009 新装開店、娼館『パサク』へようこそ

 この手の格好をすると、無性にやりたいことがある。

「……泳ぎたい」

 実は国の近くに湖があり、孤児院にいた頃はよく連れていかれていた。小国とはいえ国が近いこともあり、周囲に魔物や盗賊の手合いが存在しない。かつ国の外なので勝手に遊んでも税金が発生しないからただで娯楽提供できる、という理由もあったが。

 ……ちなみにこれは内緒だけど、国外に出るには税金が掛かることを、孤児院を出てから初めて知った。当時の私達は多分、院長に連れられて不法に入出国していたんだと思う。

 だから同期が強盗やらかした時も、同じ道順でこの国から脱出したんだと今なら分かる。

「なんて、言ってる場合じゃないか」

 そう、今の私は水着を着ていた。

 ビキニだけどよくある三角デザインで色は黒。紐だけどセクシーさよりも汎用はんよう性優先で購入されたに違いない。だってフリーサイズだし。

「デザインもシンプルだし……買い置きじゃないわよね?」

 確か私が働く前にも似たようなイベントがあったって、リナに聞いたことがあるのよね。

 その時はシースルーだったらしいけど、他に用意していた残りってことも考えられるし。

「……さて、行きますか」

 今日は水着でお風呂だ。




 そもそもの始まりは、娼館『パサク』に新施設ができたことだった。

 小国で商売敵が少ないとはいえ、一介の娼館にそんな金があるのかと言いたいところだが、それを可能にした人物が一人いる。

 そう、この国『ペリ』の勇者ことディル・コンチクショウ・ステーシアだ…………訂正、コンチクショウはいらない。そもそもミドルネームをつけるのは爵位しゃくいとしてだ。『コンチクショウ』なんて爵位しゃくいを持つ貴族がいてたまるか。

 まあとにかくあの野郎、また仕事で稼いできたらしくて、向こう半年の予約を全部おさえやがったのだ。しかも娼館の経営上の問題で半年間しか予約できないだけなので、資金源に関しては健在らしい。下手したら一年位働かなくても生きていけるとか。勇者って、そんなに儲かるのだろうか?

 ……話を戻そう。

 そんなわけで資金をたっぷり手に入れた娼館がそれを元に娼館を改装……する前に休業対策で先に増築した施設で、今日から働くことになったのだ。いや休ませろ、と言いたくなるが残念なことに、娼婦は歩合制だ。働かないと食べていけない。

 そして新しい仕事部屋をあてがわれた私達娼婦は、新たな環境に一喜一憂いっきいちゆうしつつ仕事に取り掛かった。




「……うん、後はお湯が溜まるのを待つだけ」

 そう、新しい仕事場は部屋の半分を広い浴場にして、もう半分をベッドと着替え置き場にしたのだ。普段なら相手がよっぼと汚い時や希望がない限りは共同浴場(シャワーだけ)を使わず、タオルとかで身体を拭くくらいだったが、これからは風呂にかる機会も増えるので汗臭さを感じることも少なくなるだろう。

(ソープランド? なにそれ新しい娯楽施設?)

「でも……うまくいくかな?」

 この手の部屋を持つ娼館は他国に結構ある。ただ、この国では初のこころみなので、上手くいくかどうかは分からない。必然的に、指導できる人間を探す必要が出てくるが、その心配はなかった。

「そもそも、この国で指導できる人間がリナしかいない、ってどういうこと?」

 そう、我らが娼館護衛ことリナ・コモンズが、昔似たようなことをやったことがあるらしく、暫定ざんてい的に指導役も担うことになったのだ。ただ本人も独学だったので、さすがに性的技術テクニックは無理だが、仕事場の使用上の危険性(足を滑らせやすいとか)やお客にさせてはいけない動作等を教わることはできた。

 館長も継続して指導できる人間を探す手筈てはずになっているとはいえ、最初の内はあまり使わなくてもいいと許可は出ている。

「でも、せっかくだしゆっくりかりたいな……」

 まあ、慣れない内はいいだろう、とディル君が来るのを待ちながらベッドの上に寝転がることにした。

 ……あ、お湯止めないと。



 そしてやってきた勇者様を迎え入れたんだけど、

「ミーシャさ~ん!」

「きゃあっ!?」

 ……え、き声がわざとらしい?

