014 よくある状況説明のまとめ

 ……よし、まとまった。

「えっと、つまり……リナには前世の記憶があって」

「正確に言うと、ワタシが魔血錠剤デモン・タブレットの実験台にされて目が覚めたら、前世のことを思い出したってわけ」

「予想はしてたけど今はやめて状況が追いつかない!」

 そんなことあるの?

 実験してた人間とその実験台にされた孤児が、前世では母娘おやこだったなんて可能性……

「まああの女の実験台なんて、前世含めたら二度目だしね。今更だって」

「どんな母娘おやこ!?」

 やっば……正直勇者関連よりも興味深いんだけど。まるでどっかの物語の主人公じゃない。

「ワタシにとっちゃ、ただの『殺したい程憎い相手』ってだけだから、母娘それに関してはどうでもいいんだけどね……かと言ってほっとくわけにもいかないし」

 心の底から面倒臭そうに、リナは天井を向いたままぼやいている。

「前世の分含めて、やられた借りは返さないと気が済まないしね~。異能も得物もあるし……今度こそあの女にヤキ入れちゃる」

「……前世ではどうなったの?」

「父ちゃんが連れてった。多分水の中に沈めた」

 エグッ!

「……え、お父さんとは、仲が良かったの?」

「まあ、話せば長いことながら……」

 少なくとも、父親は比較的まともらしい。犯罪組織っぽいものの元締めとか、同じく転生して大陸の東で縄張りを拡大させている、とかは聞き流したけど。

 これ以上、怖い情報はいらない、ったらいらない!

「……と、まあ。ワタシのバックには父ちゃんがいるけど、けじめ位自分でつけないと、っていまだに追いかけっこ中なのがワタシの今世」

「いろんな意味で波乱に満ちているのね。リナの人生って」

「まぁね~」

 口調はいつも通り軽いが、恐らく私の知らない感情が、今もリナの心を縛っているのだろう。じゃなきゃおっとり刀とはいえ、前世での母親を追っかけたりしないだろうし。

「……それで、どうするの?」

「どうする、って?」

 そう返しはしたけど、どうすればいいのかは、自分自身がよく知っている。

 結局は私がどうしたいか、だ。この件に関わって旦那の死の真相を知るか、命しさに逃げるか隠れるか。

 選択肢はいくつもあるが、肝心なことは一つだけ。

「……勇者様に、何て言えばいいと思う?」

「知らない」

 当てにならないな……知ってたけども。

「結局はミーシャがどうしたいかでしょ、ワタシはどっちでもいいし」

「……私おとりにして、黒幕ははおやかその関係者を引っ張り出せればいいから?」

「当たり~」

 本気で女を殴りたいと思ったのは、これが初めてだ!

 ……嘘です。孤児院時代に女同士の泥沼戦争からリアルファイトまで、あらゆる喧嘩をこなしていました。旦那も殴り倒したことがあります。子供の頃だけど、背後から棒きれで。

「まあ、別に勇者君でもいいんだけどね。確実性で選ぶなら、一度襲われたミーシャでしょう?」

「また来ると思う?」

「……少なくとも後二人、他に雇われたのはそれだけだって」

 どこからの情報かは言わなかったけど、確信を持っての発言だから、本当にそれが最後かもしれない。

 そもそも勇者とその仲間、そして娼館護衛のリナ以外に目立った実力を発揮している者の話はあまり聞かない。大抵がよその国の話だ。だから、かろうじてこの辺りにいた実力者で、犯罪者寄りの考えを持っていたのは、それだけなのかもしれない。

「逆に言えば後二人、片付けてしまえば……」

「手掛かりの有無に関わらず、この件はもうおしまい」

 それが私の生存条件だ。

 心当たりのない情報を握っていると思われている私が今後も生きていくには、低い確率の為に手間を掛けるのは得策じゃないと思わせるしかない。向こうの仕事に乗りそうな人間がこの国からいなくなれば、よそから探すなり新たな実力者がこの国に来るのを待つなり、いちいち時間と手間を掛けなくてはならないと思われるしか、私が助かる道はないのだ。

