ニンジャちゃんといっしょ! ~それでもぼくの青春に家来など必要ない~
水嶋 穂太郎
ある日の忍者
出逢う前のこと
第1話 すっごい忍者ちゃんがやってくる!
「しのぶよ、もはやおぬしに教える忍術はない。皆伝じゃ」
「……」
かやぶき屋根が特徴的な家屋の一室。
部屋は戸板で閉め切られており暗い。
すきま風がゆらりとロウソクの灯りを揺らしていた。
しのぶと呼ばれた少女は、表情を変えずに心のうちで握りこぶしを作る。
未熟者では主君に合わせる顔がない、と今まで我慢して忍者の修行に明け暮れてきたのだ。たとえ一般人の常識が通じない忍者とはいえ、何かに恋い焦がれる時期には違いなかった。
「おぬしの仕える徳川誠一さまは、私立平帝高等学園への進学が決まっておる」
「お爺さま」
「なんじゃ?」
「わたし、学業という物にはいっさい触れてこなかったのですが?」
ひゅー……。
ひときわ大きなすきま風が、しのぶと爺さんの影をぶれさせた。
しのぶは生まれてからこのかた、起きては忍術、食べては忍術、眠っては忍術とすべてを忍術の鍛錬にささげてきた。まっすぐな姿は他の者たちの見本となり続けた。しかし今回はそれがあだとなった。親族や頭領も忍術の才に恵まれたしのぶを、忍者としてしか見てこなかったのだ。
そのため、学園生活を送るという事態を想定していなかった。ぶっちゃけ里から出ずに忍者としての生業で生涯を終えるだろうと高をくくっていた。
エリート忍者しのぶ。一般人としてはど素人。このまま殿の元へ送ってもいいのか……その場で判断できる者はいなかった。なお、前途有望な若人の将来のこととあって、部屋には里のお偉い方がしのぶを囲うように正座している。みながざわりざわりと小声をたてる。
それでも橙色に照らされるしのぶの顔は晴れやかだった。
しのぶの口が、品よく歪む。
「お爺さま大丈夫ですわ」
「どういうことじゃ?」
「忍術と同じです。24時間ずっと勉強をすれば可能ですわ」
「……すさまじいことをさらっと言うのぉ」
だが、これまでしのぶが忍術に費やしてきた時を考えれば無理とも思えないのが恐ろしいところでもある。やるといったらやる子でもあったのだ。
と言っても付け焼き刃。不安は大きい。
実のところ、しのぶの入学は祖父の手回しにより推薦枠で決まっていた。
しかし、そのことをしのぶに話さなかったのは、先ほどの彼女の覚悟に思うことがあったからだ。しのぶからはいつも情熱がほとばしっていた。情熱の出所が殿に仕えることだとは察していた。
なぜならくじけそうになった時、「任務に失敗するような忍者じゃお殿さまから必要としていただけないわ……!」と言って立ち直っていたから。修行は自虐的で痛々しく見えることすらあったほどだ。
「お爺さま?」
「ああ、すまぬ」
「涙が……」
「いや、これは……ちょいと思うところがあっただけじゃ」
しのぶは心配そうに祖父に近づき、顔をのぞき込もうとした。
夜目の利くしのぶとはいえ、周囲は暗くはっきりとは判別しにくかった。
その時。
畳の下から槍が突き出した。
上下左右から手裏剣が飛ぶ。
目の前から針が射出される。
それらすべてを、しのぶは無効化した。
槍をかわし、手裏剣を小太刀で弾き、針を避けて近づいた。
そして、そっと人差し指を祖父の頬にあて、涙を拭き取った。
自身には何もなかったかのように。
「しのぶよ、この里に身をうずめ外界と関わらずに過ごしてもよいのじゃぞ?」
「どういうことでしょう、お爺さま?」
「外界ではもはや主君と家来などという関係者はおらぬということじゃ」
「悲しいことです」
「事実じゃ」
「それでもわたしはゆきます」
「殿がおぬしを必要としているとは限らなくてもか?」
「はい」
しのぶの決意は固かった。
当然ではあるが。
こうしてしのぶは里を出て、殿の元へはせ参じることとなった。
しかし、肝心の徳川誠一が一般人として暮らしたいと思っていることなど、知るよしもないのだ。
山の木々を蹴り、畑の横道を駆け、次第に見たこともない光景が広がる。
初めて見る都会というものに圧倒されながら、同族の忍者が潜伏先として使っている木造アパートへとたどり着いたのだった。
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