第32話 窓際クランの召喚獣

 ギルドに着くと、一人の青年がギルド抜けつけ上に食ってかかっていた。

 探索者ギルドでこういうのは珍しい。

 みんな自分の職場では静かにするものだ。


「そこをなんとか」

「何度も申し上げていますが、位階が10になるまでは二つ目の召喚笛はお売りできません」


 必死な様子の青年に対して、受付嬢は淡々と対応している。

 どうやら、探索者が無理を言って、それを受付嬢がなだめているらしい。


「もう、位階は9なんだ。だから大丈夫だ」

「規則ですので」


 どうも、さっきフィー達と話していた位階が足りないのに二体目の召喚獣を召喚しようとしている探索者のようだ。

 ギルドの受付嬢さんも大変だ。


「さっき言ってた奴か。位階が足りないのに召喚獣を2体欲しいっていう奴」

「この時期には結構いるのよ。気にしないほうがいいわ」

「・・・空いてる受付に行く」


 ユーリたちは食ってかかってる探索者とできるだけ離れた受付に行った。

 誰も、不審者に近づきたいとは思わない。

 ユーリたちが行った受付にいたのはよく対応してくれる受付嬢のお姉さんだった。


「おはようございます。ユーリさん。今日は早いですね」

「おはようございます。今日はお金が貯まったので、召喚笛を買いに・・・」

「召喚笛だって!!!」


 ユーリが要件を言った瞬間、さっきまで受付嬢に食ってかかっていた探索者がユーリたちの方にやってきた。

 どうやらユーリの口から出た召喚笛という言葉に反応したらしい。

 地獄耳である。

 受付嬢さんは頭が痛そうにこめかみに手を添えていた。


「お前、召喚笛を買うのか?」

「いや、えっと・・・」

「頼む。その召喚笛を俺に譲ってくれ!!」


 受付嬢さんの次ユーリから手に入れようとしたらしい。

 彼もなかなか必死なようだ。

 だが、売れない理由を知っているユーリとしては、ここで転売に応じるわけにはいかない。


「いや、危険ですし」

「危険は承知だ。でも、僕にはそれしか方法が残されてないんだ」


 掴みかからんばかりに迫ってくる青年にユーリは若干、いや、完全に引いていた。

 ユーリにはなぜこんなに必死になるのかわからなかった。


「もうすぐ位階10じゃないですか。もう少し頑張ってみては?」

「頑張ったさ!でも、今の召喚獣と属性の相性が良くないんだ。なあ、『爆炎』のレイラなら俺の気持ち、わかってくれるだろ!?」

(?『爆炎』のレイラ?)


 ユーリは探索者自身より探索者の言った『爆炎』のレイラという異名にが気になり、レイラの方を見ると。

 すると、レイラは真っ青な顔をしていた。


 ユーリがレイラに気を取られている間も青年の主張は続いていた。

 しまいには土下座までし出した。


 流石にユーリも無視できず、助けを求めるように受付嬢さんの方を見た。

 困ったような表情をして、一つ溜息を吐き、探索者に注意をしてくれた。

 探索者ギルドにも色々あるようだ。


「他の探索者への迷惑行為はやめてください」

「いや、でも」


 それでも食い下がろうとする青年に、受付嬢さんはピシャリと言った。


「探索制限がかかる前に、ギルド規約違反で探索禁止になるおそれがありますが、それでもよろしいですか?」

「・・・クソ!」


 青年はそう言い残すと走り去っていった。

 最後に恨めしそうにユーリの方を見ていたので、ユーリは面倒なことになったなと思っていた。

 そんなユーリに受付嬢さんは話しかけてきた。


「ユーリさん。申し訳ありませんが、召喚は探索者ギルド内で行っていただけましか?」

「え、でも・・・」


 ユーリは召喚はクランハウスでするものだと聞いていた。

 フィーとレイラを見ると、困ったような顔をしていた。


「先ほどの方が帰りに待ち伏せされているかもしれません。会議室をお貸ししますので、そちらで召喚をお願いいたします」


 たしかに、レイラとフィーの方をもう一度見た。

 フィーは他に方法はないようで、まあ仕方ないか。私のじゃないし。と顔に書いてあった。考えることを放棄したらしい。

 こういう時に頼りになるレイラはまだ俯いてしまっている。


「・・・わかりました」


 悩んだ末に、ユーリは了承の返事を返した。

 何より、二人の迷惑になるのが嫌だった。


 ***


 ユーリたちが案内されたのは石造りの一室だった。


「こちらをお使いください」

「え?ここって?」

「会議室です」


 どう見ても会議室には見えない。

 オブラートに包んで行っても尋問室だ。


「探索者ギルドではいろんな会議を知り必要がありますから」

「そ、そうですか」


 部屋の隅にある布のかけられたものについてとかは聞いてはいけないんだろうなとユーリは思った。

 受付嬢さんの(ローさんというらしい)はニッコリと笑ったまま微動だにしない。

 ユーリは全てを棚に上げて、ローさんにお礼を言った。


「ありがとうございます。ローさん」

「いえ、終わったら、私に声をかけてください。こちらが召喚笛です」


 ローさんは懐から召喚笛を取り出し、ユーリに渡した。

 ほんのり温かいそれをユーリは少しドキドキしながらそれを受け取った。

 そして、ポケットから金貨10枚を取り出してローさんに渡した。


「代金です」

「しっかり、金貨10枚ですね。確認しました。では帰りに私に声をかけてください」


 召喚笛の売買を終えると、ローさんは部屋から出て行った。

 振り返ると、レイラとフィーが冷たい瞳でユーリを見ていた。

 ユーリはびくりとして固まった。


「・・・じゃあ、召喚する」

「お、おう!なんか緊張するな」

「笛を吹くだけよ。緊張することはないわ」


 レイラが少し気を持ち直したようなので、ユーリは必要以上に張り切って答えた。

 しかし、フィーに一刀両断された。

 フィーは空気を読むのが苦手らしい。


「・・・じゃあ、吹くぞ」


 ユーリは召喚笛を吹いた。

 展開された召喚魔法陣の中心には一匹の亀がいた。

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