019 勇者達の旅立ち

「どういう、こと……?」

 全然、事情が分からない。

 見えていること自体は単純だ。剣を構えたディル君がリナにいどみかかり、

「ヴォッ!?」

 返り討ちになっていた。一度だけじゃない。

「ガッ!?」

「ビェッ!?」

「ギュッ!?」

 何度も、何度も、倒れては立ち上がり、剣を振りかざしてはさやおさめられた太刀で叩き返されている。けれども、ディル君は足を止めない。身体中にあざを増やしながらも、リナにいどむことを止めない。

「ねえ、これ……どういうこと?」

「多分だが、感情が暴走したんだろう」

 いつの間にか近くに来たフィンさんが、私の手を引いて二人から遠ざけてくれた。今はジャンヌを寝かせて、私から受け取った治療用の魔法薬を傷口に振りかけている。

「よくある話だ。自分で解決できない問題にぶつかって、そのままくたばれないとどうなるか……その答えがあれだ」

「え、じゃ、それって……」

 単に、自分ができないことを誰かがやったから、嫉妬しっとしたってこと?

「ただの嫉妬しっとでしょう? 何それ、勝手すぎる……」

「……そう単純でもないさ」

 フィンさんは空のびんを投げ捨て、ジャンヌのそばに腰掛けながら話を続けた。

「それもあるだろうが、他の感情も混ざって、まともな思考ができなくなってるんだろう。例えば、自分が・・・ミーシャちゃんを守れなかったとか」

「…………」

 言葉が出てこない。

「他にも、そうだな……自分よりもカリスさんの方が強い、自分よりもリナちゃんの方が頼られている、自分には越えなければならない壁があるのに、とっかかりすらつかめない。……結論はただ一つ、あいつは自分の未熟よわさを自覚し、目の前のリナちゃんを超えようとしている。無意識下でな」

「……止めないと」

「駄目だ。ますますこじれるぞ」

 思わず駆けだそうとするが、腕をつかまれてしまい、前に進むことができなかった。

「リナちゃんには悪いが、ああなったら一回気絶するまでボロ負けした方がいい。人間が強くなる条件があるとしたら、あの状態からい上がることもその一つだ」

「そんな……」

 そんな……って、何?

 私はいつの間にか、心の中で自分に問いかけていた。




 自分は一体、何様のつもりなのだろう、と。




 ……私はただの娼婦だ。武器はない、旦那の形見である短槍は砕けた。魔法はあるが、大して威力はない。

 所詮しょせんは女だ、力もない。

 所詮しょせんは孤児だ、学も、コネもない。

 私には…………何もない。

「……ゃ、さ…………る」

 なのに、

「みぃ、……ん、…………ま……」

 なのに、

「みぃしゃさ、んは……」

 なのに、彼は叫んでくる。

「ミーシャさんはっ! 僕が守るっ!」

 私の心に突き刺さるような言葉を。

 ああ……最悪だ。こんなのに好かれてたのかと思うと、本当に……ほんと、う、に…………

「……て…………」

 もう、前が見えない。

 何も、見えないよ……

「……………………もうやめてよっ!」

 今回の件で、分かったことが一つある。




 私は……ディル君が嫌いだ。守るとか言いながら、ボロボロになるまで戦って…………私を泣かせてくる奴なんて。




 結局の所、私が泣いている間にディル君はボッコボコにされていた。しかし連戦後とはいえ、何度もいどまれたからだろう。リナは肩で息をしながら、さやおさめたままの太刀を手にどかっ、と音を立てて腰を降ろした。

「つっかれたぁ~……」

 さすがのリナも限界だったのか、フィンさんが投げた回復用の魔法薬を一息で飲み干してから、空になったびんを投げ捨てていた。言っちゃあなんだけど、行儀ぎょうぎの悪い女だ。

「……ミーシャ、大丈夫?」

「そのままリナに言ってやりたいけど……なんとか」

 でも、ようやく終わったんだ……ああ、疲れた。

「さて、と……」

 魔法薬で回復したのか、リナは太刀を杖代わりに立ち上がった。

 ……恩人の形見じゃなかったっけ?

