5-5
ジェイラスと式典での段取りなどの打ち合わせをしていたハロルドは、夕方になってから妹の様子を確認しに行った。
ヴィヴィアンは先ほど外出から戻り、与えられた私室のソファにゆったりと腰を下ろし、くつろいでいる。
「王女殿下がいらっしゃらないと、暇ですわ。お兄様が奪い返しに行ってくださると信じていましたのに。案外ヘタレでいらっしゃいますのね?」
確かに王太后は手強い。ただ、ハロルドが引いたのはすべてエディのためだ。
エディが二国間の関係悪化を避けて、王太后との対話を望んでいるから、尊重しているだけだった。
「マーティナ王太后は敵ではないのだから。……それに、その荷物。まったく説得力がないぞ」
ヴィヴィアンはニコラと町へ出かけ、アーガラムの特産品を買い漁っていた。
テーブルの上には宝飾品やら、小物やら――うずたかく化粧箱が積まれている。
さっそく買ってきた品物を取り出して、それらを眺めている最中だった。彼女は十分、隣国訪問を堪能していた。
憎めないのが、明らかにヴィヴィアンには似合わないものが含まれているという点だろう。
不在のエディには、ヴィヴィアンと色違いのアクセサリーを選んでいるようだった。
付き添いの礼としてニコラにもいろいろ買い与えているし、グレンダなど侯爵邸の使用人へのみやげも含まれている。
「このブローチ、王女殿下に似合うと思いません?」
ヴィヴィアンは二つのブローチを手にしている。一つは金細工、もう一つは銀細工だ。
銀のほうのブローチをエディのために選んだのだろう。
(なぜエディ様とおそろいに? ……これが年頃の娘を持つ親を悩ませている、『エディ様のせいで令嬢の婚期が遠のく』問題か……)
先代侯爵がすでに他界しているため、ハロルドは妹の将来について真面目に考える責任があるのだ。
けれど、彼女の性格からして「余計なお世話ですわ!」の一言で、口出しを許さないのはわかりきっている。
エディがヴィヴィアンを頼りにしているから、妹の存在は基本的にはありがたい。
時々、ハロルドがエディの心を必要以上に揺さぶってやろうとすると、彼女はヴィヴィアンに頼り、ハロルドから逃げていく。
そんなときは妹の存在を疎ましく感じるハロルドなのだが。
もしやエディとヴィヴィアンが親しくなりすぎると、エディは大事なときにハロルドから逃げる癖が直らず、ヴィヴィアンも侯爵家から永遠に出ていかないのではないか。
彼にとって都合の悪い未来が想像できてしまう。
「……なんだ? 焦げ臭い」
気がつくと、ピリッとした鼻につくにおいが立ちこめていた。
「暖炉ではないのかしら?」
「違う」
暖炉の薪が燃えても、柔らかい炭の香りしかしない。それに対し、どこからか漂ってくるのは不快な刺激臭が混ざっている。
不純物――たとえば塗料や防腐剤を塗った木を燃やすと、こんなにおいになる。
ハロルドは様子を確認するため、ヴィヴィアンを連れてエントランスホールへと向かった。
「ご報告申し上げます!」
慌てた様子でやってきたのは、迎賓館の警備にあたっているアーガラム兵だ。
ほぼ同時に、ジェイラスやニコラ、ほかの同行者も集まっていた。
「迎賓館の裏門付近で火災が発生いたしました」
「火災?」
ハロルドがまず疑問に感じたのは、火の気のなさそうな場所ということだ。
ジェイラスも同じ疑問を持ったらしく、二人で顔を見合わせる。
「木製の門、それから付近にあった倉庫に燃え移りましたが、現在全力で消火にあたっております。こちらの建物に燃え移る心配はございませんが、煙が入り込む可能性があるため王宮へのご移動をお願いいたします」
倉庫が燃えただけでも煙は立ち上る。きっとエディも心配しているはずだ。
王宮への移動――当然の提案だが、ハロルドはためらった。
「ジェイラス殿下、どうなさいますか?」
「……門が自然に燃えるなんてありえないだろう。放火なら、目的はこの館の制圧か、私たちに移動を促してそこで襲撃するか……そういう可能性も考えたほうがいい。この判断で間違っていないだろうか?」
ハロルドは深く頷いた。
「私も同じ考えです。そしてこの館の制圧という可能性は、今の時点で手遅れでしょうから考えなくていいでしょう」
消火活動がはじまるのと同時に、侵入者についても警戒がはじまっている。
もし、迎賓館の襲撃が目的ならば、門を燃やすのと同時になにかが起こっているはずだった。
「それ以外で考えられるのは、そもそもこちらが陽動という可能性ですが……」
その場合は自分が守るべき者の安全は保証されている――ハロルドはどこか他人事として可能性の一つを口にした。
(いや……だとしたら、どこが狙われる……?)
国賓が滞在中の迎賓館でのぼや騒ぎ。おそらく王宮からも消火部隊と追加の兵が派遣されるはずだ。
つまり、王宮の警備はそのぶん手薄になってしまう。
「ジェイラス殿下。風向きに注意して、迎賓館に留まるのが最善ですが……この場はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「かまわない。だが、侯爵はどうするつもりだ?」
「王宮へ。……こちらが陽動で本命があちらという可能性を捨てきれません。私はエディ様をお守りせねばなりません」
エディの懸念が今、現実のものになったらどうなるだろうか。
警備の抜け穴の一つは、エディが滞在している王太后の宮にある。
「わかった、姉上を頼む。こちらは大丈夫だ」
ジェイラスからは迷いや戸惑いがうかがえない。
ハロルドは安堵し、私室に戻って剣を腰に装着してから外套を羽織った。
「エディ様。どうかご無事で……」
きっとエディのもとにも迎賓館の火災の報は届いているはずだ。
彼女なら――ハロルドの知っているエディなら、きっと同じ危険性に気づいてくれる。そう信じて、彼はエディのいる王宮へと急いだ。
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