第20話 窓際クランのこだわり

 ダンジョンから帰る三人の足取りは軽かった。

 結局その日、ユーリたちは結局7体のミニシーワームを狩ることができた。

 ミニシーワームの魔石が一つ平均10ティアなので、今日で70ティア。日本円にして約7000円の稼ぎである。

 昨日が成果0だったことを考えると、大躍進だ。


「いやー。大剣の攻撃力はやっぱすごいな。ミニシーワームを両断だったじゃん」

「・・・綺麗に、真っ二つだった」


 最後の一体はフィーの大剣を当てることができた。

 大剣があたったミニシーワームは両断され、一撃で力尽きた。

 フィーは倒した瞬間はとても興奮したが、心には少しモヤモヤが残った。

 そのモヤモヤが何なのかわからず、ユーリたちの少し後ろを考え事をしながら歩いていた。


「なぁ、お祝いしね?」

「・・・なんのお祝い?」

「初ダンジョン祝いにさ。三人でどこかでパーっと騒ごうぜ」


 ユーリは大げさなジェスチャーをしながらそんなことを言った。

 レイラははぁと息を吐いて諭す様に言った。


「・・・そんなことをしていたら、いつまでたってもお金がたまらない」

「えー」

「・・・この調子でいけば、笛を買えるようになるまで2ヶ月くらい。それまで我慢」

「ちぇー」


 ユーリは明らかに気落ちした様子で道端に落ちていた小石を蹴っ飛ばした。

 その様子を見てレイラは諦めた様にユーリに言った。


「・・・晩御飯は少し豪華にしてあげる」

「やった!ありがとうお母さん!」

「・・・誰がお母さんか」

「そんなことより、俺、あれが食いたい。一昨日の夕食で・・・」


 二人が今日の夕食のことを楽しげに話している後ろでフィーはずっと考え事をしていた。

 今日の収入と、現在の三人の予算を考えて、二ヶ月で笛を二つ買えるまで貯められることがわかった。


(二ヶ月か)


 すでにかなり出遅れている。

 他のクランは一の月から活動を始めているが、うちのクランが活動を始めたのは四の月だ。

 ここからさらに二ヶ月も訓練階層で立ち止まっていても大丈夫だろうか。


(それに)


 フィーは顔を上げてユーリの方を見た。

 今日、ユーリは泥だらけだった。浅い層のダンジョンは地面がぬかるんでいることもあり、傷こそないが、ミニシーワームに何度も転がされていた。

 フィーが踏み込み過ぎた時にはフィーの代わりに無理やりミニシーワームに突っ込み、ミニシーワームと一緒に転がっているところも何度かあった。

 ユーリの隣を歩いているレイラの方を見た。

 レイラは、魔力切れ直前のようで、足元が少しふらふらしていた。

 今日、7体で切り上げることになったのも、レイラの魔力が切れたのが原因だ。


(それに比べて)


 一方、フィーの服も大剣はほとんど汚れていなかった。

 今日やったことといえばユーリとレイラが追い込んだミニシーワームの前で大剣を振るうだけ。

 それも、ミニシーワームを一体叩き切ったとはいえ、他はほとんど空振りしていた。


(わたし、足を引っ張ってばっかりだ)


 ユーリはフィーの大剣のフォローがなければこんなに泥だらけになることもなかった。

 レイラは相手を吹き飛ばす『アイスボール』がとても魔力を食うらしく、それさえなければもっと魔力は残っていただろう。


(わたしどうすればいいの?)


 きっと二人はこのまま頑張ればいいと言うだろう。

『大剣を使いこなせればもっと効率よくなるから訓練頑張って』とか『・・・フィーは十分役立ってる』とか。

 もしかしたら、もっと私がやりやすい様に何かを考えてくれるかもしれない。


(私はどうすればもっと二人のためになるんだろう)


 フィーは前を歩く二人の背中を見つめた。

 フィーがそんなことを考えている間も、ユーリとレイラは今日の夕食の話を進めていた。


「いいじゃんケーキくらい。せっかくのパーティーなんだし。ケーキがなくちゃ始まらないって」

「・・・なんなのそのこだわり?」

「あれ?パーティーにケーキ、一般的じゃない?まあ、いいじゃん。こだわりがなくっちゃ面白みにかけるって」

「・・・意味がわからない」


 フィーはユーリの言葉を聞いてハッとした。

『こだわりがなくちゃ面白みに欠ける』。ユーリの台詞が、母の台詞と重なった。

 そしてその後、母親が言ったセリフも。


 状況も違う。意図したこともおそらく違うだろう。

 それでも、そこにこもった思いは同じ気がした。

 フィーはユーリのこういうところに引かれたのかもしれない。


(・・・そうだよね。お母さん。そうだったよ)


 フィーは顔を上げて二人の背中を見た後、少し微笑んだ。

 その微笑には何かを吹っ切った様な清々しさが感じられた。


「ねぇ、二人とも」

「なんだ?フィー。もしかしてフィーも料理のリクエストか?」

「・・・フィーもリクエストがあるなら言って欲しい」


 フィーの方を振り向いた二人はとてもいい笑顔をしていた。

 フィーはその笑顔を見て、微笑みながら頭を横に振った。


「ごめん、リクエストはないわ。ちょっと寄りたいところがあるから、先に帰っていて欲しいの」

「寄りたいところ?なんなら一緒に行こうか」

「・・・ユーリ、デリカシーない」


 レイラが冷たい瞳でそういうと、ユーリはなにを勘違いしたのか、慌てだした。


「え?あ、違うぞ、別に無理について行こうとは」

「あはは。そういうのじゃないけど、一人で行くわ」

「?そうか?じゃあ、先に帰ってパーティーの準備をしておくよ」

「・・・ごちそう作って待ってる」


 フィーは二人に手を振ってから目的地に向かって歩きだした。


「うん。また後でね」


 いつになく穏やかなフィーの様子に、レイラとユーリは少し疑問に思ったが、切羽詰まっている様子もないので、その場でフィーと別れ、クランハウスへと向かった。


 ***


 フィーは、二人と別れた後、行きつけの武器屋に向かった。

 雑然としたこの鍛冶屋は母親の行きつけの鍛冶屋で、武器の手入れで1週間に一度はきていた。


「いらっしゃ・・・。なんだ、フィーちゃんか。大剣を研ぎに来たのかい?」


 フィーは何度もこの鍛冶屋に来ており、親方とも懇意だった。

 本来半年に一度でいい手入れをほぼ毎週しに来るため、もっと手入れの頻度を下げてもいいという会話をこれまで何度したかわからない。

 母親のことを知っているだけに、強くいうこともできず、親方は少し困っていた。


「ううん。違うのおじさん」

「?」


 武器屋の店主はいつもと少し違うフィーの様子に訝しげな顔を見せた。

 フィーはそんな店主に近づき、背負っていた大剣をカウンターの上に置いた。


「この大剣。買い取って欲しいの」

「なっ」


 鍛冶屋の親父は持っていた手入れ中の防具を取り落としてしまった。

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