第21話 窓際クランの「本当に大切なもの」

 フィーがクランハウスに帰り着くと、ロビーは飾り付けられていた。

 横断幕には祝初ダンジョン!!と書かれており、一つの机に所狭しとご馳走が並べられていた。

 ユーリとレイラは不要な机を片付けたり、食器を用意したりとパーティーの準備をしていた。


「あ、フィーお帰り」

「・・・おかえりなさい」


 二人の『おかえり』の言葉を聞いて、フィーは心が温かくなるように感じた。

 同時に、自分の選択は間違っていなかったんだという気持ちを深めていた。

 机に近づきながら二人に声をかけた。


「ただいま」

「?とりあえず、飯にしようぜ。もうお腹ぺこぺこで」

「・・・冷めないうちに食べたい。早く荷物を部屋に置いてきて」


 二人は、フィーの反応に少し違和感を感じていた。

 なんというか、あるべきものがないというか、軽やかな感じがするというか。


 少しの違和感を感じながらも、二人は席についた。

 しかし、二人はすぐに席から立ち上がってしまった。

 違和感の正体に気づいたからだ。


「ふぃ、フィー?お前、大剣は?」

「(コクコク)」


 フィーの背中にはさっきまで背負っていた大剣がなかった。

 さっき別れたときには間違いなく背負っていたのに、いま、あの存在感のある大剣がなくなっているのだ。

 驚愕する二人に対して、フィーはこともなげに言った。


「あぁ、あれは売ったわ」


 そう言ってフィーはそのまま席に着いた。

 そして、座りが悪かったのか、腰に下げていた短剣を机の上に置いた。


「売ったって」

「・・・よかったの?」


 あっけらかんとした様子のフィーに驚きながら、レイラとユーリも席に着いた。


「わたし、短剣の方が才能あるもの。母さんに言われたことがあるわ。投擲とかも得意なのよ?」

「でも、お母さんの使ってた大剣だったんじゃ?」

「まあ、そうだけど。あれ?」


 驚いた様にフィーはユーリの方を向いていった。


「どうしてユーリがそのこと知ってるの?」

「そ、それは」

「・・・ごめんなさい。わたしが教えた」

「そう。まあいいわ」


 フィーはさらりと話を流してしまった。

 普段のフィーなら絶対にここでおこっていたが、今はその気配がない。

 ユーリは色々考えた後、あることに思い当たり、フィーに聞いた。


「まさか、俺たちのために?」

「・・・!別に、フィーが大剣でも問題なく戦える。私たちのために武器を変える必要はない」

「んー。なんていったらいいのかな」


 自分のために必死になってくれる二人を見て、フィーは頬に手を当てて、少し考えた。


「さっき、ユーリが『こだわりを持たなきゃ面白くない』っていってたじゃない?」

「え?俺そんなこと言ったっけ?」

「・・・ユーリは適当すぎる。ちゃんと言ってた」


 フィーは二人の様子を見ながら続けた。


「わたしね、その台詞、お母さんにも言われたことあるの」

「ならなおのこと・・・」

「でも、それには続きがあるんだ」


 ユーリがフィーに反対しようとすると、フィーはユーリを遮るように話を続けた。


「『フィーの好きな武器で好きなように探索すればいい。それが探索者ってもんだ。こだわりがなくっちゃ面白みに欠ける』って。そう言って笑ってたわ」


 フィーはその時の情景を思い出しているのか、幸せそうに笑った。


「そのあと、こうも言われたの。『でもね、こだわりと大切なものをはかりにかけちゃいけないよ。本当に大切なものの前では、こだわりなんて、重いだけのゴミクズみたいなもんなんだから』って」

「・・・フィー」


 フィーはポケットを漁って、一つの召喚笛を取り出した。


「ユーリ、これが召喚笛」

「え、でも、これはフィーのお金で買ったものでしょ?フィーが使った方が」


 ユーリは受け取りを断ろうとした。

 フィーの武器を売って手に入れた召喚笛なら、フィーが使うのが当たり前だからだ。

 しかし、フィーは首を横に振った。


「まだ短剣に慣れてないわたしが召喚獣持ちになるより、ユーリが召喚獣を持った方がいいと思うから、使って。次に手に入ったらわたしが使うから」

「・・・わかった」


 ユーリは受け取ったホイッスルのような形の召喚笛をまじまじと見て、・・・。

 まじまじと見て、あらゆる角度から凝視しだした。


「・・・ユーリ、どうかした?」

「いや、こんな笛、どこがで見たことがあるような・・・」


 何度も見回したあと、ユーリはがたりと音を立てて立ち上がった。


「あ!」

「?どうしたの」


 ユーリはポケットをごそごそとして、ポケットの中から一つの笛を取り出した。

 その笛は、召喚笛だった。


「え?」

「・・・ユーリ、それ召喚笛?」

「多分そう」


 困惑するフィーとレイラにユーリは申し訳なさそうな顔をしていた。


「それ、どうしたの?」

「ほら、前にフィーを助けに行った時、合図のためにと思って確保して、そのまま持って帰ってきちゃってて」


 一瞬空気が凍った。意を決して買い求めた召喚笛をユーリがすでに持っていたのだ。無理もない。

 フィーはユーリの胸ぐらを掴んだ。


「どうしてくれるのよ。この空気、どうしてくれるのよ!!」

「ごめん!ほんとごめん!!まさかこれがそうだとは思わなくて」

「・・・ユーリ間抜け。わたしはちゃんと置いてきた」


 ガクガクと頭をシェイクされながら、ユーリは必死に弁明した。

 そんな二人を見て、レイラは耐えきれないように笑い出した。

 吊られるようにして、ユーリとフィーも笑い出した。


「・・・ふ。あはは」

「あはは。もー、何よレイラ。笑っちゃって」

「・・・なんでもない。このいつもの雰囲気が楽しかっただけ」

「ははは。レイラの言う通りだな」


 三人だけのクランメンバーはとても楽しげに笑っていた。

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