第6話 忍者ってそんなこともできるのか……

 部活も終わり、秀摩とは家の方向が違うため途中で別れた。

 しかし、しのぶさんはついてくる。


「しのぶさん」

「なんでしょう、殿?」

「どこまでついてくるの?」

「殿のご実家まで」

「駄目に決まってるでしょう!」

「ええっ!?」


 お持ち帰りしたなんて噂が立ったらもう学校に行けない。

 平穏からどんどん遠ざかっていく……。


 と、その時だった。

 近くから泣き声が聞こえた。

 これは子ども?


 小さな公園に声の主はいた。

 寂しかったのだろうか、いきなりしのぶさんに抱きついた。

 ちょっと嫉妬を感じるのは勘違いに違いない。


 しのぶさんが男の子に語りかける。


「ぼうや、お母さんとはぐれちゃったの?」

「うんびゃーん」

「男児たるもの簡単に泣くんじゃありません!」

「ちょ、しのぶさん!?」


 あんた鬼か。

 忍びの里があるのかどうかわからないけど、おっかなそうだなあ。泣き言ひとつも許されないのか。


 しのぶさんは、男の子の両手をぱしんと叩き、包んだ。

 痛さなのかしびれなのか、男の子はさらに泣きそうになり……しのぶさんを見てぐっとこらえた。よほど恐ろしい顔をしていたのだろう。


 しばらく目を閉じていたが、開くと同時にぼくを見る。


「殿、この子の母親らしき人物を見つけました」

「どうやって!?」


 この日、一番の忍者技能にびっくり仰天だった。


「忍者は仲間にしか聞こえない特殊な声で連絡を取り合います」

「ほうほう」


 興味深くのぞき込む。

 しのぶさんは照れくさそうだ。


「その連絡網を駆使しました。迷子の男児で容姿や服装を伝えて捜した次第です」

「しのぶさんすごいな……忍者みたいだ」

「忍者ですから」

「あ、いや、うん。しのぶさんは忍者だよね」

「なにか問題があるのでしょうか……?」

「普通の女の子になってもいいんだよ?」


 素直な感想を述べたはずなのに、なぜかしのぶさんは悲しそうな顔をした。

 気まずい雰囲気を晴らすべく、家への帰宅をうながす。

 ちょうど男の子の母親も駆けつけて一件落着したことだし。

 変な噂が立ったらその時はその時だ。


「じゃあうちに帰ろうか」

「殿のご実家にお邪魔させていただいてもいいのでしょうか?」

「た、たぶん……」

「では、不届き者が現れたらすぐに殺害できるよう準備しておきます」


 やはりぼくの描く忍者像としのぶさんの持つ忍者像にはずれがあるらしい。

 これまたこの日で最も物騒なことを口にしたしのぶさんを伴って、ぼくらは家へ着いた。


 すると。


 玄関を開けて家に入り、リビングに移動したところ、親父とお袋に出くわした。

 親父は公務員なので帰りの時間がぼくよりも早いこととか結構ある。

 お袋は専業主婦。

 兄弟はいない。姉妹は秘密。


 親父とお袋それぞれに向かって、しのぶさんは膝を床につき、片腕を折り曲げて挨拶を試みる。


「あらあら! 古居さんのところのお嬢さん!? 立派になって!」

「ほお……たたずまいからして違う。うむ、うちのボンクラとは大違いだ」


 お袋、絶賛である。

 親父よ、ボンクラはあんたらからできた事実から目を背けるな。


「大旦那さまと大奥さまにおかれましては益々のご健勝を」

「固くならなくてもいいのよぉ、家族みたいなものですし!」

「ああ、我らが徳川を現代になってもよく支えてくれている」


 名ばかりの家柄ってわびしいとは思わんのかね。


「うちの子、どうだった?」

「さぞかし手を焼いただろう。これには徳川の自覚がなくていかん」

「いえ、わたしにはもったいないお方でございます」


 いかん、むずかゆくなってきた。

 なんだこの時代錯誤の会話は。これだから有名人由来の血筋は嫌なんだ。


「なにかしちゃったのかしら」

「もしや忍び装束を剥いたりしたのか!?」

「されてません!」「するわけねえだろ!」


 しのぶさんと声が一致した。

 そう。ぼくはなにもしていないはずだ。


「わたしの至らないところを殿は必死に援護してくださいました」

「誠一」

「いかがわしいことじゃねえぞ、親父!?」


 授業のことや、昼食のことや、部活のことを説明していたら、1時間もかかっちまったよ。

 と、ここで交渉しなければならない。


「親父はぼくにどうなってほしいわけ?」

「徳川の血筋として立派な跡取りを残してほしいだけだ」


 なんというセクハラ……。

 職場では黙っていてくれていることを祈るしかない。


「じゃあさ、しのぶさんはぼくの家来ってことでいいの?」

「それ以外にあるか?」

「ひとりの女の子として……ああ、やっぱいいや。で、早速だけど問題がある」

「言ってみろ」

「お金が足りない。おこづかい増やさなきゃやっていけない」

「それならそうと言え。言い値で払ってやる」


 やったぜ。

 おこづかいを増やすことに成功して万々歳!

 家来を持つのもいいもんだなあ。


「しのぶさん」

「なんでしょう、大奥さま」

「こんな子なので大変でしょうけど面倒を見てやってくださいね」

「わたしのほうこそ至らぬ点で殿を苦慮させてしまったこと、お詫び申します」


 しのぶさんは22時を過ぎたあたりで去っていった。

 なんでも、日々の鍛錬と勉学があるそうだ。

 いったいいつ寝ているのか、ぼくには想像もつかない女の子だった。


 しのぶさんを頼る未来しか見えないが、頼られる未来がやってきてほしい。

 親父の徳川うんぬんなんてどうでもいい。

 ぼくはしのぶさんの幸福を願わずにはいられなかった。

 それほどの過酷さを今日の彼女から察してしまったのだから。

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