013 人生とはままならないものである

 私の名前はミーシャ・ロッカ。

 同じ孤児院の同期であるジョセフ・ロッカと夫婦になり、人生を共に歩もうとしていた。けれども、冒険者として生計を立てていた旦那、ジョーにある転機がおとずれてしまう。彼は私達の住む国『ペリ』の勇者として選ばれたのだ。

 勇者になれば国から様々な特典が付き、援助も貰える。しかし、その分危険な仕事を率先して行わなければならない。しかも国の兵力も貸し与えられないので、自分とその仲間達が最大の戦力となる。

 ……だから、旦那は死んだ。

 私に残されたのは髪の毛一本しか入っていないお墓と、形見になってしまった旦那の短槍だけである。生活費として多少の金銭を残してはいたが、一生分の扶持ぶちとしては心許こころもとない。そして薄情にも、私には旦那の後を追って心中する覚悟も度胸もなかった。

 だからというわけでもないが、伝手も学もなく、孤児特有の図太さと中古女の身体しかない私にできることなど、娼婦だけだった。だからあか抜けた赤髪とEカップの胸を武器に、草葉の陰で泣いている旦那に寝取られ系のトラウマを量産する毎日を過ごすことにしたのだが、勤務初日にいきなりつまづいてしまった。

 まさか旦那の後任となった勇者が、私の最初の客になるとは思わなかったのだ。しかも何を気に入ったのか、その日から私の勤務日には必ず予約を入れてきている。最後には経営上限界である半年先まで予定を抑える暴挙に出られてしまった。

 つまり私は、当代勇者であるディル・ステーシア以外に、客を取ったことがないのだ。その都合というわけでもないが、なんだかんだで夢だった記者にもなれたし、知り合いも増えた。

 ただ、少なくとも、娼婦として一生を終える気はない。だがそれでも、仕事である以上他にも客を取るべきだと考えていたのに、たった一人の顧客相手に長い月日が流れてしまった。

 多分、それがいけなかったのだろう。いや、とある可能性を視野に入れなかったのが、今回のそもそもの原因だ。

 私の旦那と現勇者のディル君は知り合いだった。もしかしたら墓参りとかでニアミスし、私のことを知っていたかもしれない。

 もしそうだとすれば、当代勇者のディル君は、知り合いの忘れ形見に手を出したコンチクショウということになる。変態だ変態。

 ……話を戻そう。つまり、今回の話の論点としては、ディル君が私のことを知っていた上で、娼館に来たのか、ということだ。




 ちなみに当の本人であるディル君は、私が襲われたあの日から数日経つも、娼館の中に入ってこない。いつもリナがいる、申し訳程度に屋根を立てた掘っ立て小屋もどきにある椅子にずっと腰掛けていた。




「聞いてきたけどさ、多分成り行きだわこれ」

 そう話しかけてきたのは、私が勤める娼館『パサク』の護衛であるリナ・コモンズである。今日はいつもの着流しじゃなく、道着どうぎという合わせ着の上と、ゆったり目のズボンみたいな格好をしていた。

 ベッドの縁に座る私の隣に腰掛けると、リナは染料で染めた金髪を掻き上げながら天井を見上げた。そして勇者の仲間にして娼館の沼に沈めた張本人であるフィン・ランドリッチから聞いた話を続けてきた。いや、話次第では娼館に勧誘したことが冤罪えんざいとなる場合もある。

「娼館の前にいたところを声掛けて連れてきたんだって。童貞で尻込みしたと思って」

「もっと別の所で先輩風吹かせてよね……」

 呆れてしまうが、妙に納得してしまった。

 確かに童貞が娼館に入るなんて、かなり勇気のいる行為だろう。実際、孤児院の同期も娼館に入る勇気が生まれるまで、半年以上掛かっていたのだ。

 ……まあ、若すぎるからって結局追い返されていたけど。

「でも知ってたんだ、リナ。私の旦那のこと」

「まあね~」

 リナは軽く伸びをしたと思えば、そのままベッドの上に寝転がってしまった。

「……と、言っても偶然だけどね。この街で調べごとしていたら、偶々知っちゃってさ」

「調べごと?」

「多分、勇者君も関係しているかな」

 考えているのは、ファントムペインとかいう、あの侵入者のことだろう。リナはあいつを生け捕りにしてから、勇者の仲間も呼んで軽く尋問じんもんしたらしい。その後は国に連れていかれたらしいが、多分生きていないだろう。いくら小国とはいえ、けじめをつけられない国に先はないから。

