012 勇者の過去

「ミーシャさん、来てくれて嬉しいです!」

「ハァイ、勇者様。思ったより元気そうね」

 宿についた私は、豪華な外見にちょっとビビりつつもどうにか受付を済ませ、ディル君のいる部屋に通された。元々話は通っていたらしく、特に揉め事もなかったので、リナとはその時点で別れている。

 しかし……無駄に豪華な部屋に住みやがって。

「にしても、いい部屋に住んでいるのね。勇者様って」

 娼館のベッド数台分の大きさがある寝床の上で、ディル君は横になっていた。しかも部屋の広さはそれ以上で、ベッドの他に応接用のテーブルセットにフカフカソファ、執務机すら出版社の備品よりも明らかに高級品だと分かってしまう。

 一泊いくらするのか、ハッキリ言って聞いてみたい気もするけど、聞きたくもない。いろんな意味で。

「どうせ寝泊まりするだけだから、僕はギルドの個室でいいって言ったんですけど……」

 要するに見栄えとかの為に、勇者特権でこの宿取らされた、ってわけか。

 旦那の時は私と住む為に借家に住んでたけど、もしかしたらこの手の宿屋に泊まれてたのかな?

「その分、勇者としての仕事はきっちりこなさないといけないから毎日大変で……」

「そう……それなら、いつもお疲れ様」

 まだ着替えてないが、私はベッドの上に身を乗り出し、ディル君のひたいに唇を落とした。そのままおでこを重ねて、簡単に熱を測る。

「うん、大丈夫そう。でも今日はゆっくりめで、ね」

「はい、ミーシャさん……」

 さて、と……まずは着替えますかね。

 すっごい今更だけど、それでも恥ずかしいから、と着替え用の衝立ついたてに隠れる。しかしサービス精神は忘れない。ブラウスを脱いでもたたまず、衝立ついたての上にかけた。

「ミーシャさぁ~ん」

「はいはい、ちょっと待っててね勇者様」

 ナイトドレスに着替え、衝立ついたての陰から出てきた私に、ディル君の視線が突き刺さるがいつものことなので無視。というかこちとら娼婦だ、見られるのが仕事だっての。

「じゃあ勇者様……」

 だから見られながらベッドへ向かうのも、いつものことだった。

「今日はベッドの中で」

 それなのに、




 シーツの中からいきなり飛び出してきたディル君に、私は押し倒されていた。




「えっ、勇者さ」

「ミーシャさんそのまま伏せててっ!」

 返事をする間もなかった。

 身をひるがえしたディル君は私に背を向けてかばいながら、いつの間にか手にしていた短剣を不意の侵入者・・・・・・に対して振るっていた。

「気づいてんじゃねえよ!」

「あんな殺気ダダ漏れで無茶言わないでよっ!」

 ディル君の蹴りが侵入者の腹部に飛ぶ。しかし攻撃は空を切り、足を戻して膝立ちになった。身を低くしているのは多分、伏せている私をかばうと同時に、相手の攻撃に対して狙われる面積を少しでも減らそうという狙いからだろう。

 似たようなことを前に、リナから聞いたことがある。

『飛び道具相手にするなら、身体隠すか小さく丸まって的を小さくしないと危ないんだよね~、要するに、逃げる時は隠れながらの方がかえって安全』

 だからディル君は、私の前から離れられないんだ。

 ……私を守る為に。

「ったく……おい、その女渡せ。そうすりゃ見逃してやる」

「……え、僕じゃないの?」

 私も思った。

 しかし相手は意外にも、肩をガクッと落としていた。ここにいるのはペリの勇者と一介の娼婦だってのに。前回みたいに勇者狙え勇者。

「ミーシャさん、相手に覚えは?」

「ううん、ない」

 今回ばかりはさすがに覚えがない。いや、前回も似たようなものだが。

 そもそも、そんな人に恨まれるようなことは……やってないとは言えないけども、相手は完全に初対面、覚えがないっての!

ペリの勇者を差し置いて、ミーシャさんを狙う理由は何だ!?」

 ディル君が侵入者に問いかける。

 その侵入者は見たこともない服装をしていた。近いのは私が娼館とは別に務めている出版社の編集長様ことイレーネ・シーゲルの格好だ。スーツ仕立てだが、明らかに私達一般人が着るような着古しとは生地が違う。それどころか、この辺りの人間が着ているようなものじゃない。

 そして侵入者はディル君の問いかけに、悠々ゆうゆうと答えた。

「なるほど、てめえが跡取りか……だったら知っているだろう。先代勇者のジョセフ・ロッカのことは」

 また旦那か!? ぎわに何やらかした!?

「そこにいる女、ミーシャ・ロッカは先代勇者の女房だ。その遺品に用がある」

「……遺品?」

 遺品、って何言ってんだこいつ。私の手元にあるのは短槍とこびりついていた髪の毛一本だけだ。そこのディル君程長い間勇者やってたわけじゃないから、国からの報酬も大してない。

「一体何の」

「ミーシャさん、言っちゃ駄目だ!」

 いや知らないから、何言ってんのこいつ。

 ……ってあれ? 今、

それ・・は国が処分した。もう存在しない!」

 ディル君の叫びに、思考が中断させられた。

「ああ、そう聞いてたんだけどな……っ!」

「なっ!?」

 仕込みの手甲剣を伸ばした侵入者が、ディル君に襲いかかってくる。勇者様も普段の童貞顔(童貞力が下がると見れなくなる顔)じゃなくて、真剣マジ顔で短剣片手に対応しているし。