 まあ、黒幕をぶっ殺せばいい話だけど、そんなのできるか。

 少なくとも私には無理。こちとら一介の娼婦だっての。

「まあこっちは元から正直に生きてるし、ミーシャも自分に素直になれば?」

「素直に、ね……」

 そうなると……やることは一つだ。

「ごめん……ちょっと行ってくる」

「はいよ~……ああ、だた」

 ベッドから起き上がり、部屋を出ようとする私の背中に、リナの声が当たる。

「娼館の敷地からは出ないでね。それ以上はワタシも警戒できないから」

「……本当に警戒できているの?」

 思いっきりベッドの上で寝ている癖に、どうやって警戒しているのやら。




 とりあえず短槍を投げつけてみた。

「うわっ!?」

 しかし相手もさるもの、椅子から立ち上がって振り返るや、咄嗟とっさに槍を掴んで、刃先が刺さらない様に防御ガードしやがった。私にもうちょっと力があればな~。

「あの、ミーシャさん……もしかして、前回の件まだ怒ってますか?」

「いや、半分八つ当たり」

「ああ……それならいいですけど」

 いいのか?

 まあそんな話はともかく、普段着の私はディル君から短槍を返して貰い、近くの地面にそのまま腰掛けた。その状態で勇者様を見上げると、不意に彼と視線が合う。すぐにそむけられたが。

「旦那とのこと……聞いてもいい?」

「……ジョセフさんは、僕の恩人でした」

 と言っても、冒険者ギルドで紹介された指導役が旦那だっただけで、そのえんたまに混ぜて貰っていたらしい。だから勇者になるまでは単独ソロで頑張っていたというのは、以前聞いていた通りだった。

「その日も、人手が足りないからと指導がてら仲間に混ぜて貰っていたんです。それが……」

「……旦那が死んだ事件、ね」

 事件の概要はこうだ。

 最近国内で出回っている違法薬物の元締めを討伐すること。その依頼を達成する為に敵の本拠地アジトへと乗り込んだ。そこまでは良かったのだが、相手が強すぎた。旦那を含めた仲間達は相打ちとなり、ディル君も重傷で死にかけたらしい。

 それでも生き残り、薬は処分して国に報告、そして殉職じゅんしょくした旦那の件が片付いた後、自分が勇者に選ばれたそうだ。

「それぞれが勇者候補だったからだと思います。ギルドが僕に、ジョセフさんを紹介してくれたのは」

「一応、横の繋がりを作ってた、ってことか……」

 その後はありきたりすぎた。

 墓参りに来た際にニアミスした私を追って娼館にフラフラと来てしまい、そのままなし崩しにドツボにはまるとか……これだから童貞力の高い奴は。

「とりあえず……死んだ私の旦那に、言うことある?」

「言うことというか……童貞捨てた翌日、墓前に土下座してきました」

「ならよし」

 旦那の分は、それでいいとして……

「……私には?」

「すみません、としか言いようがありません……」

「別に謝らなくていいわよ。というか……私の時間買い占めていたのって、それもあったんじゃないの?」

 せめて他の人間からは守ろうとした結果。そうでもなければ、こんな中古女にお金を掛けずに、そこらの娘を口説くどいていたはずだ。

「いえ……ミーシャさんだから、です」

「……へ?」

 罪悪感でもないのに、あんなにお金掛けてたのかこいつは。私にそこまでされる価値はないと思うけど。

「お墓の前で、静かに泣いていたのを見たんです。その時の姿が、あまりにも美しくて、ずっと……立ち去るまでずっと、見ていたんです」

「あ……」

 そう言われてみれば、確かに私は泣いていた。

 当時は旦那を裏切ることへの罪悪感がひどく、娼婦になる直前に謝りつつも、悪態あくたいいて……そして、時間までずっと泣いていた。

「ジョセフさんからは奥さんがいる、としか聞いていませんでしたけど……すぐに分かりました。最初の夜に聞いた話で確信して。その日は恩人の奥さん寝取ったと思って……正直すごく興奮しました」

