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 王太后による淑女レッスンは二日目も過酷だった。

 真面目に取り組んでいるエディだが、普通の令嬢が幼い頃から手習いとして習得したものを、すぐにできるようになるわけがなかった。

 王太后は常に冷静で、淡々としている。

 妥協を許さず、与えた課題がきちんとこなせるまで、何度でも同じことを繰り返し行わせる。

 けれど、無理難題を押しつけはしなかった。

 ピアノも刺繍も、きちんとエディが初心者であるとわかっていて、少しだけ難しい課題を出してくる。


「エディ様。もしや淑女らしい趣味や教養は無駄だと……どこかで侮っておられるのでは? だから覚えなくてもいい……そんなふうに思っていませんか?」


 アーガラム国で人気の詩集と、その解説書を読んでいたエディに、王太后が声をかけてきた。


「それは……」


 そんな気持ちは少しもない――とは言えなかった。

 短い滞在期間で、刺繍やピアノが一般的な淑女と同等になるはずはないという諦めはどこかにある。ましてや、詩の暗記などをして、どんな意味があるのだろう。

 王太后は、エディの態度そのものがいけないと言っているのだろうか。


「責めているのではありません。あなたは真面目な方なのでしょう……。だから今も、与えられた課題には真面目に取り組んでおられる。それはわかります」


 だったらなにが悪いというのか、エディは王太后がなにを求めているのか、まったくわからなかった。

 すると王太后は大きなため息をついた。

 察しの悪い孫に、あきれてしまったのだろうか。


「……明日、わたくしは国内の貴族のご婦人たちを招いて茶会を開きます。あなたも同席するのですよ」


「それも、私が学ぶべきことなのですね……?」


「そのとおりです。あなたにとって有意義なものとなるはずです」


「わかりました。ご一緒させていただきます、お祖母様」


 その後もレッスンは続く。

 はじめて会った日と同じように「淑女らしく」、「王女らしく」と繰り返されると、エディは何度か反発したくなった。

 ハロルドと考え方が逆だからだろう。「エディ様の望むままに」が彼の口癖だからだ。


 王太后には彼女なりの正しさがある。

 けれどエディにも自分の信じるものがある。


「淑女らしく」、「王女らしく」――。


 王太后の言葉の裏側には、エディが最初から王女として扱われていたら持っていたはずのすべてを取り戻してあげたい――そんな思いがあるような気がしてならない。


(でも、……私は……なくしたとは思っていない……)


 そこが祖母と衝突してしまう最大の原因だった。

 そしてレッスンが終わった頃。じつは午前中にハロルドの再訪問があったと知って、エディは盛大に腹を立てた。


「お祖母様の分からず屋!」


 耐えきれず、エディから本音が飛び出しても、王太后は冷たい視線を向けてくるだけ。本当に、アーガラムの冬のように冷酷な人だった。


   ◇ ◇ ◇



 一日中淑女レッスンに励んだエディは、晩餐を終えた頃にはくたくたになっていた。

 就寝前になると、アラーナがホットミルクを持ってきてくれた。


「ありがとう」


「それから、こちらを……」


 それは青い封筒に収められた手紙だった。差出人はハロルドだ。


「……午前中、侯爵閣下がいらっしゃたときに、王太后様は手紙のやり取りについては許可をなさったのです。さっそくお持ちくださったみたいですね!」


 つまり、今日だけでも二回この宮を訪ねてきてくれたのだ。


「嬉しい……。そういえば、こんなふうにハロルド殿から手紙をもらった経験が今までなかった」


 第一王子と呼ばれていた頃は、執務に関する報告書をよく受け取っていたが、手紙をやり取りする関係ではなかった。

 性別詐称が明らかになってからは、どんな些細な内容でも、直接やってきて目を見て話をする機会が多かった。

 だから、個人的な手紙をもらった記憶が、エディにはない。

 手紙が必要ないくらい、今日までずっと一緒にいたのだ。


「私も、大好きな方になかなか会えないので……。手紙をいただいたときの気持ちはわかる気がいたします」


 それだけ言って、アラーナは退室した。

 エディは一人になってから手紙を取り出した。


 そこには、『今夜王宮に忍び込むから、エディの部屋から見えるはずの一番大きな木の下で待っていてほしい』という文言、詳しい待ち合わせの時間とハロルドのサインが添えられていた。

 彼の指定してきた時間は今から約一時間後だ。


「え……えぇ?」


 ハロルドの綴る文字は、報告書で目にしていたのでよく知っている。

 几帳面な性格がうかがい知れる美しい文字は、間違いなく彼のものだった。


(忍び込む? 大丈夫なのだろうか……?)


 時々大胆な行動に出る人ではあるものの、他国に来てまでそんなことをするのは信じられない。

 エディは喜ぶより先に、捕まったらどうしようかと不安になり、頭を抱えた。


(だが……、約束の時間になっても私が現れなかったらハロルド殿は困るだろう)


 彼が忍びこむ手段を調べて安全を確認する時間的余裕も、危ないからやめてほしいと伝える方法も、今のエディは持ち合わせていない。

 今から手紙を書いても、きっと迎賓館に使いの者がたどり着く前に、ハロルドが行動を起こすだろう。

 だからここは素直にハロルドの求めに応じるべきだった。


(会いにきてくれるのか……?)


 まるで敵国に捕らわれた姫君と、危険を顧みずに助けに来る騎士のようだ。

 エディの場合は、剣を振り回していたのがバレて再教育のために捕まったというのが、なんとも残念なのだが。

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