第42話 窓際クランの強敵

 その日もいつもと変わらずダンジョンに来ていた。

 シーワームを前にレイラが呪文を唱えている。

 しかし、誰から見ても集中ができていない。


「・・・」


 魔法は結局霧散してしまった。

 それを見てシーワームの足止めを行なっていたフィーがシーワームを切り捨てた。


 戦闘が終わったことを確認して、周囲の警戒を行なっていたユーリが戻ってきた。


「やっぱりだめか」

「みたいね」

「・・・ごめんなさい」


 火の魔法を放とうとすると、意識が散漫になるらしく、火の魔法は発動しなかった。

 今日数度目の失敗にレイラは肩を落とした。


「・・・せっかく二人がミミとの仲を取り持ってくれたのに」


 ユーリはそんなレイラの肩に軽く手を置いた。


「気にするなって。それに、今までみたいに倒れなくなったんだから、大進歩だろ」

「そうね!それに、順調に三階層までこれてるんだし」


 ユーリの位階が三に上がったため、今日は3階層にきていた。

 ユーリたちは安全のために、パーティ全員の位階が上がってから新しい階層に行くことにしている。


 今日は初めてのため、軽く様子見として、この階層で徘徊している個体を倒している。

 なんとか問題なく狩れそうだ。

 そこで、火の魔法を試してみようとしたところだった。


「焦らなくていいさ。ほしくなるの四階層の大型個体はまだまだ先だ。なくても何とかなるだろ」

「そうそう。カニくらい私がずばーっと倒しちゃうわよ!ずばーっとね!!」


 明るく言うフィーとユーリに視線を向けて、レイラはぎゅっと杖を強く握った。


「・・・魔法、練習しておく」

「その粋だ!」

「頑張ってね!」


 三人がそんな話をしていると、奥から騒がしい声が聞こえてきた。


「なんか騒がしいな」


 通路の奥が騒がしかった。


「逃げろ!」

「蟹が出た!!」


 通路の向こうから走ってきた男達がそう言いながら掛けてくる。

 その男達を追いかけるように大きな蟹がシャカシャカとやってきた。

 追いかけてきていたのはジャイアントビッククラブだった。


「あれはまずいな。俺たちも逃げるか」

「・・・あれには勝てない」


 ユーリ達が走り出そうとすると、蟹が走ってくる方から声が聞こえてきた。


「ま、まって〜」


 蟹から逃げている少女がいた。

 大きなお胸を揺らしながら走っていた。

 実にけしから・・・じゃなかった。このままでは捕まってしまいそうだ。


「きゃっ」


 少女は何かにつまずいて転んでしまった。

 顔面から地面にダイブした彼女はゆっくりとした動作で顔を上げた。


「いったーい。あ!」

 少女が振り向くと、大きくハサミを振りかぶったジャイアントビッククラブがいた。


「いやーーー」


 少女はぎゅっと目を閉じて頭を抱えた。

 しかし、いつまでたっても少女にハサミが振り下ろされることはなかった。


 少女が恐る恐る顔を上げると、大きな盾を掲げた少年が少女とモンスターの間に立ちふさがっていた。


「大丈夫か?」

「え?あ、はい!」

「じゃあ、立ってくれ」


 ユーリに遅れてやってきたフィーが強引に少女を立ち上がらせた。


「もうユーリ!何やってんのよ!」

「すまん。体が勝手に動いた」

「まったく。お人好しなんだから」


 フィーは呆れた表情をした。

 ユーリはフィーの方を軽く振り返った。


「フィーは彼女と応援を呼びにいってくれ!」

「ユーリはどうするのよ?」


 ユーリはジャイアントビッククラブに向き合って盾を構えた。


「俺はここを食い止める」

「はぁ!?ユーリ!何無茶なこと言ってるのよ!!」


 数回ユーリはジャイアントビッククラブの攻撃を受けていた。

 一度まともに受けてしまい、手が若干痺れていた。

 フィーから見ても、長くは持たなそうだった。


「お前が一番早い。前からそう決めていただろう?ついでにその子も連れて行ってくれ。その子もだいぶ早い」


 ユーリの言っていることが正しいとフィーは理解していた。

 まず、逃げられない相手に出会ったときの対処をあらかじめそう決めていた。

 しかし、そんなことはまず起らないと思っていた


「あーもう!バカ!!ほんとバカ!!!ぜっていに死ぬんじゃないわよ!!!!」

「ちょっと痛いです〜」


 そう言ってフィーは少女の手を引いてかけていった。


「・・・逃げれそう?」

「背中を見せたらずぶりな気がするな。おっと」


 ユーリは何とかビッククラブのハサミを避けた。


「レイラも行ってくれ!」

「・・・私が付いて行ったら足手まとい。彼女たちに付いていくのは無理」

「でも」


 モンスターの振り上げたハサミにレイラの氷が飛んで行った。

 ダメージこそ与えられなかったが、ワンテンポ遅れた攻撃をユーリは余裕を持って避けた。


「・・・まずくなったら逃げる。それに」

「?」


 ユーリに向かってレイラはぎこちなく笑った。


「・・・ユーリが守ってくれるんでしょ」


 久しぶりに見たレイラの笑顔にユーリは一瞬面食らった。

 しかし、ジャイアントビッククラブから大きく跳びのき、レイラのすぐそばまで来ると、拳をレイラの方に突き出した。


「任せろ!」

「・・・ん。信じてる」


 そう言って、二人はこぶしをコツンとぶつけ合った。

 こうしてユーリとレイラの勝ち目のない戦いが始まった。

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