003 副業と人間関係

「あ~疲れた……」

 ディル君が帰った後、私は短槍を持ち、地味な装いに着替えてから娼館の庭に出た。あのビキニアーマーはもう二度と着ない。レオタード部分が完全に穴だらけだってのもあるけど。さすがにプレイでもあれはないわ。半分『くっころ』ごっこだったし。

 短槍片手に出てきた私は、裏口近くに作られた掘っ立て小屋に近づいていく。小屋といっても、申し訳程度に立てた屋根の下に椅子を置いただけだが。

 そこには一人の少女がいた。

 染料で染めた金髪を持ち、暗めの生地に派手な模様という矛盾した着流しで身を包んだ彼女は、鞘に納めた太刀を抱えて眠っていた。椅子の上にもかかわらず、無駄に器用なことで。

「……ぁあああ」

 そして私が近づくと彼女、リナ・コモンズは盛大に欠伸をかましてから立ち上がった。

「おはよう、リナ」

「おふぁよぉ~ミーシャ」

 歳も近いから、と私達は友達になった。

 出会い? 朝食の呼び出しで来た時に話が合っただけよ。他の娼婦とも話はしていたみたいだけど、あまり馬は合わないからって、いつの間にか私の朝の日課にされちゃったわ。

「じゃあ始めますかね……ぁぁ」

 軽く欠伸をかましてから、リナは鞘に納めたままの太刀を構えてきた。私も短槍を構えて、刃を彼女に向ける。最初は向けるのもどうかと思っていたが、それは初めての一撃で認識を改めさせられた。

「あたっ!?」

「はい、遅~い」

 私は叩かれた手の甲をさすってから、再び短槍を構え直した。

 元々、戦う力を欲しているわけではない。だが武器がある以上、自衛の手段として持つべきだと考えていた。それを話した途端、リナとこうやって訓練をする運びになったのだ。

「はいここまで、っと」

「あたた……」

 短槍を一度置き、私はリナが座っていた椅子に腰掛けて一息ついた。

 リナは『訓練替わり』としょうして稽古けいこをつけてくれるけれど、向こうは本気じゃない。なにせ実力差がありすぎるのだ。私相手じゃ猫とじゃれつく程度の労力しか感じていないに違いない。

「しっかしその短槍、旦那の形見なんでしょう。捨てようとは思わなかったの?」

「なんとなく、捨てる気になれなくてね……」

 笑いたくば笑え。

 おまけに武器類は高額な癖に、中古の買い取り額が異様に安いのが現状だ。魔法武器ならまだしも、ただの短槍では大した価値がない。

 だったら使いつぶすしかないではないか。

「その割には、槍の価値を理解していないみたいだけどね」

「……え?」

 リナが持っていた太刀と私の短槍を持ち替えると、なにやら持ち手の部分をいじり出した。軽くひねったように見えた後、その短槍は姿を変えた。

「え、そんなのあったの?」

「少し前の流行りだけどね」

 聞けば、形状を変える機構を持つ武器が一時期流行っていたらしい。大半は頑強さを対価に取り付けているので実用性に欠けるが、形見の短槍、縦に伸びて変形した長槍はシンプルゆえに、一定の頑強さも備えているのだとか。

「状況に応じての長短変更。長槍は熟練じゅくれんの使い手ならまず防御せずに受け流すかかわす。短槍は機構を全て仕舞うからかえって防御が増す。大事に使えば結構いいものじゃん」

「さすが護衛、詳しいわね」

「たまたま、ね……」

 長槍を短槍に戻して私に返してから、リナは再び太刀を手に持った。

「じゃあ、朝食にしよっか」

 勤務明けに二人で朝食をり、それぞれ眠りにく。

 それが私達の、最近の日課だった。




 彼が、ディル君が勇者だと分かったのは、勇者の仲間が娼館に来たからだ。無論、最初に彼を誘った男性とは別の、だ。そもそも彼と一緒に来て以来、数回しか顔を見ていない。

 だから勤務明けに寝ている中、いきなり訪問されただけでも驚きなのに、その相手からディル君が勇者だと聞かされた時には流石に目が覚めた。というか私の頭の中を浮遊していた睡魔が殺された。

