007 勇者に降りかかる厄介事
しかし私は忘れていた。
ここにいるのが勇者様ご一行である以上、厄介ごとに巻き込まれる可能性があったことを。
バンッ!
「ここに『ペリ』の勇者はいるか!?」
「むぐっ!?」
突然の出来事に、私は思わず
男性陣が意識を店の入り口に向ける中、私は先程の『ペリの勇者』という言葉の意味を無意識に考えてしまう。
大陸世界『アクシリンシ』。円形に
その中心より東南の方角、大陸を巨大な円形とするならば、丁度半径の半分に当たる地点から東に位置するのが、私達の住む小国『ペリ』である。つまり『ペリの勇者』とは、小国『ペリ』が認め、保有している勇者のことであり、当代の勇者様であるディル君がそれに該当している。
その為、私が取りうる選択肢はこれだけだ。
「……勇者様、ゴー」
「いやミーシャさん、明らかに面倒事なんだけど!?」
もちろん分かっている。これでも死んだ旦那は元勇者だ。
だからこそ分かるのだ。面倒事は巻き込まれる前に離れて、第三者として楽しまなければ!
「どちらにしても危険なので、ミーシャさんは私から離れないで下さい」
「え、何が?」
「すっとぼけても無駄です。孤児院の教えがさっきの他にもあれば、絶対に『他人の振りして逃げる』的なことも混じっているはずですから」
いい勘してる、この人。
「とりあえず、女性陣は下がってな」
「さてさて……どうなることやら」
それでも一応、私を守ろうとしてくれているのか、男性陣はジャンヌを残して、三人並んで声のした方へと向かっていく。
言葉のインパクトに気を持っていかれていたが、よくよく見てみると、店に入ってきたのは一人だけではなかった。
中心にいるやたら金ぴかなのが大将なのだろう、部下に下がるよう命じると、自分一人が前に出てきて、ディル君達の前に向かい立った。金髪のストレートを首辺りでまとめている美女だが、身体の方は金ぴかな武装(槍と盾と鎧、全部金ぴか)の上に旅装用だろう、白の外套を羽織っている。だが(金ぴか以外で)目を引くのは、外套の上、胸辺りに留められている
たしかあれは……
「私は公国騎士団第3大隊2番中隊副隊長にして『ペリ』の隣国『デステクレイェン』の勇者、アンジェ・デュク・ディケンズだ」
長い長い。
要するに騎士団を最低三つに分けた中にある三番目の大隊を更に分けた中隊の二番目で副隊長をやっている人ってことでしょう? 別国の話なんだから、『デステクレイェン』の勇者だけで名乗るには十分でしょうに。
まあ、向こうにとっては単なる称号というか、
「私の目の前に出てきたということは、『ペリ』の勇者か?」
「えっと……」
あ、フィンさんに
「……『ペリ』の勇者、ディル・ステーシアです。横にいるのは、どちらも僕の仲間です」
よしよし、いくら見かけで分かるといっても、簡単に情報をしゃべらないのは高評価ね。目的が分からない以上、下手に相手に教えるとこちらが不利になってしまうから。
……いや、単に口下手なだけかもしれない。これだから
「……え、『ステーシア』?」
あれ、何か驚いているみたいだけど、人違い?
それともディル君の家名って有名だっけ?
勇者に選ばれたディル君以外に、ステーシアって家名を持つ人間の話なんて聞いたことないけれど……
「『ロッカ』じゃ、『ジョセフ・ロッカ』じゃないのか!?」
それ私の旦那!
……そうだ、さっきも思い出していたじゃない。私の旦那も勇者だった。いくら数ヶ月以上
えっと、私の家名を知っているのは確かカリスさんとジャンヌだけで、ディル君やフィンさんは知らないはず……と考えていたら、ジャンヌがこっそり顔を近づけてきた。
「……もしかしてお知り合いですか?」
「知らない。旦那の知り合いだとしても、あんな金ぴかだったら絶対に忘れない」
一瞬生前の浮気も疑ったが、そもそもあんな格好した女だったらすぐに気づく。私はそこまで抜けてない!
「あー、発言しても?」
「……あなたは?」
「勇者ディルの旅の仲間で、カリス・ルヴェットという魔導士です」
さすが魔導士、一応礼儀を
「先程申し上げられた『ジョセフ・ロッカ』はたしかに我が国『ペリ』の勇者でしたが、数ヶ月前に
「そうだったのか……」
そして続く発言に備え、私は軽く身構えた。
いやだって、どんな理由で旦那に会いに来たのか分からないのに。ついでにいえば、私が旦那の
旦那に悪さする度胸はなかったから大丈夫だと思うけど……くそう、戦力が四人じゃ不安だ。
せめてリナ! 今どこにいるの!?
「ぇくちっ! 風邪引いたかな……ああ、今日も暇だ」
……あ、そういえば今日も
展開が読めずに身構える中、金ぴか騎士ことアンジェとやらは少し重たげに口を開いた。
「では誰か、ジョセフ・ロッカの身元が分かる者に心当たりはないか?」
「身元?」
なんでまた、旦那も孤児のはずだけど……あ、そう言えば、と私はジャンヌにこっそり耳打ち。
「ねぇ、ジャンヌ。
「いえ、そういえば同じ『ロッカ』の孤児院出身なのですか?」
「そんなとこ。ついでに言えば私もそこ出身」
ここで一つ豆知識。
孤児院の出身者は後見人がつかない限りは大抵、その孤児院の代表の家名を名乗ることが多い。孤児院経営者の義務として、一定以上の年齢を重ねた者の後見人として社会に送り出さなければならないからだ。しかし後見人としては最低限の義務しかなく、法的な手続きの保証人以外、卒業した人間を保護する義務がない。そのくせ経営者は国からの援助としてかなりの金額を受け取っているのだ。幼少時、同期数人(旦那除く)とこっそりくすねようとして、手を出す直前で現物を目にしたのだから間違いない。例え説教されようとも忘れるものか。だって思い切り
……話がそれたけど、つまり他の後見人を見つけたり、適当な偽名を
何故かって? ばれたら絶対
「私が知り合い呼んでくる振りして、伝声魔法か何かで
まあ、面倒事には違いないけども、後々のことを考えれば対応できずとも事情を把握するくらいはできるかな、と。後はただの好奇心。
「ふむ……ちょっと待って下さい」
そしてジャンヌは私から離れて、カリスさんと軽く話してから金ぴか騎士に声を掛けた。ちなみに他二人にも聞こえないよう配慮した上で。
いやぁ、できる女だな。ジャンヌは。
「すみません、そこのミーシャさんが務める出版社の同僚に、同じ『ロッカ』の方がいらっしゃるとのことですので、こちらに来て頂くか伝声魔法にての会談、という形で対応してもよろしいでしょうか?」
「私は一向に構わん!」
こっちは一向に構う!
等と言っている暇もなく、ジャンヌとカリスさんに連れられた私は一度店を後にしたのだった。まあその後、適当な路地裏にジャンヌと一緒に置いて行かれたのだが。
いくら適当な隠れ場所がなかったからって、
「……あれ、ミーシャさんはぶっ!?」
「はいややこしくなりそうだから静かに~」
一方、余計なことを言いそうになっていたディル君を、微妙に事情を察したフィンさんが口止めしてくれたことに関して、私が気付くことはあるのだろうか。
どちらにしても別の話である。
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