第5話 部活って忍術に通じるものがあるのですね

 授業が終わって、ホームルームも終わり、放課後になった。

 クラスメイトたちは三々五々に教室から出て行く。


 隣の席にいた秀摩が立ち上がり、誠一に声をかける。


「誠一、部活行こうぜ」

「今日は休まない?」


 しのぶさんが忍者として、しかもぼくの側近として仕えるようになったばかりだというのにこの疲れよう……死んでしまう。


 だが秀摩はそんなことに構ったりしない。


「だからおまえは馬鹿なんだ」

「なんだと……?」

「殿を侮辱するとは……命がいらないようですね」


 しのぶちゃんはちょっと黙っててね、と秀摩が制した。

 ぼくとしても物騒なことは困るのでしのぶさんに目配らせをする。


「このまま帰ったらおまえはどうするつもりだ」

「寝る」


 疲れたから当然だ。


「次の日、おまえはこう思うだろう。ああ、学校行きたくねえ、と」

「お、思うだろうな……」


 言われてみればそうなりそうな節をびしびし感じる。


「するとどうだ。今日は休み、明日は休み、そしていずれ引きこもることになる」

「そこまでひどくねえよ!」


 さすがに反論した。

 いや、でも怖い仮説であることに違いはないか……?


「そこで部活だ」

「どこでどうやったら部活になるのか問いただしたいんだけど」

「まあ聞け。部活はいわば課外活動。授業とはまた別だ」

「ふむ」

「部活でもやってりゃいつもの調子が取り戻せるんじゃねえの?」

「一理あるかもしれないね」


 ぼくは秀摩にうながされて部活で気分転換をすることにした。

 また面白そうなことをしてくれそうだ、という悪友の暴言はとりあえず聞き流しておく。


「ってわけでぼくらは部活に行くんだけど、しのぶさんも」

「殿のゆくところ、影からお守りいたしますゆえご安心を!」

「じゃなくて、しのぶさんも部活やってみよ?」

「部活というものを理解できないのですが、殿のご命令とあらば是非もなし!」


 嫌な予感しかしない。


 こうしてぼくらは体育館に移動することになった。

 所属しているのはバドミントン部。いろいろな要素があるものの俊敏性が重要とされる競技だ。見切るための視力も大事。


 ということなので……。


「ほーら、見ろ! やっぱおもしれえことになったじゃねえか!」

「……」


 秀摩の言葉にぼくは何も言えなかった。


 しのぶさんは、最初こそラケットを小太刀のように逆手持ちしたりして、笑いを集めていたものの……慣れれば無双だった。

 あらゆる角度と速度のショットに対して適切な反応をして、相手陣地に跳ね返してゆく。届かない場所などなく、身体がぶれて見えるほど速く動き、シャトル(バドミントンで使う球)を拾った。そら恐ろしい精度でラインぎりぎりにシャトルがぽとりと落ちる。


 先輩たちには悪いが、住んでいる次元の違う種族が紛れ込んだ格好である。

 相手をしていた先輩がげっそりと膝をついたのを見て、しのぶさんは体育館の端っこ壁際でなりゆきを見ていたぼくたちに近寄ってきた。


「殿、これが部活というものですか?」

「うーん……どう言ったらいいのかわからないけど」


 ぼくは言葉に詰まった。

 そして吟味して続きを言う。


「目標に向かってみんなで頑張るのが主に部活かな」

「するとわたしは……」

「残念だけど今回はひとりで空回りしちゃったね」

「う……難しいものなのですね」


 ぼくも秀摩もバドミントンプレイヤーとしては中堅だから気づかなかったけれどひとりだけあまりにも強すぎたら部活として成立しないのかもしれない。

 そして、悪友はこの状況を予想し、楽しむために仕組んだと思われる。まったく悪い男だ。


 ちなみに、しのぶさんはバドミントンで着るぱっつんぱっつんの試合着ではなく忍び装束のままだ。徒手空拳には少し自信がないとのことで、武器を絶えず持っておくのは方針とのこと。うーむ、試合着、見てみたかった。


「しのぶさん、どうする? この部活入る?」

「もう少し様子を見させてください」

「わかった」

「殿のお側でお守りする役と両立することが困難と判断いたしましたので……」


 しのぶさんが普通の女子生徒として学校に馴染める日は果たしてくるのか。

 徳川誠一は心労が絶えず、古居しのぶは察することなど微塵もなく今日も家来として務める。そんなふたりを源秀魔はけらけらと品なく笑いながら見ているのだった。

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