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 滞在三日目。この日は外国からの賓客をもてなす舞踏会が開催された。

 エディやハロルド、ジェイラス、ヴィヴィアンもそれぞれ夜の正装で挑む。


「ヴィヴィアン殿は青も似合うんだな。瞳と同じ色だから、当然なのだが……。とても綺麗だ。ちょっと大人っぽくてうらやましい」


 彼女は赤いバラが好きで、ドレスも赤を好んでまとう。けれど、今夜は一転、深い青のドレスだ。意志の強そうなはっきりとした顔立ちの彼女には、落ち着いた色合いのドレスもよく似合う。

 大人びたデザインが、しっとりと艶のある黒髪に映える。

 ハロルドの近くに並ぶと、やはり兄妹だなと思わせた。


「フフッ、お褒めにあずかり光栄ですわ。……王女殿下も素敵です」


 エディのドレスは水色だ。ヴィヴィアンとは違い、白いレースとリボンで可愛らしい雰囲気に仕上がっている。

 既婚者であるエディは、ヴィヴィアンのようなドレスが似合うようになりたいと思ってはいるのだが、まだ早そうだった。

 エディの首もとには、今日もサファイアのネックレスが輝いている。

 散財を目指して選んだサファイアを、エディは密かに気に入っている。新しいドレスを選ぶとき、ついサファイアに合う色合いを選んでしまうくらいだ。



 支度を終えた一行は、さっそく王宮へ向かった。

 エディとヴィヴィアンが隣同士、男性二人がその向かいという並びで座る。


「ジェイラス殿下。一度目は事情が事情なので譲りましたが、エディ様を令嬢除けに使わないでくださいね?」


 馬車の中で、ハロルドがジェイラスに釘を刺す。

 ジェイラスの誕生日を祝う舞踏会で、エディのファーストダンスを奪った件を根に持っているのだ。


「わかっているよ、本当に侯爵は怖い人だな……。それよりも、ロードリック殿に会ったときの対応をしっかり頼む。……姉上も、くれぐれも決闘にならないようにしてくださいね?」


「わかった」


「正装のエディ様に、決闘を申し込む非常識な男性がいるとは思えませんので、大したことにはならないでしょう」


 今夜、ロードリックが舞踏会に出席するのは間違いない。

 そして、ハロルドと一緒のこの機会にロードリックの勘違いを正すというのがエディたちの作戦だ。

 今夜のエディは、完璧な淑女である。

 ヴィヴィアンの見立てによれば、以前の「見た目だけならば完璧な」から「短時間なら本当に」に昇級している。

 しかも小柄で、剣をたしなむようには見えない。

 王太后が個人的に招いた、隣国からの賓客である。

 もてなす立場のロードリックが、賓客に決闘を申し込むなど、ほかの国の代表者が勢揃いしている場所では絶対にできないはずだ。

 相手が、五年前から親しくしている王子ならば、ありえたかもしれない。けれど、エディの外見は、か弱い王女なのだ。


「だといいのだが……」


 迎賓館に乗り込んできたことそのものがかなり失礼であるため、エディはハロルドの予想にやや不安を感じていた。


「王女殿下の淑女の仮面が剥がれなければ、きっと大丈夫ですわ。万が一のときは、お兄様が代理で闘うでしょうから。愛の力で、勝利は揺るぎませんわ」


「もちろんだ」


 ヴィヴィアンはむしろ万が一の事態になるほうを望んでいるようだった。

 そしてハロルドも、決闘になってもかまわないと妙な自信を見せている。


「私は争いを望まない。……関係悪化を防ぐために、アーガラム国に来たのだから」


 エディが決闘に応じるのは論外だ。

 そして、たとえ決闘を持ちかけたのがロードリックからだったとしても、ハロルドが代理で闘って、隣国の王太子に勝利するというのも得策ではない。

 ロードリックのプライドを傷つけてしまっては、次世代の二国間の関係に禍根を残す可能性があるからだ。

 だからと言って、ハロルドには負けてほしくないエディである。


 つまり今回、エディは自分がいかに非力であるか、剣術のライバルにはなりえないかをロードリックに説明し、納得してもらう必要がある。


「いつもは、姉上が一番好戦的なんですけれど……」


「心外だ。そんなはずはない」


「自覚がないのですか?」


 フー、とジェイラスがため息をつく。

 エディは納得できずにハロルドとヴィヴィアンに視線を送るが、それぞれジェイラスの言葉を否定してはくれなかった。


 さらに反論すると、一番好戦的であるという証明をしてしまう気がして、エディは押し黙る。

 しばらくすると、王宮を取り囲む外側の塀を抜けた。

 ここからは、本当の淑女にならなければいけない。


 馬車が止まるとエディはハロルドの手を借りて、ゆっくりと王宮の入り口に降り立った。

 銀髪という特徴と、王子として育ったという生い立ちは、国境を越えて伝わっている。

 謁見のときは王宮に出仕している者に限定されていたし、向こうから声をかけることができなかったからまだいい。

 今夜は、多くのアーガラム貴族や隣国の代表者が集まり、自由に言葉を交わせる状況だ。もしかしたら、エディをからかおうとする者も現れるかもしれない。


(来るなら来い! 私が好戦的ではないと、すぐに証明してやろう)


「ここは戦場ではありませんよ。……ほら、笑って?」


 なにか悪いことでも考えていそうな顔をしている、とハロルドは困惑気味だ。

 エディはさっそく淑女の笑みを忘れかけてしまい、反省するしかないだろう。


「はい、旦那様」


 頭の中で、「淑女、淑女」と唱える。それからヴィヴィアンやニコラとのレッスンを思い浮かべながら、まぶしいくらいに輝く舞踏会の会場へ足を踏み入れた。

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