番外編 執筆予定の宣伝『(仮題)強盗屋フランク』(後編)

 フランクが少女に連れてこられたのは、中央部内にある宿泊施設が立ち並ぶ区域だった。その中でも質素でかつ小さめな宿屋に連れ込まれるが、従業員の姿はない。おそらくは素泊まり宿の手合いだろう。受付の時間だけ客を招き入れ、代金と鍵を交換するといったところか。

 この手の宿屋は安価で済む分、下手すれば鍵を管理する宿屋の主人に寝首をかれることが多い。余程よほど金銭に困らなければ、まず使うことはないだろう。しかし連れ込み宿として、きずりの娼婦が利用できるというメリットがある。しかもここは比較的治安のましな中央部、面倒事が起きる可能性は他の区域に比べて低い。

 なるほど理にかなっている、と宿内の階段を登りながら、フランクは考えていた。

「他の客はいないのか?」

「少なくとも、あたしは見ていない」

「そうか……」

 話している内に、どうやら目的の部屋についたらしい。少女が部屋の一つを指差すと、そのまま反対の壁にもたれかかりだした。

「中で待ってるよ」

 それだけで、フランクはこれからの展望が予想できてしまった。

「……ああ、そういうこと・・・・・・ね」

「うん、そういうこと・・・・・・

 フランクは静かに、扉のノブに手を掛けた。

 しかし、扉を開けるだけで中に入らない。その代わり、部屋の中から伸びてくる手があった。しかもその手には、無骨な棍棒が握られている。

「まあ、よくある話だ……」

 振り下ろされる棍棒に対して、フランクはかわしながら引き抜いたプッシュダガーの刃を振り、相手の手のけんを切り裂く。

「がっ!?」

 そのまま空いた手で相手の棍棒を握り、そのまま目の前のの脳天に叩き込んだ。

「げぇっ!?」

 間髪入れずにプッシュダガーを眉間みけんに投げつけ、そのまま息の根を止める。大して汗一つかかないまま、フランクは再び少女の方を向いた。

「確かに茶髪の大人・・・・・だな」

「ついでにおじさんで三人目」

逸材いつざい、ってのは嘘だろ。ただの脳筋じゃねえか」

 よくある美人局つつもたせを片付けたフランクは、一先ず死体を部屋の中に蹴り入れ、棍棒も投げ入れてからすぐさま扉を閉じた。血液こそ流れ出てはいるが、他の部屋の前も似たり寄ったりなので、常習的に同じことが行われているのだろう。

