004 娼婦ミーシャ・ロッカとは

 しかしたまたまコネがあったらしく、私はジャンヌ(呼び捨てでいいと言われたので、そうしている)の紹介で小さな出版社と契約することになった。無論、持ち込み記者なので、記事がなければ報酬にはならないが。

 その仕事は今でも続いているけれど、基本的にディル君こと勇者様のことしか書けないので、ある意味専門の記者になっているのが、微妙に納得できない。

「でも良かったじゃん。それでも希望する仕事が見つかって」

「報酬は少ないけどね。まだ数をこなせばなんとかなりそうだけど……」

 ある休日。

 私は目立たない服装と普段とは違う髪形で街中に出ていた。

 王都とはいえ小国で、大きな国の地方都市位しかないが、それでも人の営みはある。同じく休暇で代理の冒険者を(半ば強引に)見つけたリナと共に、街中のカフェでのんびりとお茶しながら、私の副業について話していた。

「この国、小国の割には識字率高いし、結構稼げそうな気もするけどね~」

「もっと国民がいれば、ね。仕事先も一応国営だしさ」

 というかこれはハッキリ言って、勇者に対しての印象操作だ。ひいては現国王の支持率向上の一環として仕事が貰えた様なものなので、その間に必要な技術やコネを得ないと、今後記者として活躍することはほぼ無理だろう。

「他にも記事のネタを用意しないとすぐ尽きそうだし……ねえ、冒険者時代の話ですごいのとかない?」

「ありきたりなので良ければ、ね」

 パフェのクリームを口に含みながら、リナはどうでもよさげに答えてきた。

 あまり聞かない方がいいのか、と私もあまり突っ込めずにいる。未だに彼女から、過去の冒険話を聞くことができていない。よっぽど嫌な思い出でもあるのだろうか。

 仕方ないので、広げていた原稿をまとめて鞄に仕舞った。

「もう行こっか」

「じゃあ、次どこ行く?」

 行先は決まっている。

「ちょっと花屋に寄っていい?」

 今日はこれから、少し寄るところがある。そのためにも花屋に寄って、花を買う必要があった。




 まあ簡潔に言えば、ただのお墓参りだ。

「……久し振り」

 髪の毛一本しか入っていない墓に価値があるのかは疑問だが、それでもお墓であることに変わりはない。

 私は墓場の入り口にリナを待たせて、花束片手に旦那の墓に来ていた。

「どうにか生きているから、しばらくそっちには逝けそうにないわね。とりあえずあんたのカミさんは貞操を捨てたままです。許してちょうだい」

 まあ、旦那がくたばったからだとか責任転嫁できそうだが、あまり死者を冒涜ぼうとくしたくはない。

 ……なにせ私の為に、勇者・・になってしまったのだから。

「本当にごめんなさい。私が知りたがったばかりに、ただの冒険者だったあなたが、勇者なんかになってしまったから……」

 そう。ある意味旦那が死んだのは、私のせいだ。

 旦那と結婚したばかりに、ただの孤児だった私に身分不相応な欲が出てしまったからだ。

 様々なことを知りたい。孤児だった時に拾った雑誌が読めず、それが嫌で勉強した時から。私は『知りたい』という欲求から逃れられずにいる。

「……だからせめて、これだけは知ってくる。『勇者』は必要だったのかどうか」

 勇者なんてものは本当に必要なのか。

 それこそ軍隊を、いや世界中の国が一丸となればなんとかなるのではないのか。わざわざ勇者なんて貧乏くじを用意する必要なんてあるのか。私はそれが知りたい。

 だから未だに、記者という仕事になる夢をあきらめられずにいる。それどころか少し叶えてしまった。

 ……しかし、かえって好都合だろう。国営の出版社と契約し、娼婦としても今代の・・・勇者を客に取っている。

 何故勇者が求められるのか、私はそれを知りたい……

「それを知ってから、必ずあなたの元に逝くわ。それが、せめてもの償いだと思うから……」

 ……とか格好つけているけど、結局は自分が知りたいだけだ。

「自分勝手なお嫁さんでごめんね。……じゃ、また来るから」

 そして私は旦那の墓に背を向けた。

 別に幽霊だの死後の世界だのを信じているわけじゃない。結局は私の気持ちを整理しているだけだ。

 それでも私には、前に進む為に必要だった。それだけ。

 再婚の目もないし、この生活を続けて幕を迎えるのが、きっと、私の人生の結末なのだろう。




「その魔物は魔法でないと倒せない筈なのに、何故か倒せなかった。その理由を探る為に、僕は剣を構えて牽制けんせいしながら、仲間の魔導士さんの解析を待ったんだ」

「へえ、すごいわね……」

 今日も夜の仕事をこなす中、私はディル君とベッドの上で寝そべりながら、彼の冒険話に耳を傾けていた。その間私の胸がおもちゃになっていたが、特に気にしていない。

 別に不感症ではない。単調過ぎて慣れただけだ。

「その後身体と命が別に存在すると分かって、そっちを魔法で倒さないと駄目だと分かったから、教会騎士さんと二人で身体を抑えている内に、魔導士さんが魔物を倒したんだよ。面白かった?」

