第10話 文系? 理系? いいえ体育系です。

 数学の時間がやってきた。


 徳川誠一は数学が割と好きだった。

 代わりに国語が割と嫌いだ。

 二つの差は『答えがはっきりしているかどうか』。


 と、秀摩と席を挟んだ位置に座るしのぶさんが声をかけてきた。


「殿っ!」

「なんだい、しのぶさん?」

「あの証明問題なのですが……」

「…………」


 黒板に書かれた日本語の羅列を見て絶句する。

 なるほど、さっぱりわからん。


 何度でも言おう、誠一は国語が嫌いだ。

 なぜ数学に国語の問題が混じっているのか、と疑問に思ったことなんていつものこと。

 問題文に国語の要素が入ると正解率が激減するし、証明問題は苦手中の苦手だ。


 しかし嫌々とはいえ家来の前である。


『すまん! ぼくには解けない!』


 などと早々に諦めて手のひらを合わせて拝んでしまうのも男らしくない。

 よってここは。


 ちらり。

 誠一は秀摩を横目で見る。

 小声でもよかったのだが、エリート忍者であるしのぶさんの耳は数キロメートル先の音も捉えるのではないかと疑い、やめておいた。

 もっとも、視線で気づかれるかどうかも怪しかったのだが、他に手はない。


 秀摩は誠一の困った状況を楽しむように、にやあっと邪悪な笑みを浮かべる。


「しのぶちゃんしのぶちゃん、誠一はさ」


 秀摩ああああ!!!

 その後に何を言おうとしてんだごるああああ!!

 よっぽど叫びたかった。


「証明問題を」


 ああああああ!!


「解くとき」


 おいいいいい!!

 ぼくが殺気を込めた視線で秀摩を睨むと、彼は諦めたように言葉をつむぐ。

 どうやら、おふざけはこの辺にしてくれるようだ。そうだよな?


「えっちな気分になっちまうんだそうだ」


 そうそう!

 って!!??


「んなわけねえだろ秀摩あああ!!」


 しのぶさんのあるじとして、ぼくの尊厳が失われようとしていた。

 が、くノ一はさらに斜め上をゆく。


「なるほど、それは哲学ですね。さすが殿っ!」

「は?」「は?」


 ぼくと秀摩の疑問符が重なった。


「すべては優れた子を残すための手段……数学とは宇宙。森羅万象に通じます!」

「いやいやしのぶちゃん、さすがにそれはぶっ飛びすぎ……」

「違うのですか、殿?」


 疑うことを知らない綺麗な瞳でぼくを見つめてくるしのぶさん。

 尊すぎて直視できないよ。


「そ、その通りさ! さすがしのぶさん、勉強熱心だね!」

「ふふふ……伊達に山奥で忍者に明け暮れていたわけでもないのですよ……」


 ちょっと自慢げなしのぶさん。

 ぼくの前ではいつもへりくだった言動が多いので珍しい。


「おまえらさっきからぺらぺら、高校生にもなって廊下に立たされたいようだな」

「……」「……」「……」


 三者三様に無言で固まった。

 いけない。授業中だということをすっかり忘れていた。


 しのぶさんがやってきてからというもの、まともに受けられた授業がほぼない。

 やはりぼくの平穏な生活には彼女が天敵……。

 殿と家来なんていう時代錯誤を通り越して笑い話にもならない状況を早くなんとかしなければ。


「んじゃ廊下いってまーす」


 秀摩がなぜか意気揚々と廊下に姿を消した。

 後を追って、ぼく、しのぶさんの順に続く。


 授業が終わるまで立たされていたぼくは思う。

 もうこれ数学でも国語でもなく体育だよな、と。

 いったいなぜこうなった……。

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