初日のこと
第2話 徳川誠一は静かに暮らしたい……
朝のホームルームの最中だった。
ガラァッ!!
教室の扉が勢いよく引き開けられると、教室にいた学友の視線が集まった。
そこにいたのは忍者だった。
誰がどう見ても、くノ一と呼ばれる女の忍者の姿だった。
年の頃は同じくらいと思われる。
教室に所属する一名である徳川誠一が思ったのは、「うわ、関わりたくねえ」だった。
「徳川誠一さまの学級はこちらでよろしいでしょうか!?」
ひぃぃ……。
徳川誠一が首を縮めていると、クラスの先生が変わりに答えた。
「きみは……、あ。きみが古居しのぶさんかな?」
「はい、殿は……殿は、こちらにいらっしゃいますか!?」
ぶっ。
徳川誠一は縮まったまま噴き出した。
殿。
それは徳川誠一のあだ名だった。
嫌な意味でのあだ名だ。
徳川家ゆかりの者として幼いころからからかわれてきた。
つまり、いい思い出はない。
「徳川、おまえ呼ばれてるぞ」
「うるせえぞ源。おまえかもしんねえだろ」
徳川誠一の学友で、幼少期からの腐れ縁の名前を、源秀摩という。
源氏との関係は不明だが、同じようにからかわれていた過去から意気投合した。
普段は誠一、秀摩と呼び合う仲だが……。
「あー、きみきみこいつが徳川誠一だよ」
「てんめえ……源ぉ……」
互いにおちょくる際には名字のほうで呼び合ったりする。
そして、彼女の耳に届いたのか、くノ一は壇上から熱い視線と声を誠一に送る。
「殿! 殿なのですか!?」
「……」
誠一は縮こめた首をさらにひねって、顔を完全にそっぽ向けた。
関わりたくないのである。
徳川の血縁関係というだけでからかわれてきたのだ。殿、などと呼んでくる輩にろくなやつがいるとは思えない。
そんな誠一の心境を察することなく、くノ一は颯爽と誠一の席まで瞬間移動かと思えるほどの速度で移動し、膝を折る。頭を下げて、主君に対して最大限の敬意を表したつもりだ。
「あの……そういうの、間に合ってるんで」
誠一はチラ見をしつつ、嫌な顔をした。
「でも殿ですよね!?」
誠一にお構いなく接近しようとするくノ一。
よほど興奮しているらしい。
ここでようやく壇上から古居しのぶと呼ばれた忍者らしき少女が消えていることに他の学友たちが気づき……
「いつの間に」「ガチ?」「マジ忍者じゃん?」「やはり徳川は本物だったか」「これからは殿と呼ぶべきか?」
など、ざわつきはじめた。
「徳川ぁ!」
「はい先生!」
言いたいことはわかる。
これまで幾度となく徳川というだけでお騒がせしてきた誠一である。
事態を収拾しろ、と担任が怒っていることなど容易に察せられた。
誠一は隠れるのを止め、先ほどから膝をついてかしこまる忍者の前に立った。
「あー、んんんっ。古居さんだっけ?」
「お気軽にしのぶとお呼びくださいませ」
ええー……とやや引きながらも、この場を収めることを誠一は第一とした。
「じゃあしのぶさん、お願いなんだけど」
「ご命令ください」
「え?」
「殿からお願いなどもったいないお言葉! ここはやはりご命令をください!」
「……」
誠一は、「あ、やっぱこの子だめだ」と思った。
ふぅ……呼吸を整えて、相手に合わせることにする誠一。
「じゃあしのぶさん、席について普通に授業を受けてください」
「殿、敬語などいりませんよ!」
「あ、はい……じゃなくてさすがにそれは遠慮したい……いや、遠慮させろ」
「ではそのように!」
誠一が疲れ果てた様子でそう言うと、担任が声を飛ばしてくる。
「茶番は終わったか? 古居しのぶさん、きみの席はあそこだ」
「殿以外の言に従うつもりはございません」
「……だ、そうだ。徳川ぁ!」
なぜぼくがこんな目に……と誠一はうなだれた。
顔を上げた際に担任の視線が合ってひるんでしまった。
「さ、さーせん! しのぶさん、担任の言うことには従うこと!」
「殿が仰るのならば、従いましょう……もちろん殿の命令こそ最上ですが」
「一刻も早く席に座ってください!」
「むぅ……わたしの想像していた世界とはやはり違うのですかね」
古居しのぶにとって憧れていた、殿と家来の関係、そして生業。
殿が過酷な命令を下し、家来である自分は忍者として遂行する。
まったく異なっているようで、彼女はおおいに戸惑った。
同時に、いきなり本当の意味での家来ができてしまった誠一も、これからのことを考えると焦りでいっぱいいっぱいになっているのだった。
そんな二人のことを途中からだんまりを決め込んで眺めていた源秀摩は、かなりイイ性格をしているといっていいかもしれない。
ホームルームが終わり、これから授業がはじまる。
入学早々、嫌な予感しかしない誠一だった。
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