淫魔サキュバスとは全然違う。一応魔力は感じるけど、魅了チャームの魔法が使えるようには見えない」

「いやいや、そんな希少技能レアスキルあったらそれでご飯食べて行きますよ」

「それは確かに。勇者より王族口説くどいた方が将来安泰あんたいだしね」

 娼館内にある接待室。

 私の魔法を鑑定した男性から結果を聞き、部屋の端にいた女性が声を掛けてきた。

「じゃあ、なんで彼が娼館通いしているのですか?」

「少なくとも、洗脳の類ではないかな」

 魔導士の男性、カリス・ルヴェットは肩を竦めて騎士の女性、ジャンヌ・クェーサーに応えた。

 その状況を魔導士さんの向かいに座る私はどうしたものかと悩んでいたが、それでは話が進まないので、一先ず手を上げた。

「一つ心当たりがあるのですが……その前に聞いてもいいですか?」

「何ですか? 心当たりがあるなら早く言って下さい!」

 騎士さんの勢いに押されてしまいそうになる。

 でも格好からみて、退魔魔法を習得した教会騎士の類だろう。実力は知らないけれど、大抵は修道女からの志願なので、神を信仰しているだろう彼女が姦淫かんいんするとはどうも思えない。

 さて、どう話し始めたものかと視線を彷徨さまよわせて……あ、魔導士さんと目が合った。

「もしかして……ディル君の女性経験と関係が?」

「はい、彼初めてらしくて……そう言えば分かりますか?」

「分かります」「分かりません!」

 やはり経験の差か。

 しかし魔導士さん、実は経験者だったか。あ、でも童貞だから気持ちが分かるかもしれない、って可能性も。

「要するに、ディル君は初めての女性に盲目になっているだけだよ。初恋か性欲からの依存かまでは分からないけどね」

「多分両方かと。本人も『縁がない』的なことを言っていたので」

「それは最悪だ……まあ、逆に扱いやすい気もするけど」

 騎士さんは嫌悪感を浮かべているが、勘弁して欲しい。むしろ娼館だからこんな話になているのだし。

「欲望のままに姦淫かんいんする等と……」

「まあ、そう言わずに。むしろ好都合なんだし」

 そりゃ、そうなるわな。

 他の女や変な娯楽に手を出さず、私を買う為に勇者業に専念する。買うと言っても自分の金で、かつ仕事を優先した上で娼館に来ているのだ。私が彼を堕落だらくさせずに、娼婦としての役割さえ果たしていれば、誰にも文句を言われることはない。変にこじらせて余所見よそみさせない限りは。

「というわけで、できれば『仕事』をおろそかにしないで欲しいんだ。ついでに言えば、酷い振り方も避けて貰うと助かるんだけど」

「いや、仕事以上のことはしませんよ」

 無駄に疲れるのは嫌いだし。

「……そもそも、」

 騎士さんは腕を組み、私に近づいて見下ろしてきた。

「何故あなたは娼婦なんて、神への冒涜ぼうとく助長じょちょうするような仕事についているのですか?」

「元孤児で旦那が死んだから、それ以外に生きる手段がないだけです」

 あ、落ち込んだ。

 でもすぐ立ち上がってきた。メンタル強いな、さすが勇者の仲間。

「あなたは魔力があるでしょう!? 冒険者になって生活する方法もあったはずです!」

「単純に冒険者が嫌いなだけですよ……」

 それに、魔力があっても大したことはできないし。使える魔法も一つだけなのよね。

 おまけに攻撃力以外なんの役にも立たない上に、一日数回位しか使えないし。

「……あ、でもやりたいことはあるので、それで生計が立てられるようになれれば辞めるかもしれません」

「では協力します。一日でも早くそれで生計を立てられるようにしましょう」

「仕事はともかく、別に焦らなくてもいいと思うけどな……」

 魔導士さんがほおきつつ漏らした一言に、私も賛成だ。勇者とはいえ男なんだし、別に無理に娼婦から離さなくてもいいのでは? 何かに巻き込まれて殺されるよりはましだけど。

 こうして私は、娼婦のかたわらで副業をこなすことになったのだ。仕事さえきちんとしていれば、特に文句も言われないし。




「ちなみに何を?」

「記者です」

 ミーシャ・ロッカ、持ち込み記者の誕生である。まあ、宣言しただけだけど。

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