「……ねえ、リナ」

「なぁに~?」

「教えて……全部」

 そう……私は何も知らない。勇者のことも、旦那のことも、リナのことも……ディル君のことも。

「……ワタシが知っている限りでいいなら」

 どこから話そうか、とリナが考えこんでいるが、元々話すことも少ない。すぐに結論が出て、話を始めてくれた。

「ミーシャは、異能持ちって知ってる?」

「異能持ち、って……うわさじゃないの?」

 異能持ち。

 それは、魔法以外の手段を用いて、超常の力を発する者達のことである。魔法という形態化された技術に頼らず、魔法と同等、いやそれ以上の力を発揮することもあるらしい。

 というのも、私にとって異能持ちとは、『そういう人物がいる』という話を聞いたことがあるだけで実際は目にしたことがない、ある意味空想の産物だからだ。

「まあ、ここは『魔界』に近いわけじゃないから、そんなにいないだろうけどね」

「……どういうこと?」

 さっきから疑問ばかり感じてしまう。

 魔界とはこの大陸世界『アクシリンシ』において、大陸を一つの円とするならば、円周上を囲うようにして存在する魔物や魔族達の巣窟そうくつだ。一応周辺に位置する国等が侵略を妨害しているにしても、それぞれが独立して防衛を行っている以上、隙間から抜け出てくる奴らもいる。それが国の外で無限にいてくる魔物達である。

「異能持ちってね、分かりやすく言うと魔物や魔族の血を、自分の血として取り込んだ人間のことなのよ」

「……は?」

 え、何、てことは何か?

 異能持ちって、早い話が魔物とかが持つような力を使ってた、ってこと?

「え、え、血を取り込むとか、そんなことできるの?」

「普通は無理。人間同士だけでも、血液の合う合わないがあるし。まあ、魔族辺りと子供でも作れば、高確率で異能持ちが産まれるだろうけどね」

「そんな夢物語みたいなことが……」

 私の知っている限り、その手の話は大抵バッドエンドだ。ろくなものじゃない。

「……まあ、だからかどうかは知らないけど、人工的に異能持ちを増やそうと考えたろくでなしがいたのよ」

 一瞬、いつもおちゃらけた様な顔をしているリナの顔が、怖い位に真剣な表情を作り出していた。

「ワタシはそのろくでなしを探して、この街に来た。ミーシャの旦那も、そいつの仕事を邪魔した結果、死んだんだと思う」

「異能持ちを作るなんて……そんなこと、できるの?」

「多分、まだ実験段階だろうけどね」

 リナは指を丸めて小さな円を作り、目の前にかざした。

魔血錠剤デモン・タブレット、魔物や魔族の血を凝縮ぎょうしゅくさせて錠剤にしたもの。それを飲んで生き残れれば、晴れて異能持ちってわけ」

「そんなものがあったんだ……」

「……ある意味、麻薬とかよりもたちが悪いけどね」

 リナは指で作った円を壊して、てのひらを広げてそのまま顔の上に置いた。目をおおい隠す様は、まるで夢の中で寝て、強引に目覚めようとしているみたいだった。

「ワタシが調べていた限りでは、もうこの街に薬はない。下手したら、この国ペリの中には、もう。……だから、師匠の件のほとぼりが冷めたら、さっさと出ようと思ってたんだけどねぇ~」

 あ、ちょっと戻った。

「まさか最後の最後で魔血錠剤くすり探す奴が出てくるなんて、普通思わないっての!」

「まあ……確かに」

 いくら薬がなくても、探している人間がいるということは、まだ魔血錠剤デモン・タブレットがこの辺りにあると思われているのだろう。そして、その錠剤があるということは……それをめぐって、また誰かが傷付くかもしれない。

「一体誰なの? そんな薬を作ったのは」

「ん? ワタシの母親」

 ……え?

「え、え? 母親? え、だってリナ、孤児じゃ」

「ああ、違う違う」

 顔の前で手を振って否定するリナ。しかし私は、その後言ったことを否定して欲しかった。




前世での・・・・ワタシの母親。今はどこでどんな立ち位置なのかは知んないけど」

「前世!?」




 誰か! 学のない私に分かりやすく教えてお願いっ!

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