018 菖蒲色の名刀『アイリスローズ』

 考えていても仕方ない。それにリナも今の話を聞いていた。

 だから何とかすると思っていたけど……うまくいかない。

「ちっ!?」

 抜いていた小太刀が刀身のなかばでくだかれていた。多分攻撃しようとして、逆にへし折られてしまったのだろう。

 しかし、リナは背中に背負った太刀を抜くどころか、半分になった小太刀をさやおさめてから構えている。棍棒として使うつもりなのか知らないけど、なんで抜かないのっ!?

「……あ」

 そうか……速さだ。

 相手の攻撃が速過ぎて、リナも太刀を抜いて応戦できないのだ。何より、彼女の本来の戦い方は片手武器。持ち慣れているとはいえ、普段使わない武器をうまく使えるという保証はどこにもない。

 でも、逆に、

すきさえ、作れれば……」

 少しでも時間があれば、リナならふところに入ることも、太刀を抜いて相手を斬ることもできる。ただ、問題は……どうやってすきを作ればいいの?

「何か、何か……?」

 手持ちは少ない。持っているのは旦那の形見の短槍だけ。ジャンヌの剣も近くに転がっているけど、私に剣を使う力も技術もない。

 後使えそうなのは魔法だけど、私が使えるもので致命傷は……いや、ちょっと待って。

(リナ……聞こえたら何か合図して)

 小声で話す。もしリナの異能が本物なら、もしかしたら聞こえるかもしれないと考えて。

 攻撃をかわしながら、リナはこっちにウィンクを投げてきた。よし、聞こえている。

(これから魔法を使うけど、そのすきに太刀で切れる?)

「にゃっ!」

「飛び道具の数を増やしても、無駄だと言うのに……」

 カリスの野郎は呆れている。リナの異能を知らないのか、いや、太刀の存在を知らないから、攻撃力が低いと勘違いしているのかもしれない。実際、私もあの太刀が何なのか知らないし。

 だが、今のは多分、私へのメッセージだ。二本の小さな鉄の棒(これも後で聞いたら、寸鉄と言うらしい)を投げつけてから、小太刀のさやかわしきれなかった金属の槍をさばいている。

(二本……二回攻撃、ってこと?)

 再び投げられるウィンク。しかし二回、か……使えなくはないけど、連続して、となると難しい。再度詠唱えいしょうするのに、少し時間が掛かる。リナには攻撃に集中していて欲しいし……でも、やるしかない。

