006 娼婦の休日

 結局、ディル君の武勇伝を聞いたのはジャンヌと一緒に帰った後、二人が早朝から向かったお仕事の次に、娼館に来た時だった。

 今回は街の近くまで来たワイバーンという、腕の代わりに翼が生えた二足歩行のドラゴンもどきらしい。頭は似ているけど、ドラゴンの仲間かは知らない。

「伝承では別物だけど、大別するとドラゴンの仲間には該当するわね。一応」

「そうなんですか?」

「どっちにしても傍迷惑はためいわくなのは違わないけどね」

 等と夢も希望も捨てた様な発言をしてくれる女性は、私が記事を持ち込む出版社の編集長様である。名前はイレーネ・シーゲル。丁稚でっちからの叩き上げで現在の地位についている女傑じょけつだ。

 ジャンヌの知り合いだというが、何処で知り合ったのか未だに分からない。ただ『胸の話』と『結婚話』だけはするな、と強く警告を受けているが。

「……うん、悪くない。もう少し大袈裟おおげさに書いてもいいわよ」

「それだと、風評デマになるんじゃ……」

「それは程度にもよるわよ。でも全員が正しく理解するとも限らないわ」

 イレーネさんは私の原稿を部下に渡してから、再度向き合ってきた。

「だからあえて大袈裟に書くことで、少しでも理解してくれる人を増やす努力も必要なのよ。特に新聞や雑誌なんて、正誤を問わず相手に伝えられなければ意味ないでしょう?」

「言わんとしていることは分かりますけれど……」

 それでも私の気持ちが分かるのか、イレーネさんはタイトスカートに覆われた足を組み直してから話を続けた。

「嫌なら表現力を上げることね。どんな情報だろうと、正確かつ迅速にいろんな相手に伝えられるようになれるかどうか、それが記者の醍醐味だいごみよ」

 そして突き出される原稿。

「はい、あなたの分」

 他人の記事や作家の原稿等、人の書いた話を清書するのも私の仕事だ。大したお金にはならないが、文章の書き方を学ぶいい教科書だ。

 ……惜しむらくは相手の字が汚過きたなすぎることだ。正直最初の内はイレーネさんに聞きまくっていた位だし。

「終わったらいつも通り他の誰かに預けてね。じゃあ私は行くから」

「あれ、これから取材ですか?」

国王じじい相手に接待しゅざい。過去の自慢話より現在いまの政策について話せ、ってのに……」

 後ろ頭を掻きつつ、イレーネさんはぼやきながら出版社を後にした。

 いつも思うが、仕草に気をつければ格好良い女性としてモテそうな気がするんだけどな。

「……さぁて、私もお仕事お仕事、っと」

 他の編集者達に混ざって原稿の清書作業をする私、今日は娼館もお休みです。

 一応徹夜明けなんだけど、

「♪~」

 やることがあると結構楽しめて、眠気も払えるたちだから、特に気にならなかった。例によってディル君と並んで寝る時間もあったから、とも言えるが。




 そして私の分の清書も終わり、今日はもう帰宅します。

「お疲れさまでした」

『早っ!?』

 いや、これしか仕事割り振られてないから、他にタスクを抱えている人よりも早く終わるのは当然なのでは?

 等という疑問を残しつつ、残りの休日を楽しもうと夜の街に繰り出すことにしたんだけど……つーん。

「あ、あの……」

 ……つーーん。

「えっと、ミーシャさん?」

 ……つーーーん、だ。

「お願いします。許してください。休暇を邪魔してごめんなさぁい!」

 ……もういいかな?

「ミーシャさん、もう許してあげて下さい」

「まあ、頃合いだしね……」

 たまには豪勢にいこうと、出版社の帰りに夕食をろうと小洒落こしゃれたレストランに寄ったのが間違いだった。まさかそこに勇者様ご一行がいるとは思わなかったのだ。

 それだけなら軽く挨拶して終わりだったのに、ディル君め。私を見つけた途端、椅子を持ってきて隣に座らせてくれちゃってさ。

「私の嫌いなものを教えてあげましょう。『休日出勤』と『サービス残業』と『労働基準法違反』だ!」

「『臨時ボーナス』は?」

「大好き!」

 斥候のフィンさんとハイタッチ!

 存外ノリいいな、この人。流石ディル君を娼館の沼に引きずり込んだ男。

「というわけで、今日はディル君のおごりでぱーっといこう!」

「いえーっ!」

 よーし、今日はディル君が当分娼館通いできないように、徹底的に食べるぞ!

 そう、これは青年を真っ当な道に送り返す為の、正義のおこないなのだ。けっして私利私欲でおいしいタダ飯を食べたいためじゃない!

「……でもミーシャさん。ここ、そんなに高くないですよ」

「え、そうなの?」

 ディル君以外の男性陣の一人、フィンさんと一緒に騒いでいたら、ジャンヌがそうツッコんできた。もう一人の魔導士のカリスさんは楽しげに眺めているだけだけど。

 そりゃ確かに高そうだったら、予算の都合で私も最初から来なかっただろうし。でも流石に遠慮なく食べてたらディル君の財布も……

「ああ、大丈夫ですよ。ミーシャさん」

 しかしディル君も、私の名案かんがえを否定してくる。

「この前のワイバーン素材にしたら結構な金額になったので、贅沢ぜいたくしなければ二ヶ月位寝て暮らせますよ」

うらやま死ね」

「ミーシャさん休暇中だと遠慮ないですね!?」

 そりゃそうだ。

 この男は私が身体張ってその日暮らしをしているというのに、一人贅沢しやがって。

「くそぅ、休暇中じゃなければ有料サービスオプションすすめまくって巻き上げてやるのに!」

「そこはみつがせる、とかじゃないのですね……」

「当然」

 ジャンヌからの発言に、私は不満を露わにした。

「孤児院の教え曰く、『タダで金寄越せる奴はろくなのいないから好きにさせるな。仕事のカモにするか拘束して全てむしりとれ』!」

「ちょっと出身の孤児院教えていただけませんか。そこの院長に用事ができました」

 残念、同期が犯罪に走った為に、すでに閉鎖されています。院長は女の子数人引き連れてとっくに亡命してるし。

 ……もしかして私が旦那と一緒になるまで処女だったのって、ものすごく幸運だった?

「だから仕事でむしることはあっても、プライベート迄はそこまでがっつく気になれないのよね……」

「性根の方は冒険者向きだと思うんだけどな……」

 カリスさんが呆れて肩をすくめているが、私は気にせずメニューを開いて注文を決めていった。

「ま、まあ。なんにしてもご飯にしましょう……本当に僕のおごりですか?」

「冗談だけど、流石に女性陣には出させないって。なあカリスさん」

「はいはい、男性陣の割り勘で」

 ディル君以外の面子は結構真摯しんしだな……娼館誘ったのはいるけど。

 なんにせよ、今夜は勇者様ご一行のご相伴しょうはんに預かると致しますかね、っと。

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