010 娼館護衛の背景(前編)

 水着でディル君を徹底的に洗ってやった翌日、仕事でも入ったのか彼は来なかった。

「……え、風邪引いた?」

「そうですよ。あの男は本当に……」

「まあ、いいんじゃない。人間休養も必要だって」

 毎朝の日課である稽古。短槍片手にリナに立ち向かったはいいが、逆に自らの弱さを実感している時だった。少し離れた所で立っていた勇者の仲間である教会騎士のジャンヌ・クェーサーから勇者様の状態を聞かされたのは。

「人がせっかく身体洗ってやったってのに……」

「身体?」

「勇者様、あまり身体を洗わないんだって」

 あ、ジャンヌがうなずいている。やっぱり冒険中もああなのか。男ってみんなそうなのかな……

「……それじゃないの? 体調崩したの」

「え?」

「どういうことですか?」

 疑問符を浮かべる私達に、リナは太刀を片手に説明し出した。

「あまりないけどね。人間って環境がいきなり変わるだけで簡単に体調を崩すこともあるんだって。だから普段汚れている人間が、いきなり身体を綺麗きれいにしちゃうと……」

「あ~……そう言えば昔、孤児院に浮浪児が入った時も、身体洗ってすぐに体調を崩していたことがあったっけ?」

「要するに環境の変化に免疫力が変動して、体調を崩したということですか……」

 いきなり身体を洗うのもしか、今度から加減しよ。

 ……てか、

「……そう言えばジャンヌ、なんでいるの?」

「そこの方に用がありまして」

 そう言ったっきり、ジャンヌはリナの方を見ていた。というかにらんでいた。

 しかし、さやおさめたままの太刀を肩に担ぎながら、リナは気にすることなく立ち休んでいる。『太刀と立ち』のギャグじゃないので悪しからず。

「で、用事って?」

「私とも立ち会ってください」

 しつこいようだがギャグではないので悪しからず。

 しかし、この前やりあったことで火がいたのかな? またリナに挑むなんて。

 でも……

「え~……面倒臭めんどい」

 言うと思った、この女。

「前回がまぐれだとでも言うんですか?」

「言う」

 ……は?

 私とジャンヌは、一瞬言葉をなくしてしまった。実力は上のはずのリナが、あっさりと『マグレ勝ち』宣言したのだから、何かの罠かとも思ってしまう。

「というよりも、前回そっちが感情的になってたから、あっさりさばけただけなんだけどね……」

「そうだったの?」

 その時勇者様を呼びに行っていたからいなかったけど、でもそうすると……あれ、単にジャンヌが精神的に弱いだけ?

「それはそれで……」

 おや、同じ結論に至ったらしい。人間精神的に弱いと駄目ね。

「では、実力的には……?」

「剣の腕、だけなら互角かな?」

 あごに指を当てつつ、空を眺めながらリナが答えてきた。

「体格や経験はともかく、技量はそこまで差があるように思えないんだよね~」

「しかし、戦闘とは技量だけではないのですから……」

 よく分からん。

 戦闘職二人の話についていけない一般人の私は、旦那の形見の短槍からちびちびこびりついた土を落とす作業でもするかと大人しく見ていると、リナはいきなり身をひるがえして、いつも座っている椅子の下から何かを取り出していた。

 ……木剣?

「いつも太刀こればっかじゃ加減できないからね~暇潰しに作った」

 堂々と仕事をサボるな。

 まあ、いつもディル君と文字通り寝ている私が言えた義理じゃないけど。

「最近ミーシャもちょっとは腕を上げてきたし、木剣なら太刀これよりかは怪我も小さくて済むしね~」

 椅子の上にいつも抱えている太刀を置くと、リナは木剣を二本持って近寄り、一本をジャンヌに投げ渡した。

 というか二本て、どんだけ暇なのよ。

「しつこいのも面倒臭めんどいし……一回だけ、それ以降は有料ね」

「分かりました。……お願いします」

 片手でぶらげたままのリナに対し、ジャンヌは木剣を正眼に構えて向き合った。




 そして模擬戦が始まったのだが、ハッキリ言おう。以前、この二人に対して『怠け者と真面目で相性最悪』と思っていたが、その性格は剣にも出ていた。

「ぃいやあっ!」

「……ひゅっ!」

 多分だけど、一撃の重さに関してはジャンヌの方が上だと思う。

 普段から真面目に鍛錬している為か、身体が一本の芯と化し、一撃一撃を丁寧に放っている。しかし、その攻撃が当たることはない。

「っとぉ!」

「のぉっ!」

 リナはジャンヌの攻撃をのらりくらりとかわしているのだ。ジャンヌが固い芯なら、リナは逆にどこまでも柔らかい布だ。攻撃をかわすか勢いに乗る前に叩いてらすかしかしていない。

 いや、一瞬それしかできないのかとも思ってしまっが、

「ひゃっ!?」

 思わず声が出てしまった。今の一撃は、それだけ鋭かったのだ。

 多分返し技の類だと思うけど、リナはジャンヌの攻撃を払った瞬間、一気に踏み込んで横薙よこなぎに木剣を返していた。片手で放ったから威力は低いだろうけど、速度が違い過ぎる。一瞬でも後方に下がるのが遅れていたら、おそらくジャンヌは斬られていたに違いない。

「……ほら、技量的には似たようなもんじゃん」

「そのようですね……」

 正直、戦い方が違うこと以外、私にはさっぱり分からない。

 何回か、リナにわりかし本気めで寸止めの攻撃を打たれたことはあるけれど、多分その時よりも本気を出している。はっきり言って怖いって。模擬戦とはいえ戦闘職のガチバトルなんて。

「しっかし……」

 いまだに構えるジャンヌに向けて、リナは木剣を肩に担ぎながら口を開いた。

「ワタシも大概たいがい柔らすぎる方だけどさ……あんたも固すぎない?」

「それが私なので……今更変えるつもりもありません」

 気配が変わる。私でも分かる。ジャンヌは本気の一撃を放とうとしている。

 私でも気づいたのだ。リナも感じ取ったのだろう、木剣はぶらげたままだけど、体勢が今までと明らかに違う。普段だらけている癖に、珍しく本気マジになってるし。

「これで最後です。……いざ」

「はいよ~」

 最後まで態度が真逆な二人、しかし、その一撃の威力はおそらく……拮抗きっこうしている。

「……ぃいいいやあああぁぁ!」

 一瞬、ジャンヌの持っている木剣が真剣に見えてしまった。

 いや、本当に輝いているって!? これってもしかして魔法!?

「【疑似ソズデ】・【聖剣クトゥアルキリク】――【斬撃アティマディス】!」

 魔法【疑似聖剣・斬撃】

 要するに、『疑似』的に『聖剣』を魔法だの魔力だので生成して『斬撃』をぶっ放すという、娼館裏で放つこと自体が間違っている斬撃系神聖属性魔法の大技だ、って何考えてんのジャンヌ!?

 そういうのは魔族とかに放ってよ目の前にいるのはただのぐうたら娼館護衛!

「ふぅ……」

 しかし、リナは構うことなく木剣を両手・・で構えた。一応、太刀を構えている時は両手であつかっていたが、ふと思ったことがある。

「……ふっ!」

 ……音はなかった。

 ジャンヌの放った魔法【疑似聖剣・斬撃】を紙一重でかわしたリナは、右手で握った木剣の柄頭つかがしらを左てのひらで押した形で、首の皮一枚をかする程の際どい突きを放ったまま、動きを止めていた。

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