでは至らず、レイラの下敷きになるように倒れた。

 レイラはどうやら魔力切れのようだ。


「お前はスゲーよ。きっとすぐに自信も持てる」


 ユーリはレイラの頭を撫で続けた。

 レイラは気持ち良さそうな寝息を立てていた。


「人が必死に助けを呼びに言ってる間に・・・」

「へ?」


 顔を上げると、怒り心頭といった顔のフィーが立っていた。


「あんた達は何やってんのよーー!!」

「ご、誤解だー」


 その後、レイラが起きるまでの約一時間、ユーリは正座で説教を食らったのだった。

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