「旦那に殴られる覚悟はできていたけど……今すぐのつもりじゃなかったのに」

 ジャンヌの剣を拾い上げ、私の短槍と一緒に、手に一本ずつ持つ。振ることはできなくても、盾代わりに構えるくらいならできる。

 ジョー……あの世で何もできないだろうけど、せめていのってて。

「ふぅ…………よし」

 後は詠唱するだけ。上手くいってよね……

 武器を交差させて突き出してから、私は魔法を唱えた。

「【疾風ボラ】――【螺旋ヘレゾン】!」

 私が使える唯一の魔法、それが刺突系風属性魔法の【疾風・螺旋】だ。

 昔いたずらで旦那とレイチェルちゃんにぶっ放して以来、使ったことはなかったけど、どうにか使えた。威力はあの時の比じゃないが、それでもあっさり防がれてしまう。

「邪魔な!」

 攻撃が飛んでくる。

「【疾風ボラ】……」

 詠唱は続けているけれど、多分発動まで間に合わない。だから構えていた武器を前面に押し出した。

「……――【螺旋ヘレゾン】!」

 魔法を放つと同時に、私の視界は空を向いていた。

「っぶね……!」

 こっちの意図に気付いたフィンさんが、攻撃が当たる直前に私の身体を引き倒してくれたから、ぎりぎりかわせたのだ。おまけにタイミングは魔法の発動直後。

 ジャンヌの剣も……形見の短槍も砕けちゃったけど、それでも私は役割を果たした。

「リナ……………………いっけぇーっ!」

 だから叫んだ。

 返事はない、でも確信はあった。




「がっ……!?」




 次に私が身体を起こした時には、砕けていく赤い金属の中で仰向けに崩れ落ちたカリスと、こちらに背を向けたリナが立っているだけだった。

 ……菖蒲あやめ色の刀身を手にした、リナを。

「驚いたな……ローズシリーズの一つかよ」

「知っているんですか?」

「まあ、めったに見れない代物だけどな」

 砕けた武器をそのままに、私はリナの太刀を見つめていた。

 リナも刀身から血をぬぐい、さやおさめてからこちらに向かってくる。

「どこでそんなもん、手に入れたんだよ」

「ああ、これ……師匠の形見~」

 妙に納得したのか、フィンさんはそれ以上は語らなかった。だからというわけではないが、興味を持った私が質問を投げかけてもいいだろう。いや、聞くだけならタダだ!

「ローズシリーズって何?」

「ああ、そっからか~」

「まあ、普通知らないもんね~」

 そして説明。

 ローズシリーズとは、薔薇鉱石ローザニウムという特殊な鉱石で生み出された武器で、魔法も魔族も、モノによっては分厚い鉄板すら斬り裂くこともできるとんでもない代物らしい。リナが持っているのは薔薇鉱石ローザニウムの加工技術を有する武器製造の名門クロックス家の人間が生み出した後期シリーズだが、初代当主にして始祖ローザ・クロックスが生み出した(ある意味)本物のローズシリーズ一本でも、小さな国そのものが買えてしまう程の価値があるらしい。

「ちなみにこの太刀、後数本有ればこの国ペリ買えるかも?」

「うそっ!?」

「いや、うまく売ればそれ一本でも買えるかもしれないぞ。後期シリーズでも作り手次第じゃ……」

 なんて俗物的になっているが、恐ろしいことが二つある。

 一つ、武器一本でかたむく程、この国の財政があやういということ。

 そしてもう一つは……この太刀を狙ってくる人間がいてもおかしくないということだ。

「というわけで、この太刀のことこれ秘密にしといてね。ワタシがこの国出るまででいいから」

「言わない言わない。これ以上の面倒事はごめんだし」

「以下同文」

 しかし、面倒事は他にもある。

「ちょっと娼館にある魔法薬を取ってくるわね」

「よろしく~……おっちゃん、とりあえず勇者君助けよっか」

「おっちゃんはやめてくれって。そこでくたばったカリスさんよりかは若いんだぜ、俺」

 一先ずはディル君を助けることに決めたようだ。二人掛かりで小屋の瓦礫がれきひろけていくのを背に、私はジャンヌをそのままにして娼館の中に入った。

 意外なことに、娼館には魔法薬をはじめとした治療用の道具が一通り揃っている。働いてみて知ったことだが、身体を張った仕事である以上、娼婦も傷付きやすい立場であることに変わりなかった。

 それに、性行為を行うということは、性病というリスクも背負わなければならなくなる。受付で事前に確認するとしても、限界はある。娼婦にほどこしている避妊処理にも多少の効果はあるが、気休めに過ぎない。

 だから傷薬的な物もあれば、性病にも効く解毒薬的な物もある。薬自体は高いが、経費でまとめ買いしているので、魔法薬の店で買い求めるよりも安く済む。

「……すみません、館長。きちんと代金は払いますので、使わせて下さい」

 死んだ館長に一度頭を下げてから、受付の裏に用意してある魔法薬をいくつか抱え込んだ。治療用と回復用を持って行って、足りなければまた取りに来ればいい。

 もう敵はいないと考えて大丈夫、後は治療をして、皆の無事を喜べばいい。




 ……それだけでいいはずなのに、娼館を出た私の目には、また戦闘の光景が飛び込んできた。

「おい、落ち着けって!」

 いまだに気を失っているジャンヌを横抱きに抱えながら、フィンさんが叫んでいる。

 しかし、剣を持っているには聞こえていなかった。

「がぁああ…………ぼっ!?」

 恐らく、私のいない間に始まっていたのだろう。

 さやおさめたままの太刀を構えるリナに……ディル君が挑みかかったのは。

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