第4話 これが忍者の昼食ですかそうですか
徳川誠一は疲れが出て、昼休みがはじまるチャイムと同時に突っ伏した。
机ががたんと音を立てる。
結論から言うと古居しのぶの学力はさほど問題にはならないようだった。
忍者などと言うものだから教養はどうなっているのか心配だったが。
問題なのは一般常識。
事あるごとに同意を求められて、くすくすとクラスメイトから笑われていては、たまったものではない。
とにかくまだ初日。
一刻も早く平穏な日常を取り戻すために、妙な忍者をどうにかしなければ。
「おい、殿。メシ行こうぜ」
「死にてえの?」
こんな時でも。
いやだからこそ、嫌がらせのような物言いや立ち振る舞いをするのは、悪友の源秀摩をおいて他ならない。
「殿、やはりこの者は始末してしまったほうがよいのでは?」
「しのぶさんも本気にしないで!」
忍び装束のフトコロから、黒光りする何かを取り出そうとするのは、古居しのぶさん。
なんと、ぼく専属の忍者である。
わーお、なんとも迷惑! お願いだからぼくの平穏を奪わないでほしい。
「で、どこにメシ行くって? いつも教室じゃなかったっけ?」
「屋上で食おうぜ」
「なんで?」
ぼくが秀摩に問うと、やつはこそっと耳に小声で話しかけてきた。
「桃色の桜としのぶちゃんを見比べながらのメシなんてどうよ」
想像してみた。
これは……いいものだ!
しのぶさんは長くて綺麗な黒髪を後ろにまとめて縛っている。
顔立ちは芸能人として通じるほど整っており、体つきも引き締まっていて無駄がない。はっきり言って、忍者の服装を除けば完璧な美少女なのだ。好みだと言ってしまったら恥ずかしいので言えないが。
ちらり。
「殿? なにかっ?」
「う、ううんなんでも!」
まるで子犬が飼い主にかまってもらいたいように目を輝かせるしのぶさん。
あぶない……不健全なことを考えるところだった。
しのぶさんとはあくまで主従の関係で。
ってそれでもない!
普通のクラスメイト!
「……で?」
「屋上で」
ぼくと秀摩は屋上でメシを食べることにした。
当然ながらついてこようとするしのぶさん。
「殿! どちらに!」
「昼メシだよ。しのぶさんも一緒にどう?」
「は、ははっ! もったいなきお言葉!」
やったね。
「しかし、わたしは世を忍ぶ者……あまり目立ってしまっては」
ああ、そうきたか。
でも返しの刃はある。
「もう授業で充分、目立っちゃったと思うよ」
「はうっ!」
しのぶさんは胸を押さえてのけぞった。
いいぞ、効いてる効いてる。
「俺から見てもしのぶちゃんが誠一にゾッコンだってのは伝わったな」
外道の秀摩が追い打ちをかけた。
おい、そこまでじゃないだろう?
しのぶさんはがくっとうなだれて、ぽつりとつぶやいた。
「わかりました。ご一緒いたします」
と、いうわけで、ぼくらは三人して屋上にやってきた。
春と言っても寒さはまだ残っている。フェンスから眼下に見れば、桜も満開ではない。ここは心の桜が咲いたということにしておこう。女友達と一緒に昼メシ……ああ、春だ。
各自、弁当を開ける。
ぼくのも秀摩のも、まあ普通のものだ。ぼくのが魚を中心なのに対して秀摩は肉が中心なことくらいかな、違いは。でだ……。
「しのぶさん、それは?」
「お昼ご飯と言われたので出してみたのですが、いけませんか?」
「いや……」
丸薬だった。
見事なまでに丸っこい小粒の物体X。
苦そうな色をしている。
おおう……このひと本当に忍者なんだな。
どこかでまだ疑ってたよ、ごめんよ。
「それで腹ぁふくれんの?」
秀摩が言った。
「栄養さえ取れればこれで充分ですよ、ふんっ」
「あれ、俺なんか嫌われてる?」
「殿で遊ぶのはやめていただけます?」
「あちゃあ、気づかれてたか」
とは言っても秀摩は悪びれている様子はない。むしろ堂々としている。これが源秀魔という悪友なので、もうぼくは気にしない。秀摩をかばったりもしない。
「よし、じゃあ食べようか。いただきます」
「いただきます」「いただきます」
ぱくっ。
「……」「……」
「……あれ、お二方どうされましたか?」
「い、いや、本当にそれで終わりなんだなあって」
「ああ。忍者の身体ってどうなってんだ?」
ぼくと秀摩が驚いていると、しのぶさんはふふっと笑った。
「普通の食事もできますよ」
「え、ならそうすればいいんじゃ?」
「忍者はのんびり食べている時間がない場合を想定していますからね」
「なるほど……」
ふむ、とぼくはうなずき、提案してみる。
「じゃあ学校なら別に平気だろうし普通に食べてみようよ!」
「殿がおっしゃるのなら……」
「購買でなにか買ってくるのがいいね」
「購買?」
……購買とは何かについて説明をするのに少し時間がかかった。
しのぶさんがふむふむと真面目そうにうなずき、自信がなさげに立ち上がる。
「で、では買ってきてみます……」
しのぶさんの後ろ姿を秀摩と二人で見送り。
10秒後、彼女は帰ってきた。
「早すぎ!」
「はええなおい」
「えっ、人とぶつからないよう慎重に移動しましたよ」
「……」「……」
ぼくと秀摩は顔を見合わせた。
「そ、それで、なにか買えた?」
「代金というものを要求されまして、買えませんでした」
殿ぉ……と泣きついてくるしのぶさん。
美人なのに台無しの顔をしている。
「誠一、出してやれよ」
「あ、うん……まあいいんだけどさ」
徳川ゆかりやら殿やら呼ばれているが、実のところあまりおこづかいは多くなかったりするぼくです、はい。
「殿、なにかお困りのようですが、もしやわたしのことですか?」
「いいや、違うよ! ほら、しのぶさんこういうものが必要だから持っていって」
虚勢を張ってしまった。
少なくない出費だったが、しのぶさんの喜ぶ姿が普通の女の子っぽくてちょっと自分が誇らしかった。
ぼくは忍者じゃないしのぶさんを見てみたいのかもしれない。
そんなことを思っていると、昼休みの終わりが近いことを告げるチャイムが耳に入ってきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます