第二章

第14話 窓際クランの思い出

「エイ。エイ。エイ」


 うららかな日差しの中、幼い少女が剣を振っていた。

 クランハウスの中庭は、一本の大きな木と的となる大きな丸太や鍛錬用に踏み固められた場所がありクランメンバーの訓練場てして活用されており、誰かが剣を振る光景この場所ではよく見られる光景だった。訓練をしているのが少女でなかれば。


 少女が剣を振っているところに大柄な女性が近づいてきた。

 その女性は女性らしい曲線を残しながらも力強く、背中に背負った大剣も合わさって女戦士という形容がよく似合っている。


「頑張ってるねフィー」

「あ、お母さん」


 幼いフィーは母親に声をかけられると剣の素振りをやめて満面の笑みを浮かべて母親に駆け寄った。

 フィーの母親は駆け寄ってきたフィーを抱き上げた。

 抱き上げられたフィーは本当に嬉しそうに笑った。


「お母さん聞いて!私もお母さんみたいな探索者になる!」

「そうかい。頑張んな!フィーには短剣の才能があるみたいだし、すぐに私より強くなれるよ」


 フィー母親は優しく笑った後、片手で抱えた我が子の頭を優しく撫でた。

 しかし、何が気に食わなかったのか、フィーは母親の言葉を聞き、不機嫌そうに頰を膨らませた。


「私、お母さんみたいなおっきい剣が使いたい」

「はっはっはっ!そうかい。まぁ、あんたの好きにしな!」


 フィーの母は豪快に笑った。

 その笑い声にはフィーを馬鹿にする様な気持ちは全くもこもっておらず、強い慈しみと大きな喜びがこもっていた。

 彼女はひとしきり笑った後、フィーを近くの木陰に下ろした後、フィーが訓練の的にしていたら丸太に近づいて行った。


「フィーの好きな武器で好きなように探索すればいい」


 そして、背負っていた大剣で丸太を一刀両断にした。

 その丸太に背を向けて、フィーに向かってにっと笑顔を見せた。

 フィーはその母親の笑顔が大好きだった。


「それが探索者ってもんだ。こだわりがなくっちゃ面白みに欠ける」

「わー」


 フィーはパチパチと小さな手で拍手をしながら母親に駆け寄った。

 駆け寄ってきたフィーの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「でもね・・・」


 ***


 フィーは目を覚ました。


「夢、か」


 フィーは久しぶりに母親の夢を見た。ここ数年忙しくて夢を見ているほどの余裕がなかった。

 懐かしさと心がほっこりする感じと悲しさがフィーの胸の中を去来していた。

 そんな複雑な感情を胸にベットの上で少しぼーっと窓の外を見た。

 窓の外、昔、少女だった自分が素振りをしていた場所で今、ユーリが素振りをしている様子が目に入った。


 真剣な顔をして天連の励む彼の様子は中庭の風景に溶け込んでいた。

 ユーリがこのクランに来たのは数日前だが、彼はもうクランに馴染んでいた。


(それに一昨日はかっこよかった)


 一昨日のことをフィーは少し赤くなった頬をパチパチと数度叩き、気を引き締め直した。

 他ならぬユーリにそんな緩んだ顔を見られるのは嫌だった。


「よし。今日も頑張ろう」


 フィーは一度気合いを入れ直し軽く身支度を整えた後、部屋を出た


 ***


「・・・一万!ふー」


 日課のトレーニングを終えたユーリは深く息をついた。

 ある男は腕立て伏せ100回、腹筋100回、スクワット100回、ランニング10キロに加えて毛根を犠牲にすることで地上最強の力を得たらしい。

 ユーリは強くなりたいとは思うが、頭髪は大事にしたいのでその百倍頑張っている。

 髪は長い友達と言うし。一人だけ作画が違うのは遠慮したい。


「よし、シャワーでも浴びるか」


 ユーリは綺麗好きというわけではない。

 だが、女の子と共同生活をしているから、清潔には気を使っていた。女の子たちの中に一人だけ男がいるというのもいろいろと気を遣う。

 トレーニングの後は体を洗うようにしているし、衣服なんかもこまめに選択している。

 汗臭いとか思われるのはできれば避けたいと思っている。

 おっさん臭いとか思われたら、それこそ立ち直れない。


 その時、ユーリは匂いよりも気にしなければいけない共同生活の鉄則を失念していた。


 ガチャリと脱衣所の扉を開くと、脱衣所の中から湯気が広がってきた。

 その湯気に少しだけ違和感を感じたが、ユーリはそのまま開けてしまった。


「は?」

「え?」


 そこには可憐な少女がいた。

 スレンダーな体をした彼女は何も身につけていなかった。

 シャワーを浴びた直後なのだろう。少し火照った頬と濡れた髪は彼女の健康的で若さあふれる肌に少しの色気を付加していた。


 要するに、脱衣所にはシャワーを浴びた直後のフィーがいた。


 二人は一瞬見つめ合った。

 永遠にも感じられる短い静寂を破ったのは絹を裂くような悲鳴だった。


「きゃああああああ」

「ごめんなさいいいい」


 ユーリ配送で脱衣所の扉を閉めると、その場でへたり込んだ。


「こんなお約束展開を自分でやってしまうとは・・・」


 頭を抱えてうずくまりながら、「ノック忘れるの。ダメ。絶対」と心に刻んだ。


 しばらくして、扉が開いて、フィーが出てきた。


「あ、あの。フィー。ほんとにごめん」

「・・・」


 フィーは真っ赤な顔でプルプルと震えていた。

 そして、右出を大きく振りかぶった。


 ユーリは避けずにフィーの平手打ちを受け止めた。

 乾いた音がクランハウスに響いた。

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