 そりゃ何度も抱き着かれてたらさすがに慣れるけど、これは素。慣れても声は出ちゃうって。

 しかもこの勇者様、わざと私をかせている気もするが、今はお客様だ。されるがままになっていよう。というか、たとえ演技でも気づかないんじゃないかな?

「んっ! んぅむ……!」

「ちゅ、んん……」

 しかし男とは、普段の変化に気づくのが遅いというか、目の前のエサにあっさり喰いついていくというか。私が水着姿なのにも構わず、あっさり抱き着いてベッドの上にダイブ、そのままディープキスというかベロチュウタイムだ。違いは舌を絡めているかどうかである。これは実践テストに出るので赤線引いとくように。

 ……ってどこに?

「ぷぁっ! ……あれ、ミーシャさん、今日は水着ですか?」

「ん~……そんなとこ」

 今頃気づいたの?

「ちょっと設備が新しくなったから、イベントでね」

 そう言って(元凶に)浴場部分を指差して見せた。

「わぁ~お風呂だ……」

「うん、湯船はちょっと狭いけどね」

 とはいえ、『魔法導具』を用いた水道がないとんでくるのも一苦労な広さだ。人間二人入ってしまえば湯船のお湯なんてあっさり半分以下になってしまうだろう。

「もうお湯も溜まってるし、勇者様、一回身体洗ってからかる?」

「うん、ミーシャさんも一緒に」

 いや、私は一人でゆっくり入る派だ。孤児院にいた時も大人数用の巨大湯船に一人で入る為、一番風呂か最後にしか入らなかったくらいだ……なんて言おうとも、今は接客中。

 はあ、仕方ない。

「じゃあまず、服を脱ぎま……くん」

 ディル君の服をぐ度に妙な臭いが……まさか。

「そう言えば勇者様って、お風呂とかよく入るの?」

 『魔法導具』を用いた水道というのは、結構な贅沢ぜいたく品だ。特に水源が近くにないと、そこまで導具を張り巡らせなければならず、その分予算がかさんでしまう。

 この辺りだと住宅街の中心とか、大きな施設とか、ちょっと値が張る以上のお高い宿屋じゃないとお目にかかることはない。

 金持ち? そんなもんとっくにお隣の『デステクレイェン』に移住か亡命しているに決まっているじゃん。基本的にお金ないもん、この国。

 ……あれ、じゃあこの国、どうやってディル君に給料払ってるの?

 そんな疑問がぎる中、素っ裸になったディル君は後ろ頭をきながら答え出した。

「いや……」

 歯切れの悪い回答、まさか……

「野宿とかが多いから、水浴びはするけど汗を拭くだけで他は何も」

「石鹸使えっ!」

 えんがちょ、えんがちょ!

 今までまさぐられていた私の身体も汚れた気分になる。というか衛生面に気をつけろ、下手したら死ぬっての!

「さあ勇者様そこの椅子に座ってちょうだい。今から身体を洗いましょうこうなったら徹底的に洗ってやる!」

「え、あれ、ミーシャさん? もしかして怒ってます!?」

 当たり前だこちとら女だ汚いのは嫌!

「どうせ一晩だし、今日は徹底的に洗ってやるわよ勇者様このやろう」

「やっぱり怒ったたたた……!?」

 髪がかなり傷んでる。備え付けのシャンプー安物だけど、何とかなるかな?

「め、めがっ、めがしみるっ!?」

子供ガキじゃあるまいし、シャンプーハットなんて期待しないように!」

 というか、金持ってるくせに衛生面気にしないとか、ふざけてるとしか思えないっての。私達娼婦でも娼館から無理やり経費出させてるってのに。

「今日は身体洗うまでお預け!」

「そんなぁ~」

 涙目のディル君の頭を強引に洗い落とすと、私はボディースポンジを手に取った。

「さあ、背中を流してあげるわよ~」

「ミーシャさん、声が乾いてる……」

 若干ディル君にトラウマを植え付けながらも、身体を洗う手は止めなかった。

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