「……勇者君めてくるから、ちょっと待ってて」

「待て待て、俺も行くから落ち着けって!」

 そして私にジャンヌを任せてから、ディル君を抱えたフィンさんとリナは、ここから離れていった。




 そして数日後。

「…………よし、こんなものか」

 周辺を適当に掃除し終えると、私は墓標を背にして地面の上に腰掛けた。

 娼館での戦いから数日明け、魔血錠剤デモン・タブレットめぐる問題は一先ずの収束を迎えた。と言っても、世界全体として見たら大した事件じゃない。精々せいぜいが数少ない不幸が起きかけたとか、そういう話だ。多分黒幕がき散らす事件は、終わりを迎えることはないだろう。

 何故なら、どこまで行っても私達は、少なくとも私は……物語の主役にはなれないのだから。




 ディル・ステーシアは、勇者の任を降ろされた。

 異能持ちだからとか、敵が仲間の振りをしてひそんでいたとか、そんな問題じゃない。元々日和見ひよりみ主義な国である以上、本人が望んだことではないとは言え、今回のような面倒事を再び起こす可能性がある人間を、残すなんてことはあり得ないからだ。

 旦那の時と同様に、既に後任は決まっていた。順当にジャンヌだったので、特に思うことはないが、フィンさんが再び仲間になっていたのには驚いた。あの真面目人間について行くとは、れているのかと一瞬思った。

 しかし実際に聞いてみると、『前科の記録を消すには、もうちょい実績が必要』だったらしい。人間悪いことはできないものだ。彼にストレスが溜まらないことを祈る。

 娼館はもうない。館長の突然死、娼館の土地内での乱闘、おまけに最大の金づるがこの国からいなくなるのだ。娼婦達はこぞって娼館を後にした。別の国で働こうとする者もいれば、新たな娼館を起業しようとする剛の者もいる。しかし一番多いのは、私みたいに別の職業へ転職する者だろう。




「早いな~ジョーが死んだかと思えば、娼婦なって、辞めちゃうんだから」

 私が娼婦になって、何年も経っていない気がする。その間の出来事は濃すぎると言えば濃すぎるが、薄いと言えば薄かった。

 何せ私は、『勇者』の必要性どころか、それが何かすら、いまだに知らないのだ。実際、国によってはただの貧乏くじだけど、隣国では勲章くんしょうたぐいに過ぎない。しかし、他の国でもそうとは限らない。

 だから、私はこの国を出ることにした。

 出版社の特派員として、様々な国を回っていくことになる。女一人のつらい旅になるだろうが、この国で死にかけた経験から言うと、『人間どこでだって死ねる』んだ。

 だったら命をしんでも仕方ない。いまさら未練なんてないのだ。最後まで足掻あがいてやる。

「……じゃあ、行ってくるね。次に会えるのはここか、あの世かは分からないけど」

 皆それぞれの道を進んでいった。国を出る予定のある者は、私で最後だ。

 元々国を出るつもりだったけど……まさかディル君が先に出ていくとは思わなかった。




 あの後、三人で何を話し合ったのかは知らないが、ディル君はリナについて行くことにしたらしい。なんでそうなった、とも思うが、彼が強くなるにはもしかしたら一番手っ取り早いのかもしれない。

 人間性はともかく、戦闘技術も異能持ちとしての経験も、リナの方が上だ。師匠と弟子の関係にならずとも、ついて行くだけで勉強になることも多い。おまけに相手リナは女だ。私以外の異性に目を向けるいい機会でもある。

 ……なんでリナと一緒に旅に出たのか、推測でもその目的を口にする程、私は野暮やぼじゃない。というか、いまさら過ぎる。その気持ちが変わるのかは彼次第だけど、別に気にする必要はないか。

「……さて、」

 人生うまくいくとは限らない。誰もが物語の主役にはなれないように。

 でも、登場人物として引っき回すことはできた。ならばせめて、自分の人生だけでも、主役になる為に足掻あがこう。

 結局は自己満足でも……これは私の、私だけの人生なんだから。

「まずは南の大国『ヤズ』か。行けたら魔界も見てみたいな……」

 旅行かばん一つを手に、私は旅に出た。

 この世界ではありふれた物語じんせいだろうと、せめて旦那を楽しませられないと、本当にひっぱたかれそうだから。




 そんなわけで、娼館を中心とした物語は一先ずここで閉幕。




 とはいえ……まさかレイチェルちゃんに会うとは思わなかったけど。

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