016 娼館内での攻防

 そしてリナの予想通り、客の振りをした刺客が乗り込んできた。

「大変だ! 裏手で激しい戦闘が」

「ダウト!」

「危ねっ!?」

 リナの手から小太刀じゃなく、飛び道具(後で聞いたら、ひょうと言うらしい)が放たれた。片手が空いてたとはいえ、器用なことだ。

「へい刺客野郎、芝居ならもうちょいってよ。退屈すぎて対処が遅れかけたじゃん」

「それ思いきり有効だった、ってことじゃないの?」

 本当にこの護衛は……今迄よく無事だったな、いろんな意味で。

「くっそ……まあ話が早いならいいが、おい」

魔血錠剤デモン・タブレットなんてこの女リナから聞くまで全然知らなかったわよ! というかよく考えたら、その事件で旦那死んじゃってるから話聞く暇ないじゃん!」

「お前ら人の話をさえぎりすぎだっ!」

 ……え、何言ってるのこの人。

「別に、殺そうとしてくる人間相手に遠慮する必要……ないわよね?」

「ないない。むしろ積極的に下に見て、叩き落とすのが常識」

「分かった。お前ら正面から堂々と来る相手を罠にはめるタイプだろどちくしょう!」

 ……もしかして、隣国『デステクレイェン』出身?

 以前来た金ピカ勇者様と悪態スラングの発音が一緒だし。

「というか、暗殺者が言うことじゃないって。正々堂々なんて」

「駄目だよリナ。本当のこと言っちゃあ」

「こいつら仕事抜きで殺したくなってきた……」

 ……あれ、素人の私でも分かる位に相手の殺意が高まっている。なんで?

「まあまあ、ワタシが相手してあげるから。ミーシャは部屋の端に隠れてて」

「分かった。……気をつけてね?」

「はいは~い」

 リナの軽口を背に私は部屋の端、窓の近くに寄った。そこには以前ビキニアーマーを来ていた時に小道具として付いていたけど使わなかった、張りぼての盾を事前に立てかけてある。それに隠れていれば一先ずは安全だと言っていたけど、結局は木の盾だ。魔法一発で吹っ飛ぶだろうから気休めにしかならない。だって私でも魔法で吹っ飛ばせる厚さだし。

「えっと……」

 とりあえず盾で身体の大半を隠し、顔を少し出して様子をうかがう。最悪の場合は逃げるかリナを援護しなきゃ、という気持ちもあるので。

「まあでも、リナなら大丈夫かな? なんとなくだけど」

 他にやることもないので、まず相手を確認。

 部屋に入ってきた刺客は客として紛れ込んできたからか、そこらの街男と言った風情だ。武器もおそらく鞄か何かに仕込んでいた分しかないかもしれない。構えているのだって、棒を三本、端と端で繋げたような武器だから、畳めば簡単に持ち込めそうだし。

 ところで……

「リナ、あの武器何?」

三節棍さんせつこんだけど、知らない?」

「見たことない。強いの?」

 その質問は、放たれた三節棍の一撃で途切れた。

 リナはさやおさめたままの小太刀で防ぐと、そのまま駆け出していく。刺客は三節棍を握っていた手首を引き、真ん中の棒の端を掴んで一撃を防御する。そして握っていない方の棒を器用に振り回して攻撃を返してきた。

「よっと」

「のあっ!?」

 おお、曲芸だ。

 攻撃を回避すると同時に、いつの間に握っていたのか、ひょうを投げつけて刺客の体勢を崩している。おかげで相手は追撃できず、リナは安全な場所まで下がりきっていた。

「そこそこ厄介やっかいなんだよね~あれ。攻撃も防御もできるし」

「ふ~ん……あれ?」

 でも待って、三節棍あれってもしかして……

「ねえ、もしかして部屋の中だと……狭くて三節棍アレ、振り回せないんじゃあ?」

「当たり。ねえ短剣とか持ってきてないの?」

「ファントムペインぶちのめした奴に短剣が効くのかよっ!?」

 ああ……納得。

「それに金も他の武器もなくて……もうお前ら部屋出ろっ!?」

「やなこったっ!」

 そりゃそうだ。私もリナに賛成。

 しかし数合打ち合うも、どちらも決定打に欠けている。

 リナは小太刀を鞘から抜かないし、刺客も狭い空間で思うように強力な一撃を放てない。今のところどちらも飛び道具を使わないからとばっちりを受けることはないけれど、盾の中で隠れているのもたたずまいが悪すぎる。

