017 裏切り者めっ!?

「まさかフィンさん!?」

「大丈夫、ワタシに嘘は通じないから。だまされた可能性は否定できないけどね」

「……嘘をついても、だまされてもいない。そもそも俺は部屋の場所を聞いていないし、ここに来たのも戦闘音でどの部屋か当たりをつけたからだ」

 私が短槍を握る頃には、リナもフィンさんも戦闘準備を終えていた。そして言葉もなく、三人並んで部屋の外へと飛び出した。

「部屋の場所を知っていたのは!?」

「館長を除けば中にいたワタシとミーシャだけ!」

「外部から魔法か何かで索敵サーチした可能性は!?」

「少しでも音が出る類ならワタシが気付くっ!?」

 ということは、残るはただ一人。

 館長の裏切り者めっ!?

「……えっ?」

 言葉もなかった。

 私達が娼館の受付に着いた頃には、そこには悪意しかなかった。おそらく火炎系の魔法を使ったのだろう、いつもディル君と寝ているのを叱りつける声を聞くことは、もうない。胴体は焼け崩れ、四肢が辺りに転がっている。

「なんで、一体……どうして?」

「……拷問の後に始末したんだろう」

 フィンさんが館長の腕を拾い上げると、焼け崩れていない皮膚に無数の傷跡が見える。

「傷跡がかなりある。最後に漏らしたかは知らねぇが、長い時間耐えていたんだろうな……」

「そんな……」

 館長のことを、少しでも疑ったことを後悔している。あれだけ世話になっていたのに、ここまで耐えてくれたのに、それなのに……

「落ち込んでいるところ悪いけどさ……まだ終わってない」

 リナの言葉に、私はゆっくりと彼女の方を向いた。

「…………あ、」

 そう、異能持ちを、異常聴覚を持つ・・・・・・・リナの方を。

「音を消す魔法や魔法導具はある。でも、口をふさげば拷問程度で使う必要はない。ましてや息の根を止める時に、わざわざ使う理由なんてないでしょう。それをここで使う理由は?」

「声を、音を聞かれて気付かれないように……リナへの対策?」

 相手は、リナのことを知っている。その対処法も。

「おまけに今気付いたけど、勇者君達の方から何も聞こえない。ねえ、ワタシのこと知ってた?」

「そりゃ有名人だからな。国も警戒してたんだよ、『鳴閃めいせん』」

「だろうと思った……」

 国や私達の関係者で、魔導に通じた人間はただ一人。だから、『鳴閃めいせん』とかリナが呼ばれていたけど気にする余裕はなかった。

 なにせ今一番危ないのは……ディル君達だ。




「……ああ、来たのか」

「まさか身内が裏切っているとは思わなかったけどな……カリスさん・・・・・

 悠々ゆうゆうと杖にもたれながら、魔導士のカリス・ルヴェットは私達の方を向いている。

 ディル君は倒れていた。いつもリナがいる小屋が崩れていて、その下にいたのか下敷きになっている。

 ジャンヌもやられていたのか、足下に寝転がっていたので、隙だらけになるのも気にせず駆け寄った。

「ジャンヌっ! しっかりしてっ!?」

「ぅ……」

 傷はひどいけど、死ぬ程じゃない。しかし代わりに防具が砕けている。おそらく魔法の一撃を受けたせいだろう。

「で、説明くらいはあるんだろうな。カリスさんよ」

「まあ、端的に言うと……元々向こう側だった、ってだけだね」

 杖を軽く振り回すとカリスさん、いやカリスの野郎はフィンさんに、何でもないことのように返してきた。

「ここでの最後の仕事が在庫の確認と回収で、問題がなければ荒事無しで退散する予定だった。だけど……」

 カリスの野郎の指が杖から伸び、器用に踊っている。

「……国にあった報告書の処分数と、記録にある在庫の数が合わない。だからこんな騒ぎになった」

 と、説明すれば分かるか。そう暗に返してきているのが分かる。

 実際に分かる。そのなくなったものが、魔血錠剤デモン・タブレットであり、国の処分から逃れたものが、まだ残っているのだと。

「もしかしたら在庫が遺品の中に隠れているのでは、とも思ったけどそんなことはなかった。索敵サーチの応用で短槍を調べてみても、機構ギミックに隠されている様子もなかったし。だから、他の可能性を考えたんだよ……誰かが飲んでるんじゃないか、って」

 その一言で、一瞬、ある可能性が浮かんだ。

 魔法でしかできないことと、異能でしかできないことの区別は、私にはつかない。いや、この国に異能持ちがいない以上、その相手が魔法を使っている振りをして、異能を使っていた可能性もある。