「……死んだら旦那に謝った方がいいわよ」

「死んだ後にまた殺される覚悟はできています」

 変な覚悟決めるなおい。

「じゃあ、今は……」

「えっ!?」

 今ディル君に死なれては困る。旦那には悪いけど、こればかりは他意はない。だって私は、娼婦だから。

 私はディル君にキスをした。

「……ねえ、いつから我慢しているの?」

「っ……」

 少し色っぽすぎたかもしれないけど、いまさらやめられない。

 ディル君の宿屋で襲われて以来、私は娼婦の仕事をしていない。そんな状態で戦闘中に色気出されてしまえば、困るのは私だ。

「ちゃんと支えててね……って!?」

「ミッ、ミーシャさん……ああっ!?」

 さていたすか。

 と思った瞬間、私達に突然、衝撃が襲い掛かった。

「あたっ!」

「あうっ!」

 一瞬敵かとも思ったけど、実際は椅子が壊れただけだった。

 椅子もこの小屋と同様に頑丈な方ではない。だから二人掛かりの重圧に耐えきれずに壊れ、私達を地面に叩きつけたのだろう。

「あ~痛い……大丈夫、勇者様?」

「僕は……あの、ミーシャさん」

「ん~?」

 互いに抱き合ったまま、私とディル君は見つめ合っていた。しかしそれに飽きると、私は彼から離れ、並んで地面の上に仰向けになった。星空が見える。

「ミーシャさんは、痛くないんですか?」

「ううん、勇者様がうまいことクッションになってくれたから大丈夫」

「いえ…………心が、です」

 ……うわぁ。

 答えにくいことを聞いてくれるな、ディル君。

「お金なら僕が稼ぎます。初めての女性で入れ込んでしまったことへの謝罪も含めて。だから」

「……やめて」

 それから先は、聞きたくなかった。

「私は自分の意思で、この道を選んだの。どんな目にあっても、あの世で旦那に殴られるとしても、最後まで生き抜く覚悟を持って」

 上半身だけを起こし、ディル君から顔を背けた。どんな顔をしていいのか、分からないから。

「今まで私を買ってくれたことは、素直に嬉しかった。でも……やっぱり勇者様は、もっと素敵な相手を見つけないと駄目」

 ……うん、いい機会かもしれない。

「決めた。私もこの国を出る」

「……え?」

 実は、今回の件が落ち着くまで仕事を休みたい、と出版社に伝えに行った時のことだ。編集長であるイレーネ・シーゲルから、ある誘いを受けていたのだ。

 出版社の特派員にならないか、と。

 響きはいいけれど、実質はスパイ行為だ。表向きの情勢から内部情報迄、あらゆる情報をこの国に持ち帰らなければならない過酷かこくな仕事だ。下手をすれば戦闘技術も、身体を売ってでも生き残る覚悟も必要となってくるだろう。

 だから私に、そんな話が舞い込んできたのだ。娼婦の経験もある、記者志望だから。

 返事はこの一件が片付いてからでもいいと言われているけど、今決めた。

「この件が片付いたら、私はあなたの前から消える。娼婦もやめるけど、追いかけてこないでね」

「ミーシャさん……」

「……だから」

 私は立ち上がり、ディル君から足早に去ろうとした。

「もう忘れていいわよ、旦那や私のこと。ちゃんと相手を見つけて幸せになってね……その代わり、」

 もしかしたら、もう会わないかもしれないけど、それでも言わなきゃならない。

「この件が片付くまでは、『娼婦』として買った私でいっぱい、練習してね。経験を積んで、ちゃんといい女を捕まえないと…………許さないから」

 返事を聞かず、乱れた服を直した私は、ディル君の前から足早に駆け去った。




 これでいい。これが……お互いの・・・・為なんだと自分に言い聞かせながら。

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