 というか、リナが余裕の表情を浮かべている時点で、勝敗は既に決しているようなものだ。

「本当は楽勝でしょう、リナ。さっさと片付けたら?」

「う~ん……そうすっか」

 そこからは早かった。

 リナの手が後ろ腰に伸びたかと思えば、見慣れない鉄の塊を抜いて刺客の方に向け、いきなりうるさい音を立ててきた。

うるさっ!?」

 咄嗟とっさに耳を塞ぐが既に手遅れ。ひどい耳鳴りにもだえている中、視界の端でリナは刺客にとどめを刺していた。

 耳鳴りがおさまってから、私はようやく立ち上がってリナに声を掛ける。

「……何それ?」

「銃、知らない?」

「西の武器の? 初めて見た」

 前にイレーネさんから聞いたことがあるけど、リナの持っている銃はその話に出ていない形をしているた。もしかして最新型?

「どこで手に入れたの、それ?」

前回の敵ファントムペインからがめた」

 とどめを刺して血に染められた小太刀の刃をぬぐうと、静かにさやおさめていた。銃はすでに仕舞しまっていたのか、手元には見えない。

「弾の予備があればさっさと使ってたんだけどね~……お、外も終わったっぽい」

「え?」

 そうだ。外でディル君が戦っている間に、こっちを襲うのが向こうの目的。この際本命がどっちかは知らないけど、あの勇者様も戦っていたということだ。

 ……私とのいざこざで、変な油断とかしてなければいいけど。

「まあジャンヌや仲間の魔道士も来てたっぽいし、無事じゃないの?」

「ならいいけど……」

 とりあえず汗が気持ち悪いからと、二人して浴場スペースに乗り込んで軽く身体をぬぐっておく。

「しっかし、これ娼館でやるような騒ぎじゃないでしょうに……」

「なんとなくごめん、死んだら旦那を一発殴っとく」

「ワタシの分は蹴りでよろしく~」

 身体もき終わり、軽口を叩き合いながら刺客の死体を避けて、またベッドの上に腰掛けた。

「尋問しなくて良かったの?」

「多分前回の敵ファントムペインと同じ。仕事内容と、一緒に話を聞いていた人数しか知らないと思う」

 状況が終わったとは言い切れないが、それでも一心地つけたのは嬉しい。

「とりあえずはこれで、大丈夫かな?」

「どうだろうね~話に聞いている限りはこれで全部のはずだけど……」

 でもどうしてだろう。何か……嫌な予感がする。

 そんなことを考えていると、部屋の外から慌ただしく誰かが乗り込んできた。

「おい、大丈夫かっ!?」

 入ってきたのはフィンさんだった。短剣片手に入ってくるのはいいけど、既に片付いた後だし、何よりっ!

「素っ裸で来るなっ!?」

「……あ、ごめん」

 この人周りが戦闘中だって時に何やってたんだっ!?

「しっかし、強いなぁ……あっさり倒すなんて」

「いいから服着てきて下さい」

 そして服を着てきたフィンさんとテイク2。

「しっかし、強いなぁ……あっさり倒すなんて」

発言セリフまで一緒にしなくても……」

「まあいいけどさぁ……ちょっとおかしくない?」

 ん?

 私とフィンさんは、不思議そうに首をかしげた。別に、おかしなところなんて……




「機密性優先の娼館でこの刺客、真っすぐにこの部屋に来てたっぽいんだよね。一応館長にはこの部屋のことは黙っているように言っといたし。それ以前にいつもとは別の部屋をあてがって貰っているでしょう? ってことは……」




 そこから先は、言葉はいらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る