005 娼婦の日常
私はベッドの上に板切れを置き、上に原稿用紙を重ねると床にペタンと座り込んだ。即席机の完成である。机のない孤児院時代からよくやっていた手だ。本当貧乏って、嫌い。
娼婦標準装備の無駄に際どい下着の上に薄っぺらいナイトドレス(今日は薄紫)の格好だが、今だけは記者として働かせてもらうとしますか。特に用事もない以上、時間がもったいないので。
「はぁ……ディル君、今日も来ないのかな?」
そして私は当代の勇者様こと、予約しているくせにすっぽかした客の名前を口にする。そのまま書き終えた記事をまとめているとドンドン、と扉を叩く音がしたので振り返った。
「おっと……はぁい」
かなり夜は更けているが、寝坊助な太陽が昇ってくるにはまだ時間がある。大方、一度宿屋に戻って休んでいたら寝過ごしたが、それでも来たってところか。
「ハァイ。今日はもう来ないと」
「ミーシャさんっ!?」
いや最後まで言わせろよ。
いきなり痛烈なディープキスをかましてきた勇者様ことディル君に身体を抱きかかえられながら、娼婦ミーシャ・ロッカは今日も蜜月に身を浸すのであった。
「そして白けるのも、いつも通りってね……」
本当に疲れていたのだろう、私を抱いて一戦目でバタンと倒れてしまった。
うつ伏せにぐっすり寝るディル君の隣で、ベッドの上に膝を立てた私は、脱がされたパンツをなんとなく指に引っ掛けて回していた。こういう時、仕込みナイフとかを器用に回せれば女暗殺者みたいで格好良いのだけど、現実はそうもいかない。
夜明けまでまだ時間はある。個人的には少々物足りないという色狂い手前な思考も脳裏によぎっているけど、もう一眠りしてもいいだろう。いつものことと後片付けを未来の私に押しつけ、膝を下ろしてから一眠りすることにした。
「……お休み、勇者様」
返事がない。ただの
なんてくだらないことを考えながら、私はゆっくりと眠りに
そして時間になっても出てこない私達を館長が叩き起こすのも、通例となりつつあった。
一応お客様であるディル君は再び寝る許可が出たが、私は勤務明けという理由で追い出された。別に寝るだけだからいいかとも思ったけど、勝手に仕事されるのも困るからせめて部屋に戻れ、と言われてしまえば反論できない。というか、あの勇者様は調子に乗って絶対に手を出してくる。
まあ仕方ない、とばかりに日課である、今頃居眠りしているであろう護衛を起こしに行くと、何故か先客がいた。
「あれ、ジャンヌ……なんでリナに剣を向けているの?」
こちらも歳が近いからと、(向こうはともかく)敬語を止めているのだが、それは今は関係ない。問題なのは勇者の仲間である教会騎士のジャンヌ・クェーサーが娼館の護衛ことリナ・コモンズに剣を向けていることだ。
「あ、おはようミーシャ」
「ミーシャさんおはようございます」
「二人共おはよう……じゃなくてっ!」
まずはこの状況を説明しろ!
的な眼差しを向けていると、
「いや、急ぎだか何だか知らないけど、この人娼館に裏からこっそり入ろうとしていたから、声掛けて止めたんだけどね」
「だからと言っていきなり
要するに、正面からだと面倒だとばかりに裏から入ろうとして、リナの
「リナって、命知らずだよね……」
「そりゃ、護衛だからね~」
なんて悪戯っぽいウィンクをかましてから、リナはジャンヌの剣の刃を指で挟んで切っ先をずらし、立ち上がって軽く伸びをしていた。
「それより、例の勇者君は?」
「疲れていたのか、三度寝しちゃったわよ」
一度宿屋で一眠り、私を抱いた後二眠り、そして館長に叩き起こされてからもぐっすり……うん、三度寝だ。
「そうですか。勇者の自覚はあるのですかね、あの男は……」
「はいはいストップストップ、不法侵入だから」
剣を片手に突撃しかけるジャンヌを鞘に納めたままの太刀で
「じゃあ呼んでくるけど……二人共喧嘩しないでね?」
「
分かったこの二人、怠け者と真面目で相性最悪だわ。
微妙にリナを
大丈夫。既に旦那で経験済みだから、
そして
……ジャンヌを敷物にして。
そうだ、最近覚えた言葉を使ってみよう。
「辛勝?」
「楽勝~」
「な、なぜ……?」
未だに剣の柄を握り締めているが、ジャンヌの気力は完全に尽きていた。例え同性でも冒険者なら女の一人位、簡単に押し退けられないと生きていけないしね。
「というかリナ、いっそのこと勇者様達と冒険した方がお金になるんじゃないの?」
「ええ、
ほんと、何があったのよこの女?
もしかしたらディル君達よりも面白い話を聞けるんじゃないだろうか、なんて気にしている暇もない。
「ほらジャンヌ、勇者様連れてきたから」
「あ、ありがとうございます…………どいて下さいお願いします」
どうやら、上下関係はハッキリしたらしい。
リナは立ち上がると、申し訳程度に立てた屋根の下にある指定席にまた腰掛けだした。いや、朝食あるから立って。
「じゃあ、勇者様。また来てね」
「はいまた来ます!」
犬だ。元気な尻尾が見える。
そしてジャンヌに肩を貸したディル君は、夜明けの街へと繰り出していった。事情を知らなければ朝帰りのカップルなんだけど、悲しきかな童貞
「見た目だけはお似合いなんだけどな、あの二人……ほら、リナ行くよ」
「ええ、久々に動いたから眠い……」
「いいから立ってホラ」
実力もやる気も安定しない護衛を引き連れ、私は朝食を
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