3-6

 なんとなく気まずい雰囲気のまま、エディたちは王宮から迎賓館へと戻った。


 ジェイラスとヴィヴィアンも加わり、迎賓館のサロンで反省会がはじまった。




「お一人でロードリック殿下に会ってはなりませんと申し上げたはずですが?」




 まず、ハロルドのお小言からはじまった。


 エディとハロルドはいつものように同じソファに座っているが、わずかに距離が遠い。




「だって、たまたま会ってしまったのだから仕方がないだろう? まずいと思ったから、一緒にそなたのところまで行って、事情を打ち明けようと思っていたんだ。……そうしたら、ハロルド殿は令嬢たちに囲まれていて近寄れなかった!」




 なぜか胸の奥から嫌なものがこみ上げる感覚がして、だんだんと声が大きくなってしまう。


 べつにハロルドは、ほかの令嬢の手を取ったわけでもないし、エディが戻ってこなくても誰かと踊ったりはしなかっただろうに。


 エディが頬を膨らませると、ハロルドは一瞬驚いて、フッと口もとをほころばせた。


 そのせいで、エディはますます憤りを覚える。




「見つめ合わないでください……。それでは姉上、結局ロードリック殿に本当の名を言わなかったのですか?」




 見つめ合うという部分をエディは否定しようとするが、その前にジェイラスが話を進めてしまう。




「タイミングを逃してしまったんだ」




「いっそ、このまま黙っていればいいのではないかしら?」




 ヴィヴィアンがそんな案を口にした。


 エディは国王在位二十年の式典にメイスフィールド侯爵夫人として参列する。公式行事でハロルドと一緒にいれば、さすがに侯爵夫人――つまりエディ王女が誰だか察するだろう。


 公式行事の最中に真実に気がついても、ロードリックはその場で剣を抜いたりはしないはず。


 それくらいの分別がある人だと、エディは今夜知ったばかりだ。




「私はエディとしてロードリック殿と話をしたいし、そうするべきだと思っている。ロードリック殿が優秀な王太子――という評判はおそらく真実だ。わかりあえない相手ではないと思う」




「……王女殿下ったら……! 客人にあのような態度で接する王子が優秀だなんて、どこまでお人好しなんですの?」




 ヴィヴィアンがあきれて、ため息をこぼした。




「いや。舞踏会での彼は、愚かな人には見えなかった。なぜか私がからむと別人になるのだが……じつはルガランド貴族が――」




 エディは、ルガランド貴族とロードリックのやり取りをかいつまんで皆に聞かせた。


 酔っ払ったルガランド貴族は、捕らえられてもおかしくないほどの不敬な発言をしていた。ロードリックはそれに上手く対応していたという内容だ。


 そして、ロードリックが急にエディたちのそばから離れたのも、おそらくは同じようなトラブルが原因だと推測された。




「それなら、わたくし存じ上げておりますわ。舞踏会の警備兵同士で『ルガランド人が、なぜここにいる?』、『今夜は我らがこの場の警備を任されている』……という小競り合いがあったのです」




 さすがはおもしろそうなものを探しに出かけたヴィヴィアンである。




「どういう状況だったのだろうか?」




 ヴィヴィアンの目撃情報と、ロードリックが立ち去る前に話していたことは一致する。


 けれど、警備の兵がそれぞれの持ち場を守らないなどという状況は、エディには想像できなかった。




「王宮内ではルガランド出身の兵と、そうでない兵とのあいだで、配属や出世に差別があると聞いたことがあります。おそらくは、普段遠ざけられているルガランドの者が、王族の出入りもある場所の警備の任にあたったことで諍いが起きたのでしょう」




 事前に得ていた情報と照らし合わせ、ハロルドが補足してくれる。


 つまり、大規模な舞踏会で警備の兵が足りず、ルガランド出身の兵に対しても王宮の警備の任務が与えられた。


 それにもかかわらず、差別意識の強いほかの兵が突っかかり、小競り合いになったという予想だ。




「難しいな……。実際に、先代国王の時代に争いが起こっているのだから、ルガランド兵を無条件で王族の近くに配属するなんてできないだろうし……」




 エディは、王宮内の派閥争いでままならない思いをした経験がある。


 有能な者を分け隔てなく取り立てるというのは理想だ。けれど、権力を持っているからこそ、ただ正しいだけではいられない。




「ですが、姉上。不当な扱いを受けているという不満が、次の争いを生むこともあります。まぁ、今回は大ごとにならず、ロードリック殿がしっかりその場を収めたので私たちが心配する必要はありませんよ」




「そうだな……。私はまず、自分の問題を解決しなければならない」




 エディの希望は変わらない。


 相手が敵意をむき出しにしてきたための措置だったとしても、勘違いをしているとわかっていて正さないのは不誠実だ。




「では作戦は継続ということで。……明日は騎乗模擬戦闘の視察がありますので、早めに休むつもりです。……姉上もお疲れでしょう?」




 ロードリックへの対応が決まったところで、ジェイラスが締めくくった。

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