011 娼館護衛の背景(後編)

「……ねえ、リナ」

「ん~……何?」

 もうすぐ朝食の時間だが、リナは『ちょっと本気出しちゃったから疲れた~』とか言って、太刀を持ち上げて抱えてから、いつものように椅子に腰かけていた。ジャンヌは未だに地面の上でほうけている。そりゃあ、あんな大技放っといて、逆に際どい一撃を見舞われたら、ビビるのもしかたない。私だったら下手したら漏らしてた。

 だって一介の娼婦だし、戦闘職じゃないし。

「前から思っていたんだけど……もしかして今まで、太刀以外の武器で戦ってたんじゃないの?」

 それも今日で確信した。

 別に太刀の構え方を知っているわけじゃなかったけど、いつも違和感を覚えていた。鞘に納めたままの太刀を構える時、リナはいつも片手で支えてから、もう一方の手で固定するような持ち方をしているように見えた。よくある両手剣の構え方に近いけど、なんとなく一方に力の配分がかたよっている印象があったのよね。

 だから、今回の木剣での模擬戦を見て確信した。普段、リナが使っているのは片手で扱う類いの武器だ。両手で構えなきゃいけない太刀じゃない。

 でも私は……太刀を携える・・・・・・リナしか見たことがないのだ。

「へぇ~……修行の成果が出てるじゃん」

 ちょっと訳有りなんだよね~、とリナはつぶやいた。

「ミーシャの短槍と一緒、こっちは師匠兼命の恩人だけどね」

「命の?」

「ワタシも元孤児だってこと」

 本当によくある話だった。

 孤児やってたところを、通りかかった旅の剣客が偶々拾って育ててくれた。本当に、よくある話だった。

「その師匠は古傷こじらせて死んじゃったけどね……唯一怨みごとを言うとしたら、この太刀を押し付けた、ってところかな」

 そういえば、リナがその太刀を鞘から抜いたところを一度も見たことがない。下手したら、前回められて敷物にされたジャンヌも見てないかもしれない。

「『面倒ごとになるから、絶対に奪われるな』って言い残しちゃってさ……こっちも命の恩人だからちゃることもできないし。だから、」

 リナは立ち上がり、いつものように太刀を抱えて歩き出した。そろそろ朝食の時間だ。

「ちょっとほとぼり冷ましてから伝手を頼ろうと思って、今は娼館の護衛やってんの」

「リナ……?」

 ほら、ご飯行こう、と言い残して去っていくリナに、何処どこか物悲しさを感じた。いや、多分私が、一方的にそう思っているのだろう。

「もうすぐ、いなくなるんだ……」

 その太刀の重みがどれほどのものなのかは分からない。

 それでも、リナは変わらず歩いていくのだろう。いつも通りのやる気なさげな態度で、それでも揺るがない目的を持って。

 ただ、不思議なのは……

「それにしちゃあ……いろいろ知り過ぎじゃないの?」

 剣術も修め、娼婦としての経験もあるとうそぶき、独学とはいえ普段は知り得ない経験も持ち合わせている。おまけに私とそう歳の違いはない。

 本当に何者なのだろう、あの女は。一体どんな人生を歩めば、あんな濃い経験を積めるのだろうか。

「勝てそうにないですね。少なくとも……今は」

「ジャンヌ?」

 いつの間に立ち上がったのだろう、ジャンヌが私の隣に立って、一緒にリナの背中をながめていた。

「『追いつけるかは、追いかけた者にしか分からない』。昔、修道女をしていた時に、教会の方から教わりました。だから……私は追いかけます。まだ、強くなりたいから」

「すごいね、ジャンヌは……」

 私には、そこまで強い目標を持つことはできない。『知りたい』という欲求だって、結局は自分のエゴだ。そこまで強く目標を掲げることができない。

 私は、弱いな……




「……え、出張デリバリー?」

「そう。やっこさん、どうせ予約入れてんでしょ?」

 その日の夜、というか娼婦にとっての朝にいきなり、私は受付まで呼び出された。何事かと思えば、勇者様の仲間こと斥候のフィンさんからそんな依頼を出されたのだ。

「我らの勇者様も大分回復してきたし、見舞いがてら英気を養わせてやってくんないかな、って」

「まあ、一応出張デリバリーもやってるからいいですけど……護衛は?」

 そう、呼び込みと同様に護衛がいないと、出張デリバリーはやらないのが娼館『パサク』の基本方針だ。一見いちげんじゃないから送迎だけでいいとはいえ、そんな都合よく……

「リナちゃんだっけ? 今日は休暇で用事あるから、そのいででいいなら引き受けるって言ってたよ」

「ちょっとリナ!?」

 思わず叫んでしまったが、当の本人は受け付け近くにいない。いったいどこ!?

「先に入り口で待ってるって。じゃあ、俺もそろそろ……」

 そう書き置きと一緒に言い残して、フィンさんは先輩娼婦と共に消えていった。いや、少しは病人心配しなさいよ!

「……なんて、叫んでても仕方ないか」

 これでも少しは心配していたし、ちょっと様子を見に行くくらい訳はない。ただ待っているのも暇だ、ってのもあるけど。

「リナ~支度してくるから待っててよ~」

 とりあえず入口の方に向けて叫んでおく。返事はないが、聞こえているものとして、私は一旦仕事部屋に戻った。

 ……や、さすがにナイトドレス(今日は明るめのオレンジ)だけとか、娼婦然とした格好で街中歩けないって。




「ここ、私でも知っている高級宿じゃん。あの贅沢ぜいたく勇者め」

「まあ、娼婦を半年拘束できる財力があるなら、ある意味当然だよね~」

 フィンさん直筆の書き置きを見ながら、私はリナと並んで歩きつつ愚痴ぐちっていた。格好こそいつもの町娘スタイルプラス伊達眼鏡だが、鞄の中では見舞いの品やさっきまで着ていたエロ衣装が舞い踊っている。できればぶり返してくれると仕事がなくなって助かるんだけどなぁ~。

「というか、ミーシャが自分から娼婦に・・・・・・・なってなかったら、身請みうけしてたんじゃないの? あの勇者君」

「あり得る……あの勇者様なら」

 私みたいな職業娼婦には関係ない話だけど、奴隷身分や借金等で人生を売却して娼婦にちた人間は、同じく人身売買の要領で身請けされ、所有物にされてしまう場合もあるのだ。

 私は別に借金やしがらみもないので、娼館を介して勝手に人生を売られるわけでもないが、商売上では半ば身請けされているようなものか。未だにディル君に出勤時間全部買い占められて、他のお客を取ることができないのだから。

「ところでリナ、用事って?」

「ちょっと買い物にね……」

 リナはいつもの太刀を抱えずにいて、ひもを通して腰からるしていた。それ以外にも珍しく、布こしらえの鞄をたずさえている。

「店から『探していたものが見つかった』、って連絡が来たから取りにね。ついでに時間があれば、ちょっと店回ってくるわ」

「やっぱり……もう行くんだ」

「うん。そのつもり」

 私の言葉を、リナは否定しなかった。

「今すぐ、ってわけじゃないけど……ね」

「そっか。さびしくなるな……」

 出会いと別れなんて、今までもあったのに。それでもまだ、いちいち喜んだり悲しんだりを繰り返してしまう。

 本当、私は弱いな……

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