番外編 ひどすぎる宣伝『援交少女、ホームレスを飼う』(後編)

 侵入者、ファントムペインは転移者だ。

 転移者とは異世界と呼ばれる現実とは異なる別世界に転移した者達のことを指すが、転移する理由は事情によって異なる。それこそ神や悪魔といった超常の存在の力を介することもあれば、ほんの小さな偶然で招き入れられることもある。

 この世界に来たファントムペインも、その転移者である。経緯こそ偶然だが、仕事中・・・だったのがこうそうした。

「ぁ…………」

 事情を知る為に、国外れの木こり小屋にいた若夫婦を襲った。旦那を撃ち殺し、元居た場所では未だ年端もいかぬ妻をもてあそんでから、小屋の中にある物を物色していく。

 元々、趣味で転生や転移系その手の物語を読むのが趣味だったこともあり、言語による意思疎通さえできれば、後はよくある転生無双でも楽しめばいい。しかも、今居る場所からは遠く離れているが、別世界の人間を勇者として招き入れている国もあるらしい。

 つまり、他にも転移者がいるのだ。彼らが別世界の技術を持ち込んでさえいれば、今迄と差し支えない生活も送れる可能性がある。おまけに、ここには師匠である自らの父親も居ない。彼を縛る事情は、何もないのだ。

「ここなら好き放題できるし……さて、近くの国に行くかな」

 もてあそんでボロボロになった若妻を、近くの国にある人身売買組織に売り払った。この手のやり方は前にいた世界で経験していたので、手順によどみはない。そして金銭を手に入れてから情報収集しつつ、冒険者ギルドに登録した。前の世界に居たときの名前を捨て、ファントムペインという通り名を名乗るようになったのも、この時からだ。

 けれども、冒険者としては長続きしなかった。

「銃弾も残り少ない……どうするかな?」

 何故なら、彼は生粋の人殺しだからだ。

 元々、彼の父親は殺しを生業にする男だった。幼少時よりその手練手管てれんてくだを叩き込まれ、仕事ころしの結果に対する報酬の豪華さを目の当たりにさせられた彼は、瞬く間に他者を食い物にするけだものへと成長していった。

 この世界へ転移してくる前も、丁度殺しの真っ最中だった。師匠おやじは口封じとかなんとか言っていたが、金さえ入れば関係ない。その金でまた女を買おう、そんなことを考えていた時に、気がつけば別の場所に居たのだ。

 だから剣と魔法の世界に、銃を持ち込めたのは僥倖ぎょうこうだった。

 この世界にも最近出てきたらしいが、出回っているのはこの大陸世界『アクシリンシ』の西側だ。東側で活動する彼には関係ない。なので、銃弾が尽きる前に資金を貯め、別の地域でほとぼりを冷ましながら一生を終える。それがファントムペインの最終目標となっていた。

「ねえ、あなたがファントムペイン?」

「ん?」

 目の前の女が堅気かたぎじゃないのは、見ただけで分かった。見慣れた、人をゴミと同じにしか見ていない瞳をしていたのだから。

「ちょっと仕事しない? 探し物を届けてくれれば、言い値で買ってあげるわよ」

この状況・・・・を見て・・・、ってことはヤバいブツ?」

「そう」

 通りかかった冒険者一行を殺し、犯し、また殺して奪い終わった後だった。彼にとって、魔物や魔族を殺すよりも、人を殺す方が楽だからだ。

 一連の所業を終え、残りの銃弾を数えている時に、声を掛けてきた女がいたのだ。しかし、彼は構わず、続きをうながした。

 そして条件を確認し、残りの銃弾を拳銃に込めていく。

「分かった。見つけられたら、あんたに届けるよ」

 彼にとって、転移する前から続く、当たり前の日常だったからだ。




 だから彼、ファントムペインは撃った。

 外した手甲剣をおとりにして気を引き、この世界の住人だろう、着流しを着た女に向けて発砲した。小型の自動拳銃なので大口径でこそないが、音速に近い速度を放つ銃弾を避ける術はない。

「ひょいっ、と」

 キィン!

