3-7
ロードリックへの対応が決まったところで、ジェイラスがそう締めくくる。
「うん。……でも、私の予定はとくにないから……ヴィヴィアン殿と夜更かしでもしたいなぁ、と思って……。祭を見に行く件で、事前に相談しておきたい、と」
エディは模擬戦闘の見学へは同行しない。
そして明後日はジェイラスたちの予定もなく、自由時間である。なにもなければ皆で変装して町へ出かけるつもりだった。
「嫌ですわ」
「どうして!?」
ヴィヴィアンはチラリとハロルドとエディのあいだに視線をやってから、あきれた様子で大きく息を吐いた。
「わざわざ言葉にしなければなりませんの?」
「姉上、座る位置でわかりますよ。……そういうの、持ち込まないでください」
「そういうのって……」
そういうのとは夫婦喧嘩だろうか。少なくともヴィヴィアンとジェイラスはそう思っているに違いない。
エディとしてはなにかが違う気がしているのだが、上手く言葉で説明できなかった。
「エディ様、夜更かしはまたの機会に。……ではジェイラス殿下、ヴィヴィアン。よい夢を」
「まって……私はヴィヴィアン殿と女性同士の――っ!」
ハロルドが大きな手を使ってエディの口を塞いだ。
「往生際が悪いと、次は別の方法で口を塞ぎたくなってしまうかもしれないですね」
ボソボソとごく小さな声で囁かれる。
同じタイミングで、エディの口を塞いでいた手も離れるが、彼女はもう言葉を発する力を失っていた。
別の方法とはなにを意味しているのかを考え、理解した瞬間に体温が急激に上がった気がした。
「それでは、失礼いたします」
退出の挨拶と同時に、ハロルドはエディを抱き上げた。
そのまま割り当てられた私室まで運ばれてしまう。
私室に着くと、迎賓館に勤めるメイドたちの手を借りて、着替えや入浴、就寝の支度がなされていく。
あれよあれよという間にすべてが終わり、メイドたちは就寝前の挨拶をしてから出ていった。
当たり前だが、二人きりにされてしまった。
先に着替えを済ませていたハロルドはベッドの上で、本を読んでいた。
(……随分と余裕ではないか! いつも私ばかり……)
嫉妬して、翻弄されて、余裕がないのはエディだけ。
やはりこれは夫婦喧嘩などではなく、エディが一方的におもしろくないと感じているだけだった。
ヴィヴィアンのところへ逃げようとしていたくせに、見抜かれると負けず嫌いになる。エディはそんな性格だから、ためらわずベッドの上に座ってハロルドと対峙した。
彼はエディがやってくるとすぐに本を閉じた。
「ハロルド殿……今日のそなたは少し怖いし、かなり変だぞ? あと意地悪だ……」
「怖くて変で、意地悪、ですか。……嫌いになりますか?」
「そんなわけないだろう! ……それくらい、そなたはわかるはず。どうせいつも私の考えていることくらいなんでもお見通しではないか」
なんでもわかっているくせに、エディを困らせる。
だから今夜のエディは彼に腹を立てているのだ。
「ですがエディ様。あなたについては自信がなくなるんです。……なんでもお見通しというのは買いかぶりですよ」
「そうなのか?」
「……正直に言えば、嫉妬しました。エディ様には広い世界を見てほしい、いろいろな人を知ってほしい……と思う私と、実際に誰かがあなたのそばに寄ってくると全力で排除したくなる私――自分でもなにがしたいのかわからなくなります」
やはり今夜のハロルドは変だった。
いつもは大人で、完璧な貴族の青年という印象だ。そのぶん、未熟なエディは距離を感じることがある。
「私も。……ハロルド殿が令嬢に囲まれている姿を見てムカムカしたぞ。そなたが困っているのだとわかっていたのに……」
狭量で嫉妬深く、理論的ではない。
そんなハロルドもいるのだとわかると、エディはなんだか嬉しくなった。
「そのお顔を見て安心しました」
嫉妬というのは、エディの中では醜くて、存在しないほうがいい感情のはずだった。
それなのに、ハロルドは安心したという。
「ひねくれ者……」
「ええ、認めます。嫌いになりますか?」
再びの問いかけに、エディは首を横に振る。
彼にひねくれ者と言い放ったのに、エディにはハロルドの気持ちがきちんと理解できていた。
同じような感情をエディも抱いているのだから。
「今夜は私がしてもいいか? ……おやすみなさいの口づけを……」
弱い部分や間違った感情をさらけ出してくれるのは、信頼の証。それに応えたかった。
「もちろんです」
エディは膝立ちになり、ベッドの上に座っているハロルドの額に唇を落とした。
「あの……夫婦なのですよね? 私たちは」
「わかっている!」
照れ隠しに頬を膨らませて、エディは再び彼に顔を寄せる。今度は逃げずに本当の口づけをした。
一、二、三――と数える程度で限界に達し、くるりと彼に背を向けた。そのまま柔らかい羽布団に潜り込んで、目をつむった。
久しぶりに彼に背を向けて眠ることになったが、嫌な感情ではなかった。
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