002 勇者の童貞を喰った話

「じゃあ……今日からお願い」

「あ、はい……」

 というわけで初日。

 研修では道具しか使われなかったので、実質今日が初めて、婚約者以外に股を開く日になる。

 婚約者が死んでしばらく経つからか、貞操感はあまり感じていない。多少は申し訳なく思うが、コネも力もない私にはこれしか稼ぐ手はない。すまんが草葉の陰で泣いててくれ。NTRに目覚めてもこの際眼をつむるから。

 そんなこんなで婚約者にすら(機会がなくて)見せたことのないあで姿。具体的には無駄にきわどい下着の上に薄っぺらいナイトドレス(髪より鮮やかな赤色)でお客様を迎え入れようと仕事部屋の一つで待ち構えているのだ。

「暇だ……」

 しかし、待てど暮らせど客は来ない。

 ビビリは元から来ないし、逆に女慣れしすぎているのはナンパして捕まえている、と説明されてなければ、さっさと逃げ出したくなるくらいだ。

 一応待機手当的なものは出るが、歩合制である以上身体を売らないと収入が増えない。

 最近は呼びこみもトラブルの元だからと、護衛なしでは行かせてもらえない。この娼館にもいるにはいるが、一人しかいないから人手が足りず、別途べっと雇う必要がある。

 しかもその護衛というのが曲者だった。腕の立つ女の剣士だが、娼館の護衛なんて経歴の半分くらいがごっそりと心象最悪になる仕事に、あっさりと引き受けるほど頭が軽い。昔娼婦紛いのこともしていたからというのが理由らしいが、だったら半端な腕前でいて欲しかった。『実力を比較されるのが嫌だ』、と同業者に断られる理由が増えてしまったと、この前館長がぼやいていた。

 以上より、タダじゃないので余裕のある時か切羽詰まらない限り、呼びこみはしないことになっている。おまけにこちらは新入りだ。初物ならともかく、同じ女ならベテランの手練手管てれんてくだいやされた方がいいと、ますますこちらに来ることはなくなってくるのだ。

 ドンドン、

「……あ、はぁい」

 だから油断していた。この状況でこちらに来るとは思ってもみなかったのだ。

 ノックされた扉を開けると、黒髪で短髪の男性が立っていた。小柄で一瞬女性を思わせるも、ほどよく筋肉のついた腕を上げて、手の平の木札を差し出してくる。

「はい、一晩ですね」

 木札は注文票代わりだ。木札の色で一晩かどうかを判断する。

 常連とかなら気づくかもしれないが、模様にも意味がある。客の経験値や希望、または危険度などをこっそりと伝えるために使い分けられていた。

 学はないが記憶力はわりといい方なので、手早く必要な情報を頭の中に広げて確認する。

(しかし、いきなり童貞はじめてか……)

 木札を読み取った私は、若干気が遠くなるのを感じながらも、おくびにも出さずに彼を迎え入れた。

「じゃあガンバレよ~」

 扉の向こうから響く声を聞き、なんとなくだが彼がここにいる理由に見当がついた。

 大方、常連が知り合いを連れてきたが、そいつにとっては何もかもが初めてだった、という話だろう。

 部屋に入っても、いまだに挙動不審きょどうふしんで立ったままの彼に内心で軽く頭を抱えたが、私は両ほおを叩くイメージで不安を振り払った。

「まずは軽く、お話しませんか?」

 扉を閉め、ベッドの縁に移動して腰かけてから、私は隣に座るようにシーツを軽く叩く。私はベッドの端で隣り合って腰掛けながら、雑談で彼、ディル・ステーシアの話を聞いていた。

 名前を言われ、即座に当代の勇者と同名だと気付いた。偽名で娼館に来るのは珍しくない話だから特に気にしなかったけど、さすがに名前負けしないかと思ってしまう。

 まさかご本人、とか考えてしまったが、まずあり得ない。よっぽど童貞をこじらせてない限り、報酬やら勇者特権やら、もしかしたら勇者となる前に捨てているかもしれないのだ。今更娼館に来て初々ういういしい反応をするわけがないって。

「実は……今まで単独ソロで頑張ってたんですけど、最近仲間ができまして」

「それはおめでとうございます」

 互助的な意味でも、仲間がいるのは心強い。それは冒険者であっても変わらないのだろう。

「ありがとうございます。まあ、若干強引なところはありますが……」

 それで今まで縁のなかった娼館に来たらしい。仲間の誘いに乗り、女性の柔肌やわはだに触れようと手を取って。

 ただ残念なことに、童貞だからガチガチになってしまっていた。逆に私は、特に緊張することなく初仕事に望めている。わずか一人とはいえ、非処女けいけんしゃ童貞みけいけんではその辺りで差が出てしまうから仕方がない。