「まあ、それなりに……」

 勇者としての話なら中々だけど、魔物の話としては結構ありきたりだったりする。三日程顔を出さなかったと思えば、少し遠出して魔物退治にはげんでいたらしい。

 まあ、帰って来てすぐにここを紹介した男性、斥候せっこうのフィン・ランドリッチと一緒に娼館ここに来たのには呆れてしまったが。

「それで、ゆっくり休めた?」

「うん、ミーシャさんの身体で癒されたよ……」

(私、別に癒しの聖女とかそんなんじゃないんだけどな……)

 偶に聖女が癒しの奇跡を授けるなんて噂があるけど、あれただの魔法だって。前に出版社で聞いた時はさすがに落胆らくたんしたわ。

 ……話がれちゃったわね。

「じゃあ、次はこちらも……ね」

「あっ!?」

 互いが身体をむさぼい、相手を情欲じょうよくおぼれさせる、それだけが私の仕事だった。




 だからたまに、むなしく感じてしまう。

 人並みに結婚生活を送って、真っ当に人生を終えるものと思っていたのに、待っていたのは娼婦としての生活。

 どこで間違ったのだろう?

 努力する時間が惜しいばかりに、すぐに生活費が稼げる娼婦になったこと?

 勇者と言う存在に興味を持ち、冒険者だった旦那に好奇心をぶつけたこと?

 それとも……身寄りも何もない孤児が、この世界で生きようと足掻あがいたこと?




「ねぇ……」

「どうしたの、ミーシャさん?」

 ベッドの上に並んで寝転んでいた私達。

 情事の後始末もしないまま、服を着ずにシーツをかぶっての情後の会話ピロートーク。いつもは彼から話題を振られているけれど、今日は気まぐれに、私から振ってみた。

「偶には別の女を抱きたい、とか思わないの?」

 ジャンヌ達には悪いけど、ちょっとは不思議に思っといた方が変な不信感も抱かれないでしょう?

 ……と、適当に言い訳してみたり。

「うぅん……実は、ミーシャさんの指名じかんを買い占める時にも言われたんだけど」

 頬をポリポリと掻いているのが見なくても分かるくらいに、付き合いが長くなってしまったと思う。私は気にせず、続きを待った。

「……結局駄目だった。ミーシャさんの身体が、偶に見せる悲しそうな瞳が忘れられなくて、選べなかった」

 悲しそうな瞳、って……やっぱりまだ、引きってるのかな。

「こんなこと言うのも駄目だと思うけど……娼婦に入れ込んでも、いいことないわよ?」

「別にいいよ。勇者といってもさ、そんなに出会いがモテないんだよね」

 まあ、ジャンヌもディル君にそんな感情を向けてないかもしれないけど、娼館通いを止めればまだ、好印象になると思うんだけどな……

「だから今は……」

 仰向あおむけになると、それに合わせてディル君が私に覆い被さってきた。

「……ミーシャさんに傍にいて欲しいんだ」

「まったく……」

 呆れてものも言えない。これだから童貞力の高い奴は……

「……商売抜きでの忠告、『娼婦は身体しか買えない』わよ?」

「うん、だから『練習』も『本番』も、ミーシャさんだけがいいな、って」

 はあ……しょうがないか。

「じゃあ、きちんと代金を払ってくれる限り」

 あまり情欲の湧かない、唇だけの重なり合い。一応は娼婦の仕事の範疇はんちゅうだが、偶にはこういう優しいのも、例えば旦那にしてあげるようなキスも悪くない。

「『身体』だけはあなたの女になってあげる」

「今はまだ、それでいい、かな……」

 独占欲が強く、娼婦に大金をつぎ込んでしまう、童貞力の高い勇者様の情欲を受け入れていく。

 未だに死んだ旦那に未練を持っているけれど、それでも私は娼婦だ。生きる為だ。身体はいくらでも売り払ってやる。だから、




 だから……『心』まで買おうとしないで。お願いだから。

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