三本足のフェレット

増田朋美

三本足のフェレット

三本足のフェレット

その子は、普通にペットショップに売られていた。フェレットという、イタチの仲間の小さい動物だ。正確に言うと、アンゴラフェレットという種類になるのだが、本人はそこまでは知らないだろう。

「全くどういう訳で。」

と、その店の店主は言っていた。

「こんな売り物にならない三本足の雌のフェレットなんか、仕入れて何になるんだろうか。全く、うちの店も、不運なもんだね。」

と、店の店主は、私の顔を見て、そういうことを言った。別に私を仕入れたというわけではない。私は、この店の店主が飼っている、おかあさんから生まれただけであるのだが。と言っても、私たちは、商品なので、一匹ずつ売られていくのは当たり前なのだが、、、。すでに、私の前の兄が売られて言って、もう四年近くたっている。四年となると、フェレットにとっては、かなりの高齢という事になるのだが、そうなると、私も、もうおばあさんという事になるのだ。そうなると、ほかの子は売れていくのだが、私は全く売れていかない。まあ、仕方ないと思えと、店の店主さんたちはそう言っているのだが、理由は、私にある事は知っている。私は、右前足がなかった。おかあさんから生まれてきたときから、そうなっていた。だから、いつも腹を付けるようにして、歩いていた。私は、そういう歩き方しかできないから、店の人ばかりではなく、ほかのフェレットにも笑い物にされていた。こんな奴、絶対に、飼ってくれる家族何て見つかるはずがないぞ、と、ほかのフェレットたちはそう言っていた。

ある日、店の店主が、酒に酔って店に帰ってきた。他のフェレットたちは、おじさんまたお酒を飲んでいるな、と私たちの言葉で笑いあっていた。時々、この店の店主は、御酒癖が悪く、お酒を飲むと、時折常軌を逸した行動をとることがあった。つまるところ、私たちがあまり売れていないという事なんだろうが。

店主は、酒にべろべろによって、店に戻ってきた。そして売り台においてある私たちの檻を見つめていた。私たちは、一寸、身を潜めた。店主はこうなると何をするかわからない。店主は、私たちを、じろじろと眺めた。そして、一番端の檻に入れられている、私を見て、

「こいつ、前足が一本ねえや。」

といった。

「そうか、うちの店が売れないのは、こいつのせいだったんだな。よし、こんな奴はおいだしてしまおう!」

と、私を見つめて、檻のカギを開けて、いきなり私の背中を鷲掴みにし、私を、店の窓から外に放り投げたのであった。何をするんだというほかのフェレットもいなかった。私は、もう、ほかのフェレットたちからも、この店の店主からも、嫌われていたのだ。

そのまま、店の店主は、窓をピシャンと閉めてしまった。私は、もう店には戻れなくなって、ああ、これでは、もう帰る場所がなくなってしまったと嘆いた。いっそのことなら、クルマにでも轢かれて死んでしまおうか、と思ったが、クルマが通るような大通りは、近くになかった。私が知っている道路は、小さな、砂利道くらいしかないのだった。

しかたなく私は、その砂利道を歩く。前足の一つしかない私には、砂利道を歩くのは、本当につらいものであった。それを歩くだけでも、本当につらかった。私は、真っ暗な道を、胸に石が当たる痛みをこらえながら、とにかく砂利道をひたすら歩いた。もう、高齢になっている私には、足腰も立たないから、長時間歩くのはつらかった。時折休み休みしながら、私は、誰かが私をひき殺すか、踏みつぶすとかしてくれないかと思いながら、砂利道をひたすら歩いた。

ふと、砂利ではなく、柔らかい土の上に道が変わった。私は、やっと安心して歩ける場所に来たよ、と思って、さらに足を進めた。

真っ暗で何もわからなかったけど、私の目の前に、小さな実が落ちているのに気が付いた。匂いを嗅いでみると、リンゴだ。フェレットの私は、視力はさほど良くないが、においをかぐ能力は自信があるのだ。なので間違いなくこれは、リンゴだろう。私は、その日餌を食べていなかったことに気が付く。私は、すぐにそのリンゴにかみついた。リンゴと言っても、一般的なリンゴではなくて、いわゆる小サイズの小さなリンゴだった。これがちょうどよかった。そのリンゴは小さくて、私に食べやすい大きさだったのだ。

不意に、私の目の前がパッと明るくなった。

「水穂さん、ご飯よ。」

と、誰かの声が聞こえる。という事は、水穂さんという人物の家に入ってしまったのだろうか。まずい、人間に見つかったら、大変なことになるかもしれない。

不意に、私の前に、一人の女の人が出てきて、私を指さした。私は、他のフェレットのように敏捷に逃げることができず、その場に固まってしまった。女の人の隣には、布団が敷かれていて、一人の男性が座っていた。

「ねえ、イタチが、庭に来て、リンゴを食べてるわ。誰かに頼んで追い出してもらいましょうか。」

そういう彼女と一緒に会話していた人物は、老年期の私にとっても、美しいと思える人間の男性である。私は思わずぼんやりとしてしまった。本当に、きれいな人だ。若い人が見ても、高齢の私が見ても、美しいと思えるきれいな人である。

