5-2

 ロードリックに会うためには、まず王太后の許可を得なければならない。

 エディは晩餐を食べ終えた頃に、さっそく話を切り出した。


「ロードリックに会いたいとおっしゃるの?」


「はい。五年前、親しくさせていただいたのに、私の事情についてきちんとご説明できていないのです。私はすでに降嫁した身ではありますが、二つの国の友好関係が次世代にも受け継がれるように、責任を果たしたいと考えております」


「そうね……。ではロードリックの予定を確認して、時間を取るように言っておきます」


「ありがとうございます。お祖母様」


「二人とも、わたくしにとっては孫ですもの。わだかまりがあるのなら、ここにいるあいだにどうにかするべきでしょう」


 それはエディとロードリックのあいだだけではない。

 エディと王太后の関係も同じだった。


「お祖母様……。お茶会でお祖母様のお考えが少しだけわかりました。相手に尊敬される女性であれば、交渉もしやすい。話が合えば、それが人脈を作るきっかけに繋がる――女性のたしなみは無駄なものではない、と」


 教養は自信に繋がる。良好な関係を築きたい相手と、対話の機会を得るきっかけになる。

 交渉相手とは、ただ交渉したい内容のみを話し合うことなどできない。同じテーブルにつくためには、まず相手に興味を抱かせる必要がある。


「ええ、そうですよ。エディ様」


 エディは王太后を誤解していた。

 王太后にとって、孫の性別詐称は消し去りたい恥ずかしい過去に違いない。エディはそんなふうに彼女の真意を勝手に決めつけていた。

 王太后は、かつての王妃として、そして今は国母として完璧な存在のはずだった。

 ところが、きちんと育てたはずの娘は、彼女にとって出来損ないだった。孫であるエディは王女のくせに剣を振り回し、男装で文官をしている。

 それが気に入らないから、エディに淑女らしさを押しつけているのだと思っていたのだ。


 王太后がエディに伝えたいことはわかる。

 けれどそれでもエディは、今の自分も間違っていないとわかってほしかった。


「だからこそ、思うのです! 私の習ってきた剣術や馬術、歴史、地理……経済学……なに一つ無駄ではないと」


 これが、王太后の考えを知ってのエディなりの答えだ。

 侯爵夫人としてのこれからのエディに、王太后が持っているような淑女のたしなみと交渉術はきっと必要になる。

 帰国してからも、もっと努力を重ねようという決意もある。

 それでも、誰かと親しくなり、誰かから尊敬されるきっかけは、無限にあるとエディは信じていた。


 エディが力説しても、王太后の表情は硬いままだ。


「わたくしが世間でなんと呼ばれているのか、エディ様は知っていて?」


「……はい」


 王太后がその呼び名を嫌っていることも、エディは知っている。


「影の王――どれだけ国王陛下が成長なさって、自らの采配で国を治めようとも」


 王太后は立ち上がり、窓のそばまでゆっくりと近づいた。

 エディのほうからは表情が見えなくなった。


「……」


 王太后にかける言葉が思いつかない。

 十代で即位したアーガラム国王。どれだけ立派に成長しても、いつまでも〝影の王〟の助言があってこその君主だと見なされる。

 臣に侮られる――息子を立派な国王にするために支えてきた王太后にとって、自分の存在で息子の評価が不当に下げられたのだとしたら、どれだけの葛藤があったのだろうか。


「だから、国王陛下やロードリック殿にあまりお会いにならないのですか……?」


 王太后の宮はいつも静かだ。

 国王夫妻やロードリックとは、晩餐すら一緒にとらない。

 それは、同じ時間を共有すれば、きっと王太后が政の助言をしているに違いないと、周囲から思われてしまうのを懸念しているせいなのだろう。


「……これはエディ様には関係のない話でした。申し訳なかったわ」


「お祖母様。ですが……私は……」


 完璧な第一王子であることだけがすべてだった頃、エディは孤独だった。

 完璧な国母であろうとする王太后も、表情は見えなくてもさびしそうなのがわかる。


「そろそろ初雪になるわ。……初雪は積もらないものだから、あなたの帰国には影響しないはずですけれど……」


 これ以上この話題には触れないでほしい。そんな意図が読み取れる。


「雪を見てみたいです」


「面倒なだけですよ、エディ様」


「それでも……無駄なことなどなにもありません」


 時々自信をなくして、迷ってしまう自分に言い聞かせるための言葉だった。


「そうね……」


 女性が政に関わると、ティリーン王国でも、アーガラム国でもとにかく目立つ。

 エディが努力すればするほど、ジェイラスやハロルドの評価が不当に下げられる。

 王太后は自らの経験から、エディにそんな忠告をしたかったのかもしれない。

 実際にハロルドは、エディのせいで当たり障りのない部署に留まり続けているのだから。


 それでもエディには、ハロルドやジェイラスの望みをきちんと理解しているという自信がある。

 だから、王太后の懸念がなにかがわかっても、すべてを認めるわけにはいかなかった。

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