「あれ、お前の親父?」

「虐待好きな養父」

 少女はカーディガンをまくり、手首より下を見せてくる。おそらくは先程の棍棒だろう。打撲痕が異様に目立っている。

「それでカーディガン買って隠してた、ってことか」

「そう。男を引っ掛けて来いって言われてね」

 少女は悪びれもせず、肩をすくめて壁から離れた。

「成長して犯されるか捨てられるかする前に、強そうな人見つけて殺してもらおうと声掛けてたんだけど……もう二人も死んじゃった」

「大方、色目にくらんだアホだろ。そいつら」

 この町には犯罪者しかいない。いちいち気にするな、とばかりにフランクは手を振って少女に背を向けた。

「ったく、ついて……おい」

「何?」

 フランクは足を止め、その裏から響いてくる振動に嫌な予感を覚えながら、後ろにいる少女に問いかけた。

「お前の養父の職業は?」

「盗賊団の下っ端」

 聞くや否や、フランクは先程死体を投げ捨てた部屋に入り込んだ。少女も下から盗賊達が駆け上がってくるのに気付いたらしく、後に続いてくる。

「規模は!?」

「下に隠れているのは盗賊団の一部、大体十人位」

「うわぁ……これからでかい仕事ヤマに取り掛かろう、って時に」

 というか盗賊団の下っ端が義理とはいえ娘同伴で仕事してんじゃねえよ、とフランクは内心毒づくも、状況が好転することはない。

「作戦1。お前を裸で投げ込んで、集団で犯されている間に俺は逃げる」

「あたし処女だって言わなかったっけ?」

 盗賊団の中に小児性愛者チャイルド・マレスターがいないので、大して時間を稼ぐことはできない。彼女の処女一つで、フランクにとって不利な要素が証明されてしまった。

「作戦2。バラバラに逃げて運の悪い奴だけが死ぬ」

「……助けてくれないの?」

「そこまでお人好しじゃないんでね」

 使える武器を回収しておこうと、死体に刺したまま捨て置こうとしたプッシュダガーを引き抜き、棍棒を拾い上げて片手に握り込んだ。

「お願いだから助けてよ……」

美人局つつもたせかも相手に頼むことじゃねえぞ?」

 とは言いつつも、盗賊達はすでに同じ階にいるらしい。扉越しとはいえ、汚い野次やじが次々と耳に飛び込んできている。

「死んだお母さん、美人だったらしいから、あたしもいい女になるよ」

「……死んだのか?」

「あたしが物心つく前に。なんで死んだのかは知らないけど」

 あまりのしつこさに、フランクの口から息が音を立てて、漏れ出ていく。

「赤毛は抱かない、って言ったろ?」

「髪は染める。おじさんの女になる。いい女になるから……助けて」

 そこまでして生きたいかね、とフランクは内心呆れつつ、少女に問いかけた。

「質問1、生き残りたい理由は?」

「……え?」

「だから、そうまでして生き残りたい理由だよ」

 プッシュダガーにこびりついている血をぬぐいながら問いかけてくるフランクを、少女は不思議そうに見上げていく。最初は理解できなかったが、徐々に質問の内容を把握していくと、不思議なくらい自然に、彼女はこう答えていた。

「どうせ死ぬなら、こんな理不尽にまみれてじゃなくて、いっぱい贅沢して死にたいから」

「そうか……」

 プッシュダガーを仕舞い、握っていた棍棒を少女の足元に投げ捨てる。代わりにフランクは空いた手を上着の中に入れ、そのまま後ろ腰に差したものに載せた。

「だったらこれからずっと、自分の身位、自分で守れるようになれ」

「……え、な」

「その代わり」

 フランクは少女の言葉をさえぎり、扉に足を掛けた。

「……盗賊は俺が片付ける」

 扉を蹴り開けたフランクは、後ろ腰から抜いた廻転銃リボルバーの銃口を部屋の外にいた盗賊達に向けて発砲した。




 そしてまたたく間に盗賊達を全滅した、となれば格好はつくのだろうが、残念ながら彼らが生きているのは英雄譚ヒロイック・サーガではない。この町ではごくありふれた現実リアルだ。

 近くにいた数人を撃ち殺したのは確かだが、弾切れの廻転銃リボルバー再装填リロードする為に、フランクはまた部屋の中に身を引いていた。

「……全滅させないの?」

「残念ながら、一度に六発しか発砲できない。おまけに厚手の盾でも出されてしまえば、簡単に防がれてしまう」

「便利そうな魔法導具なのに……」

「残念。これはただの火薬武器だ」

 中折れにして蓮根型に見える輪胴弾倉の表面を露出させると、先端の弾頭がなくなった薬莢を抜き、再び弾頭のあるものへと差し替えていく。手慣れた動作で全弾差し替えると、中折れにして倒していた銃身を起こし、再び発砲できるようにした。