「あたし竹ぼうき持ってきましょうか。」

と、その女性がそういうと、

「追い出すのはかわいそうですよ。だって、前足がないじゃないですか。」

と、その男性が言った。よく前足がないとわかってくれた、と、私は逃げるのも忘れて、ぼんやりとしてしまった。

「水穂さんは、イタチに対しても優しいのね。」

と、女性が、一寸あきれた顔で言っている。

「イタチの一種ではありますが、野生のイタチでもテンでもなさそうですね。ペット用のフェレットですよ。」

と、水穂さんと呼ばれた男性は、そういうことをいう。よく私がフェレットだとわかったな。という事は、飼育したことでもあったのか。

「由紀子さん、リンゴくらい食べさせてやったらどうですか。ペット用のフェレットですから、悪いことはしませんよ。それに、三本足ですから、すぐに逃げはしないでしょう。寒いから、部屋の中に入れてやって、部屋の中でリンゴを食べさせてやってください。」

と、水穂さんはそういった。

「そう、そんな動物がいるのなんて知らなかった。もう、水穂さんは、優しすぎるわ。それじゃあ、こっちにいらっしゃい、フェレットちゃん。」

と、由紀子さんは、そういって、私の体を持ち上げて部屋に入れた。そして、庭に生えているリンゴの木から、一つリンゴをとって、私の前に差し出しだ。

「もうかなり、歳のフェレットのようですね、体のところどころに、白髪がありますよ。だいぶ長生きをしているようです。」

私が、リンゴにかぶりついているのを見て、水穂さんはにこやかに言った。水穂さん自身も少し白髪が混じっているが、それもまた美しく見えるのであった。リンゴは、本当に甘い味がしておいしかった。本当に、こんな味がしていいものだろうかというくらい、おいしかった。今までもらっていた人工飼料よりおいしくて、私は、リンゴの芯が見えるぎりぎりまで、リンゴを食べ続けた。

「可愛いわね。」

と、由紀子さんは言った。由紀子さんも、私に対して、変な反感はもっていないのだろうか。私がリンゴを食べ終えると、由紀子さんは、もう一個食べなと言って、もう一個リンゴをくれた。やっぱりリンゴはおいしかった。リンゴを食べ終えると、由紀子さんは、小さな器に水をくれた。その水も、ただの水道水だと思うけど、あのおいしいリンゴのおかげで、本当においしかった気がした。

食べ終わると、私はふっと眠くなった。あんなに長時間歩いたし、でこぼこの道を三本足で歩くのはきつかった。丁度部屋は、畳の部屋だった。畳というものは、本当に気持ち良いものであった。常に胸を地面につけている私にとって、畳のあたりというものは、気持ちよかったのであった。

知らないうちに私は、目を覚ました。気が付かないうちに、私は、ムートンのクッションの上に寝ている。いつの間にこんなことをしてくれたんだろうか。あの、水穂さんという男性が、そうしてくれたのだろうか。水穂さんは、クッションの隣で眠っていた。というか、眠っているように見えた。もう、人間も私も、眠っている時間なんだ。ほかの部屋からも、何も音は聞こえてこなかった。

急に、誰かが激しく咳き込んでいる声が聞こえてきた。誰だろうと思ったら、水穂さんだ。てっきり風邪でも引いて、咳をしているのかと思ったが、そうではない。断続的に激しく咳き込んでいて、咳き込むのと同時に、魚のような生臭い匂いが充満している。私は、人間が感じ取らない匂いも感じられるのは知っている。ああ、これはなんの匂いだろうと考える暇もなく、こういう時であれば、誰かを呼んでこなければという事もわかった。

私は、動かない前足を動かして、一生懸命自分の体を前へ進めた。こういうときに、四本の足が本当に欲しいとおもった。なんで私の足は、三本しかないんだろう!こういう時には、ほかのフェレットみたいに、すぐにパッと移動できたらいいのに!

私が走ると、地面は、きゅ、きゅ、きゅと音を立てるようになっていた。これは、何の目的でそうなっているのか知らないけれど、地面がそう音を立てるようになっていたのなら、それを最大限の音量で聞こえるように、私は、足のない体を打ち付けるようにして、地面を歩いた。

不意に目の前のふすまがすっと開いた。誰かが気が付いてくれたのだろうか。私は、動きを止める。もう、体は疲れ果てて、動けなくなっている。

「あら、フェレットちゃん。」

気が付いたのは由紀子さんだった。

「どうしたの?」

と、由紀子さんは優しく声をかける。私は、動かない体を何とか反対方向に向けた。と、同時に、咳き込んでいる声も聞こえてきた。由紀子さんはすぐにわかってくれたらしい。有難う、フェレットちゃん、と、由紀子さんは、そう言って、急いで私が、歩いてきた、長い廊下を走っていった。私は、そのあとは知らない。私は、そのあと疲れ果てて、眠ってしまったのであった。老齢の私には、それしかできなかった。

翌日、水穂さんは、由紀子さんが呼んできてくれた、お医者さんからもらった薬を飲んで、楽になってうとうと眠っていた。私は、水穂さんの静かに眠ってくれた顔を見て、ああ、よかった。これで、楽になってくれたんだ、と思うと、体の力がすべて抜けた。

その日、小さなフェレットは、由紀子さんの手によって、懇ろに弔われた。人生の最期に大きな仕事をしてくれたフェレットを製鉄所の庭に埋めて、由紀子は、丁重に合掌した。



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三本足のフェレット 増田朋美 @masubuchi4996

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