「なっ!?」

 そう、事前に把握してなければ、飛んでくる銃弾にさやに納めたままの小太刀を・・・・当てる・・・なんて芸当、できるわけがない。そんなことができるのは……

「ちっ! 西側の人間か!?」

 そう、最初は銃のことを知る大陸の西側の人間だと考えた。だから銃のことを事前に知っていて、その知識を持って対抗手段を身に付けていると思ったのだ。

 しかし、それこそがファントムペインの犯した過ちだった。

 自動拳銃から数発、銃弾が放たれていく。さすがに連続して銃撃されれば対処できないだろうと判断しての選択だが、相手が悪かった。

「いやぁ……西にはまだ行ったことがないかな、っと!」

 地面を叩くように蹴るや、リナは小太刀を抜き放った。

 抜刀はリナに当たる銃弾のみを切り裂き、残りはそのまま後ろへと逃がしていく。

「てりゃっ!」

「がっ!?」

 そしてリナは小太刀を投げ、ファントムペインの肩を射貫く。男の手からはすでに小型の自動拳銃が手放され、地面に投げ捨てられたままの手甲剣へと伸びていたからだ。

「あれま、弾切れか……後で欲しいんだけど予備ある?」

「なっ!?」

 リナの発言通り、ファントムペインの銃はすでに弾切れだった。その証拠に拳銃の銃身スライドは下がりきり、次弾をくわえ込んでいる様子がない。

 しかし、それは自動拳銃を知るものにしか理解できない事柄だ。西側に出回っている銃も最新式は廻転銃リボルバーで、構造が複雑になる自動拳銃はまだ開発すらされていないはずだ。少なくともファントムペインは、この世界の住人でそれを知っている者に出会ったことはない。

「おっ、これを知って……」

 そんなファントムペインの言葉に、リナは空になった小太刀のさやを肩に乗せて答えた。




「知ってるも何も……前世で使ってた・・・・・・・のと同じ銃だし」




 その言葉を聞き、ファントムペインは言葉を失った。

 そう、転移者と同様に、転生者という存在がいる。彼らもまた、世界を超えてくる存在だが、異なる点がある。

 文字通り、新たな命として生を受けながらも、前世でつちかった経験が消えずに残っていることだ。

 つまり、経験則だけで言うならば、今ここに居る着流しの女、リナ・コモンズの方が圧倒的に上なのだ。

「どう、りで……師匠おやじと同じ感じがすると思えば…………年寄りジャブホッ!?」

「だから年寄り扱いすんなっ!」

 脳天にさやを何度も叩きつけて気絶させてから、リナは手早くファントムペインの身体をまさぐって、目当ての物を見つけた。

「防弾チョッキまで着けてら。ふむ…………これだけか。まあ、ないよりましか。うん」

 取り出した自動拳銃の弾倉を仕舞い、

「おっ、結構覚えているな~」

 拾い上げた銃もスライドを戻してから、着流しの中にしまった。

「しっかし、久々に銃声聞いて耳うるさ~。おまけにまぁた、あの女が動いているかと思うと憂鬱ゆううつだし……」

 他にも敵がいるかもしれない。目の前の男は拘束するだけで放置。後で回収する算段をつけてから、引き抜いた小太刀を血降りしてさやに納め、リナは護衛対象ミーシャ達の居る宿へと急いだ。

「どっちかというとあの女よりもあっちに会いたい。父ちゃんは居たってのに……クローッ! この世界にいんなら出てこーい!」

 一通り叫んでから、前世と同じ名を名乗る少女、リナはやけくそ気味に駆けだしていった。

 しかし、彼女の目的は別にある。

 今回の一件でもおそらく手を引いているであろうある女を探し出し、前世より(半ば強引に)続いてしまった因縁に決着をつける為に動いているのだ。だから同じく転生しているかも分からない人物クロを探す余裕はない。

 故に、彼らが死後の世界とも言えるこの大陸世界『アクシリンシ』で再会することはないだろう。




「クシュン……あれ、風邪かな?」




 今は未だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る