第9話 芸術は忍術でも爆発するようです

 芸術の授業のことだった。

 徳川誠一と源秀魔と古居しのぶは、白いキャンバスに向き合っている。

 教室の中心に置かれたているのは題材である果物と空き瓶。

 これに陰影をつけて描くのだ。

 用いるのは鉛筆とパンくずのみ。


 誠一は静かで一点と集中できるこの授業を気に入っていた。

 さほど成績はよくないものの、美術は中学から好きな科目だった。


 なのに……。


「誠一、しのぶちゃんの裸体とか興味あるよな?」

「……」


 集中を乱そうとする悪友の秀摩が、右隣から小声でぼそっと。

 おそらくヌードを描こうと誘っているのだろう。

 そんなことをしたら教室から追い出されてしまう。

 誠一は、白いキャンバスの向こうにある果物と空き瓶に意識を集中する。

 研ぎ澄まされた感覚は、しのぶに迫るものといっても過言ではない。


 すとん。


 ん?

 妙な音がしたので、そちらを見てみる。

 秀摩のキャンバスに鉛筆が刺さっていた。

 こんなことができるのはひとりしかいない。


 誠一は、左隣を見る。


「あらわたしったら、手を滑らせてしまいました」

「しのぶさん?」

「いえ、何か不届きな発言が聞こえたもので」

「確かにね」


 この紙って鉛筆で貫通できるものなのか……。

 誠一は驚いた。

 もしこれが紙ではなく、例えば秀摩のこめかみだったりしたら、どうなっていたのだろうか。ちょっと想像したくない。


「殿、困りました」

「どうしたの?」


 しのぶさんは、小声でもじもじと恥ずかしそうに、指を誠一の耳に這わせる。

 えもいわれぬ感覚に誠一は変な声を漏らしそうになったが、我慢した。

 もう一度、聞き返す。


「……どうしたの?」

「書くものがなくなってしまいました」


 そりゃ大変だ。

 授業の続きができないじゃないか。


「ぼくのでよければ貸そうか?」

「いえ、それでは殿が書けなくなってしまいます」


 ほとんど書き上がっていたので、誠一にとっては別に構わなかったが。

 しのぶはどうやら殿の手をわずらわせることを、とてもためらったらしい。

 先ほどから体勢が変わっていない。

 むずむずしっぱなしの誠一である。


「じゃあ忍具で代用できるものとかはない?」

「……! さすが殿です!」

「いやいや、しのぶさんがいつも頑張っているからだよ」

「えへへ」


 照れ笑いを浮かべて、しのぶさんは自分の席へと体勢を戻した。

 さて、ぼくも描き終えなきゃな……。


 そうして授業は難なく終えたように思えた。

 誠一は大きく伸びをしてから白いキャンバスをしまって教室を出ようとする。

 ふと、思った。

 結局、しのぶさんは何を使って描いたんだろう、と。


「しのぶさん」

「なんでしょう、殿っ!」


 弾んだ声に、あふれんばかりの笑顔である。

 よほど、先ほどの失態を取り戻せたことが嬉しかったと見える。


「忍具で描いたんだよね? 何を使って描いたの?」

「火薬玉です」


 …………は?


「火薬……玉?」

「はい、黒い粉っぽさが同じだったので何とか描けました!」

「そ、それはよかったね!」

「はいっ」


 やっべえ、これどうしよう。

 主のぼくがどうにかしないといけないけど、没収なんてしたら泣いちゃうよな?


 どうしようと唸っていると、秀摩がぼくの肩に腕を巻き付けてきた。


「よぉ、どした?」

「あ、いやあ……たいしたことじゃないんだけど……」


 誠一はしのぶさんには聞こえないよう、秀摩に小声で話した。

 ふむふむとうなずいた秀摩は誠一に一案を示す。


「買えばいい」

「買う……だって? 爆発物をか?」

「主のおまえが観賞用にほしいって言えば文句もでねえ、どころか感謝するだろ」

「いや、それは、そうかもしれないけど……どこに置くと?」

「おまえの部屋の物入れにでも隠しておけ」

「……それって法的にアウトなんじゃないの?」

「んなこと言ったらしのぶちゃんなんて歩くアウト製造機じゃねえか」

「うーむ……」


 しのぶさんを悪く言われるのは、いい気分じゃない。

 けれど、よくあの子、警察官に呼び止められないものだよな。

 平日の昼間から忍者のコスプレをした大学生なんて見られているのかね。

 いやいや、しのぶさんの身長って170にちょっと届かないくらいだしないか。

 忍者だけあって謎の多い女の子だ。


「よし、買おう」

「それでこそ徳川誠一だ」


 殴るぞ、源の?

 いや、言えない自分が情けない自覚はあるけれど。


 その後、火薬で描かれたしのぶさんの絵画は、秀摩の機転により処理された。

 河川敷で原因不明の画家による爆発事故が起こったニュース。

 ぼくは見なかったことにした。

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