015 全部聞こえてたのか……

「お帰り~勇者君振ったんだって?」

「……なんで知ってるの?」

「秘密~」

 リナはベッドから起き上がり、見慣れない小太刀の手入れをしていた。耳掻みみかきとかでよくある綿の玉っぽい何かを刃に当てているけど、あれってなんだろう……

「というか、本当に警戒していたの?」

「してたって~、というかお盛んだよね~外でヤろうとするなんて」

「……千里眼的な何か?」

 なんとなく、遠くの景色が見える異能なのかと思っていたが、リナは首を振って否定した。

「見えてたらミーシャ達の所に、ギリギリに駆けつけないって」

「ふぅん……じゃあ、どんな異能なの?」

「だから秘密だって~」

 しかし私の中で、リナの異能について大体の予想はついてきた。

「……ところでさ。あの椅子に細工しなかった?」

「二人掛かりで乗られたら、流石に壊れるって」

「へぇ……椅子が壊れた音・・・・も聞いていたんだ」

 一瞬、リナの動きが止まった。その後に『あ~』と変な声を出してから、近くに転がしていた鞘を拾い、小太刀を戻している。

「……いつ気付いたの?」

「いや、ここに戻ってくるまで誰にも会わなかったし、今仕事中で誰も外見てないから……目じゃなければ耳かな、って」

「まあ、そゆこと……」

 リナは小太刀を片手に持ち、もてあそびながら答えてきた。

「異常聴覚、って言うのかな? ワタシの異能のベースとなっているのは……まあ、それはいいや。とにかく、魔血錠剤の実験それで得た異能ちからの一つが発達した聴覚ってわけ。だから娼館ここの敷地内位なら、ちょっと集中すればギリギリ聞き取れるのよ」

「へぇ……ちょっと待って。ということは?」

「……ごめん、会話聞いてた」

 うわ恥っずー……誰か穴掘って埋まりたいから!

「でも気にすることないんじゃないかな~勇者君の人生は本人のものなんだし」

「……だからこそ、でしょ」

 忘れているかもしれないが、私の方が年上なのだ。例え力があろうとも、立場があろうとも、人生の先輩である以上、後輩の人生を勝手にいじっちゃいけないのよ。

「いまだに旦那のことを引きずってる中古女じゃなくて、未経験の優しいと所帯持った方が彼のためなのよ。大体、あの勇者様は童貞こじらせているだけなんだから、ちょっと視野を広げればすぐに別の女に転がるわよ。近くにジャンヌだっているんだし」

 そう、それが分かるから、私はさっさと手を引いた方がいい。

 それが、正しい……




「……じゃあ、ミーシャはいいわけ? 自分は幸せにならなくて」




 ……え?

ほうけた顔しちゃってまあ……気付いてなかったの?」

「なに、が……?」

 いや、本当に分からない。リナの指摘はいまいち理解できない。

 だって、私には死んだ旦那がいるし、いまさら……あれ?

「え、だって、私、『身体』は売っても、『心』までは売ってない、し……」

「売ってなくても、もうかたむいちゃっているんでしょ~……そもそも」

 私の鼻先に、リナの指が伸びてくる。けることができずに、ただ指を突き付けられていた。

「なんとも思ってない相手のことをなんでミーシャが、……一介の娼婦・・・・・が考えてあげているのよ」

「いや、だから……」

「だから~」

 あきれたような口調でさえぎり、リナの指が私の鼻先を突いてくる。

「適当に相手して終わり、先輩風吹かせるなら綺麗事きれいごといて娼館出禁にすればいい。なのに態々わざわざ手間暇掛けて相手を振るとか、明らかに娼婦の範疇はんちゅう超えている、っての」