「だから俺も最強とは言いがたい。お前を完璧に守れるとは言い切れん」

「……だから、自分の身は自分で守れ、ってこと?」

「この町で『正義の味方』なんて期待するな」

 部屋から半分だけ身を乗り出して、断続的に発砲してから再び再装填リロードしていく。

「人間誰しも、自分の為に頑張らなきゃならない。この町じゃ頑張る度合いが他よりも高い上に、他人に何かを頼るには対価がでかすぎるんだよ」

「……おじさんはそれでも、この町に住んでいるの?」

「他に行く当てがないだけだ」

 今度は全弾発砲し尽くした後に、フランクは再びプッシュダガーを投げ放った。すぐに再装填リロードしないところを見ると、大体片付いたらしい。

「後続の気配はない。大体片付いたか……当面は大丈夫そうだぞ?」

「……結局、おじさんが助けてくれたよね?」

「相手が弱すぎる。銃を知らねえのかよ、ったく……」

 特段急ぐ必要がない為、中折れにして露出させた輪胴弾倉からゆっくりと空薬莢を弾いていると、その途中でフランクは、少女の方に顔を向けた。

「というか……」

「ん?」

 余程よほど手慣れているのだろう、ろくに廻転銃リボルバーに目を向けないまま弾丸を差し込みつつ、フランクは少女にこう言い放った。

「……いいかげんおじさんはやめろ」




 結論から言うと、盗賊達はあれで全滅したらしい。

 追撃もないまま、フランクは素泊まり宿を後にしていた。その後ろを赤毛の少女もついてくるが、特に気にすることもなく、自分が寝泊まりしている方の宿に足を向けている。

「結局、女は抱けずか……やってらんね」

「そういう日もあるよ。死なないだけましじゃない?」

「それもそうだけどな……」

 入手困難な為に値の張る弾丸十八発に、血糊ちのりで駄目になったプッシュダガー一本。それらを犠牲にして手に入れたのは、盗賊達の稼いだわずかな金銭と赤毛の少女、割に合うのか微妙な所である。

「……じゃあ」

 と、少女はフランクの手を取り、自分の胸に当てるように抱きしめてきた。

「まだ赤髪の子供だけど、あたしが相手してあげよっか?」

「ああ……気が向いたらな」

 抱きしめられていた手を抜き、軽く頭を撫でてやる。そうしている内に、二人は宿屋の前に着いてしまった。

「さて、入る前に……これからの立ち位置を決めておくぞ」

「おじ……『―――――・―――』の相棒がいい」

「……ちょっと待て。もう一度行ってみろ」

 一瞬、あり得ない名前が出てきたと思い、フランクは再び問いかけ直した。しかし現実は非情どころか冷酷過ぎた。少女の懐から出された手配書を見て、幻聴の類ではないことを知らしめられてしまう。

「これ、あなたでしょう? 『全国指名手配:レイチェル・ロッカ』って、かわいい名前だよね」

「ざっけんな!」

 手配書を奪い取るやフランク、本名『レイチェル・ロッカ』は自らの似顔絵をびりびりに引き裂いた。

「どこで手に入れたこんなもん!?」

「前にいた国で。あの盗賊団賞金稼ぎの真似事もしていたから」

 この町で自分の手配書を張りまくっているのは目立ちたがりの馬鹿だけだ。逆に他人の物を張るということは喧嘩を売る合図となる。

 だからこの町で手配書そのものが回ることはないだろうと、フランクもたかくくっていたというのに。まさか目の前の少女に、本名がレイチェルという女の子然とした名前であることがばれるとは、ハッキリ言って想定すらしていなかったのだ。

 しかし、彼自身するべきことはきちんと把握していた。

「……とにかく、だ」

 少女の頭を押さえ、

「ぐぇ」

 フランクは自らの顔を近づけて思い切りすごんだ。

「二度と、俺を、その名前で、呼ぶな」

 いいな、という問いかけに対して、少女は頭を何度も振って応える。

 それに満足してか、フランクは少女から手を離した。

「昔それでさんざっぱらからかわれたんだよ。思いっきり女の名前だからって……」

 苦々しい思い出に顔をしかめているフランクに、少女は痛む頭を押さえながらも問いかけた。

「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「……フランクだ」

 溜息と一緒に、フランクは少女に自らの名前を吐き出した。

強盗タタキ屋フランク、呼ぶ時はフランクでいい」

 そう名乗るフランクは、ふと肝心なことを聞き忘れていたことを思い出し、再び顔を近づけていく。

「そう言えば、お前の名前は?」

「……イネス・リード。あたしもイネスでいいよ」

 自然と、二人の手が伸びて、互いのてのひらを握り合った。




 後に、フランクがこれから行う仕事によって人生が盛大にややこしくなっていくのだが、今の彼らに知るすべはなかった。

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