番外編 執筆予定の宣伝『(仮題)強盗屋フランク』(前編)

 大陸世界『アクシリンシ』の南にある大国『ヤズ』よりさらに南東に、『テミズレメ』という町がある。領地としては『ヤズ』に属するが、大陸の端に存在する魔物や魔族達の領域、通称『魔界』への境界が近く、統治の手が伸びずに犯罪者達の巣窟そうくつと化していた。しかし犯罪者達は、互いの利益を守るという目的の元でかれた規則ルールを守っている為、町としての機能は死ぬことはないだろう。

 その小さくも荒々しい町の中にある、裏通りに面する宿屋の一室でのこと。銀髪の男が一人、テーブルの上に拡大させた地図を広げて、なにやら書き殴っていた。

「国土の端にある領地で評判も悪く、領民が出奔しゅっぽん中にも関わらず対策していない。資金源は金鉱山だから採掘分を売っ払うだけで一生を終えるつもりか……たいそうなご身分だな」

 銀髪の男は書き殴った地図を畳むとベッドの上に置き、筋肉質な身体の上に薄手の上着を羽織った。

「そんじゃ、景気付けに行きますかね」

 そして男は、宿の一室から出て行き、その足で酒場へと向かった。




 男の名前はフランク。しかし、それが本名なのかを知る者はこの町に居ない。

 彼は冒険者というわけではなく、別の手段で生計を立てているのだ。他にも理由はあるが、それでも本名を簡単に語れる仕事でないのは確かだ。

 人に誇れる仕事ではないものの、この町にいる人間にとってそれは当たり前のこと。気にすることなくフランクは顔馴染み達と酒をわしていた。

「さて、と……」

「おい、どうしたフランク。もう終わりか?」

 夜もけ、えんたけなわといった最中、フランクは軽く赤らめた顔を一度振り、顔馴染み達に別れを告げた。

「酒の次は女だ」

「分かりやすいな、お前も」

 カウンター越しに清算しながら、顔馴染みとなっているこの町の住人との会話を楽しんだ。本来余所者よそものであったはずのフランクも、すでにこの町の人間と言っても過言ではない。

「これからでかい仕事ヤマに取り掛かるんでね。最高級の娼婦でも買って景気付けしとかねえとな」

「それはいいんだが……お前、たしか赤毛の女は駄目だったよな?」

 一瞬、フランクの目が細くなったがすぐに戻った。

「昔、ちょっとな……それが?」

「どっかの馬鹿が娼館に強盗タタキに入ったらしくてな。唯一無事だったのは休暇で離れていた数名の下級娼婦と」

「……いや、もういい分かった。赤毛の高級娼婦ルフィナしかいないのか?」

 それだけで、フランクのやる気が消え失せてきた。これから娼館に行こうとしていたのに、よりにもよって赤毛の、しかも個人的にも苦手な女しかいないのだ。景気付けどころか、仕事前にケチがつきかねない。

「別に悪くはないだろ、あいつも。赤毛だけど」

「赤毛だけじゃねえよ。あんなの仕事前に抱いてみろ、女出てきた途端に手がひるむぞ」

 しかし、この町に娼館は一つしかない。後は流れの女冒険者や当てのない女達が立ち並ぶ『立ちんぼ』通り位だ。ただ、そちらは管理する人間がいない分、どんな女に当たるかは分かったものじゃない。

「しゃあない。できるだけ新しそうなのを選ぶか」

「おう、駄目なら戻ってこい。代わりに酒でも腹に入れとけ」

 そう言い合った後、フランクはカウンターから離れていった。

「……って、赤毛駄目だって言ってる癖に結局手を出していたのか?」

「違ぇよ、向こうが面白がって勝手に指名、自分に変えやがったんだよ。なんとかしてくれ」

「てめぇ、高級娼婦にモテてるって自慢かコラ!」

 女を引っ掛けられなくても、今夜酒場に戻ることはできないだろうな、とフランクは飛んでくるグラスをかわしながら、店の外へと駆けだしていった。




 娼館とは経営者こそいるものの、一面だけを見れば娼婦の互助組織みたいなものだ。収入こそ天引きされるが、その分長く働かせようと、様々な便宜べんぎはかってくれる。

 しかし、それはあくまで一面でしかない。娼館の経営者が娼婦をまだ可愛かわいがっているならいいが、道具としてしか見ていない場合の扱いは想像もしたくない。いや、消耗品だと思われてしまえば、下手したら一夜限りで使い捨てられてしまう。

 だから知らない町に来てすぐの人間は、娼婦志願者、利用者を問わずに、娼館の評判が分からない内は関わることはない。けれども、娼婦志願者の中には急いで金銭を得なければならない場合がある。犯罪者がくうこの町ならばなおさらだ。自分で判断しなければ寿命を縮める結果になるのは想像にたやすい。

