第30話 窓際クランの誘惑

 その夜、ユーリが部屋で休んでいると、ノックの音が聞こえた。


「どうぞ」

「・・・お邪魔します」

「あぁ、レイラか。どうし、な!」


 部屋に入ってきたのはレイラだった。

 レイラは可愛らしいピンクのひらひらのネグリじゃ姿だった。

 ユーリはドギマギしてしまった。


「な、レイラ!?こんな時間にどうしたんだ?」


 ユーリは驚いて大きな声を上げそうになったが、大きな声を上げてしまったら間違いなきフィーが来る。

 この状況でフィーが来ればユーリは弁明をする間も無く、暗い檻の中一直線だ。

 それは嫌なので、なんとか声を抑えた。


 ユーリの部屋に入って、レイラは静かに部屋の扉をとじた。

 よく見るとレイラは耳まで真っ赤だった。


「・・・ユーリ。少し話がしたい」


 レイラは意を決したように顔を上げて、ユーリを見つめていった。


「話?えーっと。ですね。明日じゃだめでしょうか?」

「・・・(フルフル)」

「はぁ。わかったよ」


 ユーリはさっきまで自分が座っていた椅子にレイラをすわらせ、自分はベッドに座った。

 逆は絶対いけない。ユーリの理性がもたない。


 レイラは少し間をおいて話し始めた。


「・・・私は、ユーリはすごいと思う」

「なんだよ藪から棒に?」


 いきなり褒められたユーリは、少し顔を赤くして、頬をかいた。

 レイラはじっとユーリを見つめながら続けた。


「・・・発想や知識がある。ユーリがいれば、『紅の獅子』も存続していけると思う」

「それは、買いかぶりすぎだよ」

「・・買いかぶりすぎじゃない!」


 ユーリはバツの悪そうな顔をして視線をそらすと、レイラは食いつくように近づき、ユーリの手を取った。

 ユーリはびっくりして、のけぞった。

 そして、レイラからする女の子特有の甘い匂いにクラクラしていた。


「レイラ・・・」

「・・・ユーリがいればきっと大丈夫。だから、わたしをユーリにもらってほしい」


 ユーリは最初、レイラが何をいったのかわからなかった。

 一瞬して、理解したユーリは驚きの声をあげた。


「は?な、何言って・・・」


 ユーリは一歩離れようとしたが、レイラにしっかりと手を掴まれていて離れられなかった。

 レイラはしっかりと握った手を胸元に引きよそていった。


「・・・今日、『灰色の狼』に勧誘されたんでしょ?」

「え?そうだけど、断ったぞ?」


 確かに誘われた。しかし、能力を見込んでというより、俺が厄介ごとを抱えているから、助けるつもりで誘われただけだ。

 そのことをどう伝えるべきか、ユーリが考えていると、レイラは何かを隠そうとしていると勘違いしたのか、ユーリの手を抱き込むように抱えた。


「・・・これからきっと、勧誘は増えていく。ほかのクランに行く方がユーリのためになるのかもしれない。でも、私はユーリにこのクランにいてほしい」


 ユーリはレイラの言葉と手に伝わる感覚に何も言えなくなった。

 レイラは畳み掛けるように続けた。


「・・・ユーリにクランにいてもらう代わりにわたしをあげる。わたしはそれしか持ってないけど、ユーリにクランにいてほしいから・・・」

「レイラ・・・」


 レイラは真剣な瞳でユーリを見た。

 その瞳はとても純粋で、恥ずかしさから頬は少し上気しており、肩は緊張のため少し少し震えていた。


 その姿は誰かに似ていた。

 俺を必死で生かそうとしてくれた母親か。

 冤罪を晴らそうと必死になっていた父親か。

 叔父に必死で気に入られようとしていた自分自身か。


 レイラに、大切な仲間にそんな顔をさせていることに罪悪感を感じた。

 でも、ユーリにできることは大してない。

 ユーリに出来ることは、今の自分の気持ちを伝えることだけだった。


 ユーリはレイラの肩を掴んだ。

 少しビクっとなったレイラに出来るだけ優しい顔で微笑みかけた。


「俺は、両親が居ないんだ」

「・・・!」


 ユーリの話を、レイラはしっかりと聞いていた。

 ユーリは、レイラの瞳を覗き込みながら続けた。


「父さんはだいぶ前に死んじゃって、それで無理した母さんも・・・」

「・・・」

「それからは色々大変でさ。母さんの家族には結構辛くあたられたな。母さんが死んだのは俺のせいだって」


 ユーリはこれまでのことを思い出しながらポツリポツリと話した。


「ほんとに扱いが酷くてさ。食事も冷め切ったのを一人で食べてたし、名前すらまともに読んでくれないんだぜ?おいとかお前とか穀潰しとか言われてさ」


 おどけたように話すユーリは泣きたいのに泣けない。そんな顔をしていた。


「だからこのクランに来て、ユーリって呼ばれた時は嬉しかったなぁ。フィーが怒って、レイラが笑って、三人で一緒にご飯を食べて」


 一つ一つ、思い出すように。噛みしめるように話した。


「俺にとってここは、このクランは大切な家族みたいなところなんだ。だから、このクランを離れることは絶対にないよ」


 ユーリはレイラに満面の笑みを向けた。


「むしろ、レイラに手を出しちゃった方がいずらくなっちゃうよ」


 ユーリがそう言って、恥ずかしそうにレイラの方を見ると。


「え!?」


 レイラはホロホロと涙を流していた。


「ごめん!?俺なんか傷つけるようなこといったか?」

「・・・ううん。違う。わたし、ユーリのこと、何も知らなくて。それで・・・」


 ユーリはレイラがどうして泣いているのかわからなかった。

 それでも、優しい彼女が自分のために泣いてくれていることはわかった。


 ユーリは優しく微笑むと、レイラの頭に手を置いた。


「俺のために泣いてくれてありがとう」

「・・・(ふるふる)」


 ユーリはレイラの頭をいつまでも撫で続けていた。


 ---バン---


 そんな時、扉が大きな音を立てて開いた。


「ちょっと、ユーリ!!何時だと思ってんの!!明日もダンジョンなんだから、静かに、ねな・・・」


 部屋の中には、ネグリジェ姿で泣きはらした表情のレイラ。

 ベットに座るユーリ。

 そしてそこに襲来したフィー。


「あ、これあかんやつや」


 ユーリは自分の未来を悟った。


「あんた!なに!!・・・」

「・・・!まって、フィー!」


 フィーは大きく助走をとった。

 レイラは静止しようとしていたが、間に合わなかった。


「かんがえてんのよーーーー!!!!!」


 フィーのドロップキックがユーリに炸裂した。

 ユーリは壁に叩きつけられた。


「今日は、ピンク。か・・・」


 ユーリはそう言い残して、意識を失った。

 次にユーリが目覚めた時、地下室にあるモンスター捕獲用の檻の中だったことはいうまでもない。

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