「それは生き残り・・・・がほざいていただけだろ。要するにまだ残ってるんだろう、アレ・・がっ!」

 何の話かはまだ分かんないけど、なんとなく読めてきた。

 要するに、旦那が死ぬ原因になった何かで手に入れた物をこいつが狙って

「危なっ!?」

「ミーシャさん、そこの物陰にっ!」

「行かせるかよっ!」

 眼前に突き刺さった手甲剣にびびりつつも、私はディル君達から距離を置いた。片方床から抜けなくて動けないとはいえ、短剣一本でよくやるわ。さすが勇者様。

「これでっ!」

「がっ!?」

 そうこうしていると、ディル君が蹴りを繰り出して侵入者を部屋から追い出した。具体的に言うと窓目掛けて蹴り飛ばしただけ。

 ディル君も短剣片手に外へ飛び出していくけど、正直心配だ。

 辺りを見渡して、旅装と一緒に置いてあった勇者の剣(という名前の官給品)を見つけて、ディル君に投げ渡そうとっていく。

 ……腰抜けてまともに立てないのよ悪かったわね!

『短剣一本で勝てる相手じゃないっての! ワタシが相手するからミーシャ任せたっ!』

『ありがとうございますっ!』

 しかし、私の努力もむなしく散った。

 外からリナの声が聞こえてきたのだ。どうやら買い物が終わったらしく、戻ってきて早々に状況を判断して、助けに入ってくれたらしい。

 良かった。私の努力は台無しになってしまったが、それ以外は本当に良かった。

 ちからきた私は、バタンとうつぶせに倒れてしまう。その拍子ひょうしに伸ばしていた腕がディル君の荷物に当たっちゃったけど、今更気にしない。

 中身もこぼれてしまったけど、今更気にしない。

「……ん?」

 そして中身の一つを見ても、私は今更気にしない……ってなるかっ!?

「はぁっ!?」

 それは、一枚の絵だった。

 前に出版社で聞いたことがあるけど、冒険者の中には絵がうまい人が多いらしい。地図作成マッピングの練習がてら人物画や風景画も描くことが多く、引退後に画家や絵師として生計を立てることもあるとか。だから、冒険者で勇者でもあるディル君が絵を持っているのは不思議じゃない。

 でも、これだけは気になってしまう。いや、気にしなければいけない。

「ミーシャさんっ!」

 あわてて入ってくるディル君をながめながら、私の思考は別のことにかれていた。

「良かった無事でっ! 今護衛の人が戦ってくれているので、今のうちに近くの宿にいるカリスさんに連絡を……」

 そこから先の言葉はなかった。私が持っている一枚の絵を、ディル君も見てしまったからだ。

 よくよく考えてみれば、おかしな話だった。

 勇者の仲間は、勇者が選ばれた後から集められているけど、その中に、次の勇者候補が混ざっていてもおかしくない。ましてや、全滅もあり得る冒険者業で、勇者達だけが無事だという保証はどこにもないのだ。

 だから逆に、勇者が死んでもその仲間が無事だった、なんて状況もあり得てしまう。

「ねぇ、勇者様……」

 私は、手に持っていた絵を、ディル君に向けた。

「……これ、どういうこと?」

 なにより……私が『ジョセフ・ロッカの嫁』だって言われても、ディル君が疑問を持った様子は一切なかった。つまり、知っていたのだ。

 だから、こんな絵が、




 私の旦那・・・・とディル君・・・・・が一緒に・・・・写っている絵・・・・・・が、存在しているのだ。




「知ってたの……?」

「っ!?」

 ディル君は、答えなかった。

 今はリナが侵入者の相手をしてくれているが、相手が強い可能性だってある。他に敵が来て、私を襲う可能性だってある。

 それでも、私は口を止めなかった。止めることが、できなかった。

「私が前の勇者ジョセフ・ロッカの嫁で、今は旦那が死んだから生きる為に娼婦やってるって、ずっと知ってたの……?」

 今は身を起こしている。床の上にべたりと腰掛けている私は、ディル君の方を向いていた。いや、我が事ながら本当に見ているのかも怪しい。

 今も私は、何を考えているのかが分からないのだ。そもそも、この考えは本当に正しいのか。でも、証拠が一つ出てくると、次々と考えてしまう。

 たとえば、私のことを旦那から聞いていたのかもしれない。

 たとえば、旦那の墓参りにニアミスしていたかもしれない。

 たとえば、私を心配して隠れて見ていたのを、フィンさんに連れられて娼館に来たのかもしれない。

 たとえば、たとえば、たとえば……

「ミっ、ミーシャさ」

「――」

 言葉はなかった。

 何を言ったのかは分からない。何をしていたのかも分からない。

 ただひたすら、ごちゃ混ぜになった感情を相手にぶつけて、部屋を飛び出して……

「ああ、疲れた……ってミーシャ?」

 ……気がつけば、リナの胸元で泣いていた。




 後から考えれば、別に旦那の知り合いだって隠していたことを、私に責める資格はない。私だって面倒だから旦那とのことを隠していたのだし。そもそも国だって、私のことは知っているだろうから、そこから知らされていてもおかしくないのだ。

 だけど、けれども、いや、それでも、今の私は、どうすればいいのか分からないまま、娼館のベッドで寝ていた。

 お願いだから、死んだ後も面倒起こさないでよ。




 恨んでやるからね……ジョー。

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