 そして、そのまま立ちんぼとなって個人で客を取り、生計を立てるようになる人間も多い。

「特に入れ替わりはないか……」

 グラスの襲撃から逃れたフランクは、『立ちんぼ』通りと通称されている町の路地を歩いていた。しかし、歩き慣れたこの道に並んでいる顔触かおぶれに変化はない。知り合いでもいれば声を掛けているだろうが、生憎あいにくと今日はいないようだ。

「新しいのでもいればいいが……」

 性病の危険も考え、できれば経験の浅い人間がいい。下手に性病持ちに当たると、やけくそで感染させようと強引に性交渉ことに及ぼうとする場合もあるからだ。

「ねえ、そこのあんた」

「ん?」

 さてどうしたものかと歩いていると、フランクの背中に若い声が掛かった。

 振り返るとそこには、赤毛で雀斑そばかすの目立つ少女が立っていた。着古きふるしたワンピースの上に妙に真新しいカーディガンを羽織り、身長差のあるフランクを見上げている。

「なんだ?」

「女を買いにきたの?」

 図星だが、フランクは肩をすくめるだけで留めた。

「少なくとも、赤毛の女と子供ジャリを買う気はねぇよ」

「ふぅん……赤毛の女に振られたの?」

 少し顔をしかめてしまうが、フランクはつとめて冷静に振る舞おうとした。けれども、少女の方が先に口を開いてしまう。

「大丈夫よ、相手は茶髪の大人だから」

「何が大丈夫だよまだ買うとは一言も言ってないぞ」

「買わないとも言ってないわよ」

 なかなかに頭の切れる少女である。

「いいからついてきてよ。まだ二人しか知らない逸材いつざいなんだから」

「その逸材いつざいがなんで、子供ジャリ使って宣伝しているんだよ?」

「あたしの小遣い稼ぎ」

 フランクは内心、大きく溜息を漏らしたくなるのを我慢していた。

(……まぁ、たまにはいいか)

 フランクはふところから適当な硬貨を一枚まむと、そのまま少女に手渡した。

紹介料チップだ。次はワンピースも新調しな」

「ありがとう、こっちだよ!」

 勢い良く手を引かれ、フランクは少女に従って『立ちんぼ』通りを後にした。




「あたし、この町に来たばかりなの」

 向かっているのはどうやら、町の中枢ちゅうすう施設が立ち並ぶ為に、比較的治安のましな中央部らしい。この町に来たばかりであれば、この近辺に根城をきずいてから生活基盤を形成する為に動くことは、確かに間違っていない。フランクも昔、この辺りに宿を取っていたから分かる。今は別の理由で、少し離れた裏通りの宿屋に移っているが。

「危ないことが多い、ってこの町の人に教わったけど……孤児だから他に行く当てもないし、ここで頑張るしかないの」

「それで娼婦の仲介ね……」

 勢いも落ち、手が離れてからこちら、二人は並んで目的地へと向かって歩いていた。その間沈黙を嫌ったのか、赤毛の少女は自分の身の上を話し始めたのだ。

「将来はあたしも娼婦になるの。学も力もないから、今の内から勉強しとこうと思ってて」

「それはまた諦めきった人生だな……分からなくもないが」

「おじさんは仕事、何しているの?」

 一瞬引っ叩きたくなる感情をおさえ、フランクは答えた。

「この町のろくでなし共と一緒だよ。相手こそ選んじゃいるが、まあ大して変わらんな」

「相手を選んでいるの? お金を持っているかどうか?」

「いや、相手かくそったれかどうか……まあ、大して変わらんな。くそったれの方が金持ってるなんてよくある話だし」

 一応、フランクとしては相手を選んでいるつもりだった。

 この町に来るきっかけとなった出来事でも、相手に苛立いらだって思わず手が出てしまったのが始まりだ。今でこそ理性も成長してこそいるが、感情に任せて相手を攻撃することに変わりはない。

「……ねえ」

「うん?」

 フランクの横を歩きながら、少女は顔を覗き込んでくる。

「それって、女でもできる仕事?」

「どうかな……似たようなことは昔、誰かがやってた気もするが」

「それが例の赤毛の人?」

 とうとうフランクの手が、少女のひたいへと伸びていった。

「イタッ!?」

「ませたこと言ってんじゃねえよ、子供ジャリ

 イタイところを突かれたのを誤魔化ごまかす為に伸ばした腕を戻し、フランクはずんずんと前に出ていく。

「ほら行くぞ」

「うう……覚えてなさいよあんた。あたしが高級娼婦になっても、絶対に指名拒否してやるんだから」

 その声に返す為ではないのか、フランクは小さな声を漏らすだけで留めた。




「だから赤毛の女は抱かない、っての」

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