 その先は、できれば聞きたくなかった。




「本当は大なり小なり持ってかれてんでしょ……『心』も」




 ……胸の痛みを、生みたくなかったから。

「……聞いていい?」

「何を~?」

「仮にそうだとして……そう人をポンポンと、好きになってもいいと思う?」

「知らな~い」

 聞く相手を間違えた……本気で。

「というか、気にしなくていいと思うけどな~」

「よくある話だから?」

 実際によくある話だった。

 どこぞの冒険者の妻が店を開いた。しかし旦那が死に、彼女は未亡人となった。けれども、彼女の美しさが孤独を追い払ってしまう。常連の冒険者と再び所帯を持ち、そして未亡人に戻る。それを繰り返して生涯を終えた、という話だ。

 実際にあった話らしいが、内容は人から人に渡る内にいじられまくっているので、真相までは分からない。そもそもいつの話かも分からないのだ。本当は単なる再婚話で、今は幸せに暮らしているってことも考えられる。

 まあそこまでとは言わないが、再婚なんて夢のある話じゃない。お互いに経験がある上でならまだいいが、ディル君に至っては私が初めての女・・・・・で、他に経験はない。

 それなのに、私にこだわらせるのは……多分間違っている。

「……うん、勇者様は振る。それは間違っていない」

「いいの?」

 いいに決まっている。

「例え死ぬと分かっていても、男はやっぱり……前に出なくちゃ」

 ジョーを旦那に選んだのも、それがきっかけだった。

 冒険者として仕事をこなし、成功も失敗も経験しているのにその歩みを決して止めない。そんな前向きな姿勢を見て、私も共に歩き、帰る場所になろうと夫婦になった。他にも同期は居たけれど、真面目に仕事している人間は少なく、ほとんど奴隷のように思考が死んでいるのが大半だった。まともなのには他に相手が居るし、残っているのは犯罪やらかした『レイチェルちゃん』だけだ。

 ……よく考えたら私、まともな出会いが少ないな。

「あ~、そう言えば前世で一緒に居たのも、最後には働いていたっけ。まあワタシが深窓の令嬢もどきやってた、ってのもあるけど」

 現在も含めて。

 本当に一回、リナの人生話を前世含めて聞いてみたいな。もしかしたらそれ本にして印税生活も夢じゃないかも。

 ……っと、話がれた。

「だから……一回外にも目を向けて欲しいのよ。そうじゃないと……」

「……不安なの? 相手が『ミーシャ』じゃなくて『幻想』に恋しているんじゃないか、って」

「まあね……」

 別に、恋そのものを楽しむのは間違っていない。でもそれが本当に好きな相手なのか、そばに居て欲しい相手なのか、それとも全然違うのか。期間や付き合い方は問題じゃない。自分も相手も、気持ちをきちんと理解していないと互いに不幸になる。

 まあ孤児院に居た頃に、ヘビースモーカーのおばちゃんから聞いた話だけどね。

「だから、一回仕切り直そうと思って……そもそも」

 肝心な問題が残っている。

「私も彼のこと、好きとは言い切れないから」

 思い出という幻想込みで、旦那を超えられると思っているのかね。あの勇者様は。

「人が人を好きになる人数が決まっているのかは知らないけれど、そんなことを考えちゃう程度には好きじゃない・・・・・・。それが私の気持ち」

「はっきり言っちゃうね~」

 そんなもんだ、恋愛なんて。

「まあ、娼婦しごと抜きで自分の気持ちを考える羽目になるとは思わなかったけれどね」

「いいんじゃない? ワタシも前世じゃ似たような感じだったし」

 本当に気になるな。リナの前世。

「まあ、そんな恋バナはこの辺りにして……ちょっとこっち来て」

「何?」

 ベッドから立ち上がったリナに連れられて、部屋の端に移動したのはいいが、何故か太刀を背負い、小太刀を構えた状態で私に背を向けている。

「どうしたの、一体?」

「ん~……さっき気づいたんだけど」

 そう言ってリナは、前方をあごでしゃくってきた。丁度その方向には、この部屋の扉がある。




「勇者君がおそわれている。多分その騒ぎをおとりにして、客として来ていたもう一人がミーシャの所へ向かう、って段取りみたい」

「もっと早く気づけっ!?」

 本当ちゃんと働けよこのぐうたら娼館護衛っ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る