5-8

 王太后と別れたエディたちは、王宮の入り口へ向かって歩き出した。


 ロードリックも同行し、今回の事件についてわかっていることを教えてくれた。


 それによれば、王太后の宮の奥にある鉄門以外にも、二ヶ所から襲撃を受けたということだった。

 ハロルドが提出した調査書を基礎にして、危険箇所に信頼できる兵を配置し、今回の犯行に関わった者たちの洗い出しもはじめている。

 ひとまずの危険は取り払われていると考えていいだろう。


 犯人はいずれもルガランドの若い兵で、王族を人質にし独立を認めさせるつもりだったらしい。

 ロードリックは、ルガランドの領主がこの件に関わっているとは考えていないとのことだった。

 血の気の多い若い兵が、理想を掲げて起こした事件というのが彼の見立てだ。


「エディ王女の助言がなかったら、危なかったな。……ルガランドの総意ではないにしろ……今後の対応をどうするかが問題だ」


 ルガランド出身者が、独立を掲げて事件を起こした。これをルガランド全体が信用できない証拠として、中央からの排除を進めたらどうなるか。

 ますます不満が蓄積されていく可能性もある。


「難しいですね」


 手段は認められないが、襲撃をくわだてた者たちは、王家や政の中心にいる者たちへの問題提議には成功しているのかもしれない。


「……ところで、メイスフィールド侯爵がなぜ……?」


 あまりにも堂々とこの場にいて、自然にエディを抱き上げて運んでいたからだろうか。

 今更ながらロードリックは、ハロルドがなぜここにいるのかという疑問を抱いたようだ。


「妻の危機に駆けつけるのに、理由は必要ありません」


「とりあえず、侵入方法については……聞かないでおく……」


 ロードリックはポリポリと頬を掻いた。

 ハロルドが、堂々と不法侵入をしたのは明らかだった。エディが滞在しているのだから、妻に会いに来たと言えば、彼は比較的自由に王宮の出入りができる。

 ただし、必ず案内の者と一緒だ。単独で歩き回るのは不自然だった。

 けれど、それを指摘すると王宮警備の不備と、王宮に預けたエディを危険にさらした件が問題となる。

 結果、謀反は阻止できて、怪我人は軽傷で済んだ。

 だから互いに深く追求せずにいたほうが合理的だった。


「エディ王女も怪我をしたのか?」


「足を少し。……捻挫だと思います。それから首を掴まれたので、多少鬱血しているかもしれません」


「なら、王宮の医者に診せよう」


「必要ありません。ほんの少し、くじいただけですから。……ね、エディ?」


 エディ本人ではなく、なぜかハロルドが答える。

 それで彼女は、すべてを彼に見透かされているのだと理解させられた。


「だが、歩けないほど痛むのだろう? 医者に……」


「歩けないのではなく、ただ私に甘えたいだけですからご心配にはおよびません。察していただけませんか?」


 ハロルドは過保護だから、普段なら軽傷でも医者に診せることを勧めるはず。今回は彼の基準すら満たさない程度だとわかっていて、それでもずっとエディを運んでいるのだ。


(そなたこそ! 察しているのなら、わざわざ言葉にするな……。それに先ほどから人前でも呼び方を変えているし……)


 心の中で夫に対する不満を叫びながら、エディはうつむいて真っ赤になった顔を隠した。

 彼女は慣れない呼び方をされると、すぐに羞恥心が顔に出てしまう。でも今は、〝様〟がないだけで彼との距離が縮まる気がした。

 だから、そのまま変えずにいてくれたらと願ってしまう。


「……泣いているみたいだが? やっぱり痛むのではないか?」


 ロードリックがわざわざ近づいてきて、エディの顔をのぞき込む。

 するとハロルドがエディを隠すように、少しだけ体の向きを変えた。


「妻は、恥ずかしがり屋なもので。人目があるのにイチャイチャするといつもこうなります。あまり見ないであげてください。……ロードリック殿下は、私たちのことなどお気になさらず、事態の収拾に全力を注がれたらいかがですか?」


 邪魔をするな、仕事をしろ――そんな非難の意味が込められている。


「あ……あぁ、そうする……。だが、自覚があるのなら人前でイチャイチャするのはやめてくれないか……? なんだかこのあたりがズキリと痛むのだが……?」


 ロードリックが胸のあたりを押さえながらそんな本音を口にした。


「それは申し訳ございませんでした」


 ハロルドの謝罪は言葉だけのものだ。

 エディは恥ずかしさと申し訳なさで夫から離れ、自分で歩いたほうがいいのではないかと思いながらも、実行には移せなかった。


 やがて王宮の入り口までたどり着く。

 ロードリックがすぐに馬車を手配してくれた。

 車寄せに止められた馬車の扉を御者が開く。

 さすがにそのままでは乗り込みにくいため、ハロルドはエディをゆっくりと下ろす。


わざわざ・・・・送ってくださってありがとうございました。……さあ、エディ。皆のところへ帰りましょう」


「先ほどから……ものすごく邪魔だったと言われている気がしているのだが……気のせいか?」


「気のせいではございません。ご理解いただけて、なによりです」


 なぜロードリックは、わりと察しがいいのに一言多いのだろうか。そしてハロルドも言葉だけは丁寧で、本音を隠そうともしない。

 この二人が会話をすると、エディだけがヒヤヒヤして損ばかりだ。


「ロードリック殿。私の話を信じてくれてありがとうございました。……また明日」


 エディは別れの挨拶をしてから、馬車に乗り込み、ハロルドもそれに続く。

 たった数日だったのに、皆に会えないのも、ハロルドがそばにいてくれないのもさびしかった。


「やっと帰れますね」


「うん、ただいま……ハロルド殿」


「お帰りなさい、エディ」


 帰る場所は、侯爵邸ではなく異国の迎賓館。帰宅の挨拶はきっとふさわしくない。

 それでもハロルドが一緒にいてくれるなら、そこがエディの家だった。

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