幕間 エディ王子が捕まっているらしい
エディ王子が捕まっているらしい。その一報を聞いたロードリックは、腹を抱えて笑いたくなる衝動を抑え込むのに苦労した。
「今でも男装で剣を振るっていたとは……! そうか、私と勝負する気で準備をしていたに違いない。さすが真面目なエディ王子だな」
やはり人の本質は変わらない。
エディが五年経ってもそのままの人物だとわかり、ロードリックは歓喜した。剣をたしなむ者としての血が騒ぐ。
しかも、王太后に怒られて、連行されたという。その事実が彼を爽快にさせていた。
王太后は今回の件で、エディが完璧な王子などではなかったと気づいたはず。
剣術、学問、冷静な判断力――すべて自分のほうが勝っているとロードリックは確信した。
「ハハハッ! 待っていろ」
迎賓館でも、その後の舞踏会でも、エディは姿を見せなかった。
王女や侯爵の妹に言伝を頼んでいたのだから、むしろあちらから会いに来るのが筋というものだ。
エディに馬鹿にされている気がして、ロードリックはここ数日いらだちを募らせていたのだ。
「ロードリック殿下? どうなさったのですか……?」
突然高笑いをはじめたロードリックに対し、侍従が訝しげな視線を投げかける。
「いつエディ王子のところへ乗り込もうか、考えていたところだ」
王太后の宮に軟禁状態ならば、もうエディには逃げ場がない。
いつまでも卑怯にも逃げ回るエディを、今度こそ捕まえられる。
「ずっと申し上げようと思っていたのですが……」
侍従が大きなため息をつく。
「なんだ?」
「おそらく、エディ殿下はロードリック殿下を避けていらっしゃると思われます」
「それはわかっている! こちらから出向いてやったのに無礼な王子だ。どこが完璧な王子なのだかわからないな……」
当たり前の指摘に、ロードリックは声を荒げた。
「エディ殿下は、ロードリック殿下との決闘を望んでおられないのではないかと……。だから避けているとしか思えません」
「なんだと! 軟弱な……」
まさか、敗北が嫌だから逃げ回っているというのだろうか。だとしたらその腑抜けた根性をたたき直してやりたいロードリックだ。
「女性なのですよ? 闘いたくないのは当然ではありませんか」
「いや、だがエディ王子は……今でも男装で……」
今でも男装でいるらしいエディに手加減するのは、むしろ失礼にあたるとロードリックは考えていた。
それでも侍従は首を横に振る。
「女性なんです。しかも人妻です……。王太后様がエディ殿下の男装にご立腹で、再教育を施しているとの情報が上がってきておりますが、それでも女性なんです」
「知っている!」
ロードリックは眉間のあたりを指で強く押しながら、人妻のエディを想像してみた。
五年前から成長した王子の姿は、頻繁に夢の中にまで現れるほど完璧に想像できている。
けれど、同じ人物が女装をしている姿を思い浮かべようとすると、途端に靄がかかってしまう。
エディの夫であるメイスフィールド侯爵とは、舞踏会で顔を合わせた。あの落ち着いているのに笑顔だけ妙にキラキラとした男だ。
その隣に並び立つ、銀髪王子のドレス姿を想像してみるが、やはりだめだった。
「まぁいい。会えばわかる……」
「王太后様の邪魔をされるおつもりなのですか?」
侍従の言葉に驚いて、ロードリックは目を見開いた。
ロードリックは、祖母である王太后が苦手だった。幼少の頃からダメ出しばかりで厳しすぎるからだ。
五年前――エディとの差を実感し努力をするようになってからは、時々ではあるものの評価されているような気がしないでもないが、苦手意識はなくならない。
王太后が他人以上に自分に厳しい人だというのはよくわかっている。
だからこそ、いくら努力してもまだ足りないと言われている気がして、会話が続かなかった。
彼女はここ数年、完全に隠居状態で、政に一切関わらなくなった。それと同時に、ロードリックが王太后の住まいを訪ねる機会が激減している。
もし、王太后に捕まっているエディに会いに行き、決闘を申し込んだらどうなるだろうか。
(私まで捕まりたくない……!)
そんなふうにエディの同類になって、いとこ同士の交流を深めてもまったくおもしろくなかった。
(それにお祖母様は……私を……私たちを避けているからな……)
以前はもっとほかの王族と近い場所に住んでいた。晩餐の席も一緒だった。
それがいつしか距離を置くようになったのだ。ロードリックが訪ねても、歓迎されないに決まっていた。
「お祖母様の邪魔はよくないな。うん……孫として、それはよくない。式典では必ず顔を合わせるだろうから……それまで待つとするか……ハハッ!」
エディに会いたい気持ちより、祖母ににらまれたくない気持ちが勝る。
ロードリックはとりあえず、エディを反面教師として、今日も立派な王太子であり続けようと、目の前に積まれた書類と格闘した。
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