「女性は初めてですか?」

「今まで、縁がなくて……」

 となると、女性との人付き合いもなさそうだな。

 いきなり最後までヤって、性根しょうねくさらなきゃいいけど……しかたない。ここはわずかでも経験のある私がお姉さんぶりつつ、乱暴にならないように誘導するのが吉だ。

「なら、まずは軽く触ってみますか?」

「……軽く?」

 説明よりも手っ取り早いからと、私は彼の手を取り、自らの肢体に触れさせる。

「ゆっくり、あまり力を入れずにお願いしますね」

「あ、は……は、はぃっ!」

 薄着だが服越しとはいえ、女の柔肌に触れていると理解してからは、かなり積極的に撫で回された。

「どう、かな……?」

 だんだん敬語が消えてくるが、別にいいだろう。客とはいえ、多分歳下だろうし。

 向こうは興奮状態で声も出ないだろうが、こちらは身体をどう隠すかを検討できるくらいには冷静だ。正直摩擦まさつでナイトドレスをダメにされるのも忍びないと、私は一度手を止めさせてから、今度は服のすそつかませる。彼に脱がせてもらうために。

「……おいで」

 無言だが、犬みたいにがっつかれた。




 若干乱暴になりかけること数回、私はどうにかディル君の童貞を卒業させることに成功した。私も肉体的に疲労が溜まっているが、それでも客商売である以上、相手が帰るまではそんな姿を見せてはいけない。

「気持ち良くなっていただけましたか、お客様?」

 互いに裸体をさらしたまま、ディル君の頭を膝の上に乗せて軽く撫でてやる。どうせ時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり付き合ってやろう。

「はい、あの……今更ですけど、お姉さんの、お名前は?」

「ミーシャです」

「ミーシャ、さん……」

 もろ本名だが、ミーシャなんて名前はありきたりだから別にいいかと、そのまま名乗っていた。孤児院出だから過去の記録も曖昧あいまいで、正直家名さえ隠しておけば、外見いじるだけで他人の振りができるのも意外な強みだったりする。

「あの……できれば気軽に話してくれませんか?」

「こんな感じ?」

「そう、その方が魅力的です」

 いや助かるわ。敬語とか、そこまで得意な方じゃないし。

「じゃあ、この感じでいかせてもらうわね」

「うん、その方が僕も安心できるし」

 僕っ子か、まあ小柄で女性的な顔立ちにはその方が似合っているわね。

「それで、どうだった?」

「気持ち、良かったです……」

 そらそうだ。でなければこちらが困る。今日からそれで飯食っていくんだから。

「それなら良かった。私も、今日が初めての仕事だったから」

「初めて……経験も?」

「実はあなたが二人目」

 内緒ね、と人差し指を唇に当てて見せた。

「旦那が死んじゃってね。生きていく為に身体を売ることにしたの。……軽蔑けいべつしたでしょ?」

「そんなことはない、けど……それしかなかったの?」

「……まあね」

 一応他の仕事も探してみたけれど、ける仕事はみんな賃金が安かった。一人で生きていくにはつらすぎる。しかも元孤児の中古女では嫁ぎ先もない。

 はっきり言って人生んでいる。

「だからお客様として、また来てくれたら嬉しいわ」

 窓から光が差し込んでくる。どうやら時間らしい。

「丁度いいわね。着替えましょうか?」

 最後だからもう少し話をしたかったのだが、服を着せている間、彼とは何も話さなかった。難しい顔をして何か考え込んでいるみたいで、ずっと上の空だったからだ。

「……あの、」

 ようやく言葉が出たのは、私もなけなしの衣服を身に着けた後だった。

「また、あなたを買ってもいいですか?」

「……え」

 何を言っているのかが、一瞬分からなかった。

「いや、娼婦だから……お金払ってくれれば、いくらでも買えるわよ」

「ああ、そっか……そうだね。うん、そうだ」

 まあ若干乱暴だが、慣れさせればいい客だ。最初のカモになってもらおう。

「だからまた、買ってくださいね」

「はい、必ず」

 良い返事だ。こっそりカモ一号と名付けよう。

「じゃあ、またね」

「はい!」

 彼を見送った後、私は泥のように眠った。

 流石に慣れない仕事だからと翌日休みをもらってからだが、その休み明けからの仕事を、私は生涯しょうがい忘れないと思う。

 なにせ、最初の客が、現状最後の客となってしまったのだから。




 その状態が数ヶ月、今でも続いている。

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