三度目の正直は?



「失礼しましたー」


 日誌を担任に渡して週番の仕事は無事終了。長かった雑用係とも今日でようやくおさらばだ。……そういえば、二回ともこの後に山崎くんの手紙を発見したんだよなぁ。

 一日目は机の中、二日目は下駄箱。はてさて、三日目の今日はどこに置いたんだろう。また何か間違えてなきゃいいけど。


 そんなことを思いながら帰り支度をしていたせいか、もしかしたら今日も手紙が入っているんじゃないかとロッカーや鞄を探してしまう自分がいた。空っぽの机を覗き込んで苦笑いを浮かべる。念のため下駄箱の中も確認するが、そこには茶色のローファーが二足、きちんと並んで入れられているだけだった。……まぁ、さすがに三回目はないか。昨日あれだけ宣言してたし。

 手紙が入っていないと分かると嬉しいような寂しいような、なんとも言えない感情が胸の中に押し寄せた。


 ……まぁ、あれだ。山崎くんは無事古田さんに手紙を渡せたということなのだろう。良かった良かった。ま、古田さんでも私でもない、別の人の所に置いていなければの話だけどね。……うわ、なんかあり得そうで怖いな。


 私は足取り重く歩き出す。見慣れてしまった白い封筒と右上がりの堅苦しい文字が、今はなんだか懐かしい。私がこんなにもあの手紙のことを気にしてしまうのは、二日連続で告白相手に間違えられたから。ただそれだけだ。




「吉田さん」


 名前を呼ばれてくるりと振り向くと、校門前の壁に寄り掛かかってスマホを弄っている山崎くんが居た。耳に付けていたイヤフォンを外しながら、スタスタとこちらに近付いてくる。どうしてこんな所にいるんだろう。


「週番? お疲れ」

「あ、うん。山崎くんはここで何してるの?」

「ちょっと人を待ってたんだ」


 あ、もしかして。古田さんのことを待ってるのかもしれない。なるほど、置き手紙作戦から直接渡す手法に切り替えたのか。私はからかうような口調で言った。


「ラブレター、今日は私のとこに来てないから安心していいよ」


 すると、山崎くんは当たり前だとばかりに頷く。


「そりゃ、まだ渡してないからね」


 お、やっぱり。予想通り直接渡す手法に切り替えたらしい。いや、でもこんな所で待ち伏せってどうなの。なんかストーカーみたいじゃない? 山崎くんってどっかちょっとズレてるんだよなぁ……って、あれ? でも古田さんってもう帰ってなかったっけ? さっき下駄箱見た時、彼女の靴は上履きしかなかった気がする。えっ、じゃあここで待ってても会えるわけないじゃんタイミングわっる! 何? 今日は間違いじゃなくてすれ違い? 三度目の正直どこ行った!?


「あの、」


 山崎くん、と続くはずだった私の言葉は喉の奥に引っ込んだ。左手に白い封筒を持った彼が、右手の人差し指でその手紙をしっかりと指差しているのをの当たりにしたからである。……え、ちょ、何してんの?


「吉田さん」


 次に、山崎くんは私の名前を呼んでスッと指を差した。


「……えっと、山崎くん?」


 戸惑う私とは裏腹に、山崎くんはニコリと笑みを浮かべて私の前に立つ。そのまま手紙を差し出すと、何故か得意気に口を開いた。


「俺ね、渡す相手だけはの」


 目の前にあるのは白い封筒。右上がりの字で『吉田麻奈まなさんへ』と私の名前がしっかりと書かれている。


「え? あ……は?」


 突然の出来事に私は目を白黒させることしか出来ない。


「いやぁ、最初は焦ったよね。手紙を吉田さんの机に入れたあと、帰ろうと思って鞄の中見たらもう一通あるのに気付いてさ、なんでもう一通あるんだろうって不思議に思って読んだ瞬間もう絶句。あの時の俺の気持ち分かる? もうね、止まったよね、心臓。一分くらい。まさか好きな人の机に置いてきたなんて思わないじゃん? まぁなんで二通持って来てんだって話だけど、多分テンパってたんだよ俺。で、慌てて取りに戻ってみたら本人に読まれてるし。あの時は『あ、詰んだ』って思ったわー」

「え? いや……え?」

「次の日はリベンジしようと思って下駄箱に入れたんだ。手紙の内容も確認して入れる場所もちゃんと確認したから今日こそは大丈夫だって。なのに……名前。言われるまで気付かなかったよ。吉田の『吉』を『古』って書いてるなんて……。うっかりどころの話じゃないよな。それで古田さん宛だって勘違いされちゃうし。小学生でもしないようなミスするなんて絶望したよ」


 そういえばあの時、山崎くんは「一本足りない」とかなんとかぶつぶつ言ってたような気がする。それって『吉』の字のことだったのか。


「で、今日。三度目の正直は今までの反省を生かして直接渡すことにしたんだ。言われた通りもしっかりしたし。今日は絶対に間違わないよ」


 えーっと、何? 今の話をまとめると、山崎くんは最初から私にラブレターを渡そうとしてたってこと? 古田さんじゃなくて? それってつまり山崎くんは私のことが……私のことが……ええええええーっ!? その瞬間、私の顔が茹で蛸のように真っ赤に染まった。


「ねぇ、これ読んだら……返事聞かせてくれる?」


 私は差し出された封筒を躊躇いがちに受け取った。真っ赤に染まった顔を隠すように、そこに書かれた自分の名前をじっと見つめる。


「ん〜、そうだなぁ……」


 顔を上げると、どことなく不安そうな山崎くんと目が合う。その顔を見た私は、悪戯を思い付いた子供のようにニヤリと笑いながら言った。


「この手紙に間違いがなかったら答えてもいいよ」


 山崎くんは一瞬目を見開くと「ははっ、やっぱ吉田さんは厳しいや!」と楽しそうに笑った。


 二人が手を繋いで下校するまで、あと五分。


 とりあえず、イメチェンの必要は当分なさそうである。





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間違いだらけのラブレター 百川 凛 @momo16

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