 そもそも、当時の状況が分からないから、何故一人だけ生き残れたかも分からない。

 でも、もし、今の私と同じことを考えていたとしたら……目的は口止め・・・だ。




「さて、魔血錠剤デモン・タブレットのことを知っている君達と……それを飲んで一命を取り留めたディル君には死んでもらおうか」




 何かに引っ張られたかと思うと、私はジャンヌと一緒に後ろの方へ投げ飛ばされていた。

「そこで伏せてろっ!」

 するどい声を出したのは、多分フィンさんだ。恐らく投げ飛ばしたのも。

 そうしなければ、私とジャンヌは殺されていただろう。

「なに、あれ……?」

 私達がいた場所をつらぬいていたのは、赤い金属の様な物体だった。カリスの野郎は魔法か何かで足元に影のように寄り添っているそれを操り、攻撃に使ってきている。

「なろっ!?」

 リナは小太刀よりも先に銃を抜き、攻撃していたが、全て金属に弾かれていた。

「無駄なことを……」

 攻撃された後、一枚の壁として広げていた金属を操作して、槍状にしてからリナの方に放ってきた。かわしてはいるが、金属の動きはかなり速い。フィンさんの方にも飛んできているけど、ぎりぎりかわしている。

 戦闘職でもスピード重視の二人だからまだ、対処できるのだろう。私ならあっさり殺されている。

「……リナちゃん、気付いた?」

「金属が勝手に防御したってこと?」

 フィンさんの手から、何かがはなたれた。それも簡単にはじかれてしまうが、元から当たるとは思ってなかったのだろう。

 リナの銃も、フィンさんの飛び道具も防がれたが、その際カリスの野郎は見てすらいなかった。攻撃され、防がれた後に確認するように目を向けるだけ。

「勝手に防御してくれる魔法とか、そんな便利なものあったっけ?」

「多分、これ異世界の考え方だわ。自動オートで攻撃に反応して防ぐとか、思いっきり自動電算機コンピュータじゃん」

「初めて聞いた時は驚いたけど……割と簡単に、魔法で応用できたんだよ」

 おのれ天才肌め。少しはその才能を分けろ。

 ……なんて言っている場合じゃない。

「ねえ、ジャンヌ。しっかりして、ねえ!」

「ん…………みぃしゃ、さん?」

 まだうまく口が動いていないが、意識を取り戻しつつあった。でも、私にできることは可能な限り後ろに下げて、少しでも回復の時間を稼ぐことくらいしかない。

「いいからじっとして、娼館にたしか治療用の魔法薬があったはず。そこまで運ぶから」

「……ぃえ、その前に、言わなければ」

 言葉ははっきりしてきたけど、まだ身体に力が入らないのか、動く気配がない。だからか、かろうじて動く腕で私の首をつかんで、顔を無理矢理近づけてきた。

「あの、金属は、私の魔法も……防ぎました。それ以上、の、威力でない、と」

「魔法って、もしかして……あれ・・?」

 頼むからうなずくな! 最悪じゃないそれって。

 ジャンヌの放った魔法は、恐らく【疑似聖剣・斬撃】だ。

 斬撃系神聖属性魔法の大技で、並みの魔族なら相性次第で殺せる代物な上に、純粋な威力も高い。その一撃を防げるということは、あの金属の防御力が高いか魔法への耐性が高い、ということになる。

「そんなの、どうやって勝てばいいのよ……?」

 希望なんてない、そう思っていたら、それをジャンヌが否定してきた。

「……手は、あります」

「あるのっ!?」

 あ、ごめん。うるさかった?

 まともに耳をふさげない状況だったので、ジャンヌは耳鳴りを飛ばそうと首を振っているけど、あれって効果があるのかな?

「……ごめん、大丈夫?」

「ええ、いえ……大丈夫です」

 微妙に、するどい視線が飛んできている。

 多分リナだ。戦いながらも、こっちの話を聞いていたのだろう。攻撃力不足で防戦一方になっている人間からしたら、会話の邪魔している私に怒りを覚えるのも仕方ない。フィンさんに聞こえてないのが唯一の救いだ。だって視線が一つ減るし。

「これ、は、国も……あの男も、知らない、情報はなし、です。あの金属、を、リナさんの太刀なら、きれ、る…………」

「ジャンヌ……ジャンヌっ!?」

 ……良かった。気を失っただけみたい。でも、太刀って……?

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