第26話 窓際クランのクラン訪問
翌日、フィーとレイラとユーリの三人は『ハイエナ』こと『灰色の狼』のギルドハウスに来ていた。
「フィー。そろそろ機嫌を直してくれよ」
「別にもう怒ってないわよ!!」
「・・・怒ってる。誰が見てもわかる」
フィーにはあの後、説明したが、一瞬で切れた。
ティ◯ァールもびっくりの瞬間沸騰だった。
二人掛かりで夜を徹して説得したが、まだ納得はしていないらしい。
「よし。とりあえず、行こうか」
ユーリは『灰色の狼』の狼のクランハウスのドアを開けた。
カランカランとなるドアベルの乾いた音がユーリたちの緊張感を嫌でも高めた。
クランハウスのロビーは想像していたよりも整然としていた。
クランの噂から、そこまで退廃的ではないだろうと思っていたが、想像よりずっと整っていた。
ユーリは心の中で警戒を一段引き上げた。
クランハウスに入ると、いくつもの視線がユーリたちに向かった。
そして、奥の方にいた年配の探索者がユーリたちの前に出てきた。
顔わニヤニヤと笑っていたが、目が真剣だった。
「窓際クランの新人がなんの用事だ?」
年配の男が話しかけてきた。
口調はばかにするようなものだったが、こちらをしっかりと探っている様子がうかがえた。
「昨日、うちのクランが何者かに襲撃さまれましてね。少し、相談したいことがあります。クランマスターを呼んでくれますか?」
ユーリがそういう時、クランハウスから笑い声が起こった。
しかし、大笑いしている目の前の探索者がの顔が一瞬引きつったことをユーリは見逃さなかった。
(やっぱり襲撃してきたのはここか、ここの下部組織で間違い無いみたいだな)
おそらく警戒しているのは、ことを荒立てられることだろう。
実はそのことは予想できていた。
ただでさえ、ボロ小屋に蓄えられていた盗品の関係で王国に目をつけられているはずだ。
今は事を荒立てたくは無いだろう。
もしかしたら、襲撃自体、下部クランの暴走だったのかもしれない。
「お前らと違ってうちのクランマスターは忙しいんだよ!」
「お子ちゃまのおままごとには付き合ってられないんだよ」
周りの何も知らない野次馬が囃し立てる。
フィーは怒って何かを言おうとしたが、レイラが取り押さえた。
ユーリはそれを横目で見て、一つ息を吐いた。
予想通りあっちが事を荒立てたく無いんだったら、それをネタに交渉するしか無い。
というか、それしかユーリたちには手がない。
もしダメだったら全力で逃げる。
そのために入り口すぐにこの場所を陣取ったんだから。
「いいんですね?」
「何がだよ?」
ユーリがそういう時、年配の男は少し警戒感を高めた。
その反応は正しい。
「こっちは代行とはいえクランマスターがきてます」
「だからどうしたっていうんだ?」
正直、用意してきた札は多くない。だから、相手が一番こまる札を切った。
ユーリは年配の男の瞳をじっと見つめながら言った。
「探索者ギルドの規約6条に『クランマスターは対等であり、抗争中など、他クランのクランマスターが必要に応じて直接対談を求める場合は応じなければいけない』ということが書いてあるそうです」
「は?」
予想外にギルド規約を話し出したので、年配の探索者はあっけに取られた顔をした。
レイラは、すこしユーリに何か言いたげだったが、ユーリはそれに気づかなかった。
「ギルド規約への違反は最悪、クランの解体。そして、うちのクランは抗争の一部に分類される襲撃されました」
「く!それがどうしたっていうんだ!?うちとお前のところがやったっていう証拠でもあるのかよ!」
年配の探索者は一歩たじろいだ。今の状況で、ギルドまで敵には回したくなかった。
ユーリはここが攻め時と、一歩踏み込むように言った。
「証拠はありませんけど、探索者ギルドを説得するのは難しくないと思っていますが?」
「ちっ!」
お年配にいとこは周りにちらりと目をやった。
都から技で抑える事を考えたのかもしれない。
今逃げることはできるが、今逃げれば今までのが全部パーだ。
(ここはもう少し頑張るか)
ユーリは殺気立ってきた周囲を牽制する意味も込めて付け加えた。
「ちなみに、ここへ来ることはギルドに連絡してあります。ここで何かをすれば、わかりますか?」
「ちっ」
嘘である。そんなことしたら絶対に止められる。
しかし、レイラがバイトしていたパン屋には、行く事を伝えてある。
夜まで連絡がなければ、ギルドに通報して欲しいとも言っている。
周囲から聞こえる舌打ちがさらに大きくなった。
(うわーこわー。ヤバイヤバイヤバイ!!!)
内心、ユーリはめちゃくちゃビビっていた。
当然だ。自分より強いやつの中にいるんだ。一歩間違えればリンチどころではない。
ミンチ一直線だ。
クランマスターが早く出てくることを祈っていた。
すると、拍手の音が聞こえた。
拍手をしていたのはオールバックに決めた長身の某ヤクザゲームの主人公みたいな男だった。
「なかなかのタンカだ。上出来だ」
「く、クランマスター!」
どうやら、この男がクランマスターらしい。
ぶっちゃけ、どこぞのマフィアか何かかと思った。
さっきまで殺気立っていた周りの探索者たちは彼がきた途端にさっきを引っ込めた。
それでも、この男のプレッシャーだけで、さっきより重圧を感じる。
「お前は黙ってろ。お前の負けだ」
「・・・!くそ!」
『灰色の狼』のクランマスターがそういうと、ユーリの相手をしていた男は下がっていった。
ユーリもできれば下がっていきたかった。
しかし、それはできない。ここでなんとかできなければ、今後の生活が問題があるかもしれない。
「『紅の獅子』の新人だったな。交渉をしてやろう。奥に来い」
「ありがとうございます」
「あぁ、それと」
『灰色の狼』のクランマスターは立ち止まってユーリたちに振り向いた。
そして、彼はイタズラでもするようにニヤリに笑った。
「さっきのギルド規約は6条じゃなくて8条だ。次は間違えんなよ」
「・・・」
油をさし忘れた機械のようにレイラの方を向き直った。
ユーリの言いたい事を理解したのか、レイラは一つ、コクリとうなづいた。
ユーリは顔を真っ赤にして、崩れ落ちるように座り込んだ。
そして、恥ずかしさのあまり顔を両手で覆い、小さく一言呟いた。
「死にたい」
一瞬置いて、クランハウス内が爆笑の渦に飲まれた。
ちなみに、一番大きな声で笑っていたのはフィーだった。
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